アンジェリーナ・クドウ・シールズは、目を閉じたままだった。
いつまでたっても覚悟していた痛みが訪れない。
分子ディバイダーによって、オルランド・リゲルに斬られるはずだった。
なのに痛みが来ない。
自分は死んだのかな、とぼんやりと思いながら目をゆっくりと開いた。
ゆっくりと視界が広がってゆく。
すると前方には、自分に攻撃をかけていたはずのオルランド・リゲル、イアン・ベラトリックス、サミュエル・アルニラムらが苦しそうに地面に倒れて呻いている。武器を地面に置いたまま。
そして、リーナが後ろを振り返る。そこには、
「タ……ツ……ヤ……!?」
そこにいたのは、自分が最もこの世で会いたい男性の姿だったのである。
「達也ッ!」
リーナは、他者の前では総隊長、あるいは別名の竜也で呼ぶことも忘れて、本名で呼んでいる。
そして駆け足で達也の逞しい身体に抱きついた。
達也は抵抗することもなく、それを受け止めている。無言で。
「心配をかけたな」
「本当よ……もう……私がどれだけ……ッ!」
リーナは両目から涙を流しながら、達也の胸に顔を押し付ける。
達也は左手でリーナの頭部をさすりながら、倒れている3人の部下に対して視線を向ける。
「お前ら……これはどういうことだ? なぜ、リーナに手を出している!?」
達也の凄まじい殺気の篭った目が、地べたで苦しむ3人に向けられる。
痛みに苦しむ3名は痛みよりむしろ、その達也の目のほうが怖かった。
達也は右手のトライデントを向けたまま、3人の答えを待つ。
3人は痛みに何とかこらえ、それぞれ失った腕の部分を抑えながらも立ち上がる。
「総隊長……貴方は、戦略級魔法で死んだのではなかったのか……?」
尋ねたのはオルランドである。それに対し、
「質問に質問で返すな。聞いているのは俺だ。なぜ、リーナに手を出した!?」
オルランドはそれに答えることなく、残っている片腕で分子ディバイダーを再度発動し、達也に斬りかかろうとする。
だが、それは無駄なことでしかない。
達也は今度はオルランドの両足を消してしまった。
「ぐえええええええッッ!!!」
オルランドの悲鳴が轟く。オルランドがまるで達磨のようになり、動けなくなった。
それを見た残りの二人は逃走しようとするが、それも無駄なことでしかない。
オルランド同様に達磨にされて動けなくなり、悲鳴を挙げるだけだったのである。
ベガたちの反乱の絶対必要条件は、「総隊長である大黒竜也の死」であった。彼が死んでいてこそ、この反乱は成功する。
竜也亡き後、リーナも始末して、その後にベガかレイラあたりが新たな総隊長・副隊長に就任して、スターズの建て直しを図る。これが計画だったのだ。
ベガは自分より10歳も年下のリーナや達也が指揮官であることに大いに不満を抱いていた。だが、総隊長である大黒の恐ろしさは知っている。
だが、ベガは戦略級魔法を食らえばいくら再成を持つ彼でも死んだと思っていた。
ところが生きていた。
それを知ったときのベガは、愕然とするどころではない。身体を震わせて恐怖に震えていた。
そして、ハーディ・ミルファクと戦っていたそのとき。
死んだと思っていた総隊長が、目の前に現れたのである。
「ば……化け物……」
ベガの言葉は、それだけだった。
ベガもレイラもあっけなく達也の前に敗れて拘束されたのである。
その後のことは、多くを伝えるまでもない。
反乱を起こしていたスターズ隊員は総隊長の生存、およびその帰還を聞くと一気に戦意を失った。そして、先を争って投降したのであった。
達也は、反乱の経緯を聞きだすと、反乱を起こした隊員を全て後ろ手に拘束した状態で引き出した。
このときの達也の目は、凍りつくような冷たさを感じさせるように見える。
後ろ手に拘束された彼らにとって、最早できることは抵抗ではない。総隊長に慈悲を求めるだけである。
「お許しください、総隊長ッ」
「我々は今後、総隊長のため、命を尽くしますゆえ、どうか……ッ」
だが、リーナと、そしてリーナのお腹の中にいる我が子に手を出そうとした彼らに、達也は最早かつての仲間という情けなど向けるつもりはなかった。
このとき、達也はリーナを医務室に移して傍から外している。
それはこれから行なわれることにリーナを付き合わせたくなかったからだ。
「貴様らに俺が与える慈悲とはこれだ」
達也は、彼らの前にナイフをひとつずつ置いていった。そして言う。
「お前らもUSNAの軍人ならば、最後くらいは潔く自決しろ。それが俺がお前らに与える最後の慈悲だ。これ以上の慈悲は、お前らには不要だ」
それだけだった。
そして、覚悟を決めて自決する者もいれば、逃げ出す者、あるいは達也に挑もうとする者もいたが、それらは全てこの世から消された。
こうして、多くのスターズ隊員の血と共に、反乱は終結したのである。
次回は「生きていた達也」です。