達也は、医師の襟首を掴み上げていた。
「なんだと……ッ!」
「で、ですから……申し上げましたように……」
「無理だと……いうのか……ッ!」
「はい……。ここまで衰弱して体力も無い状態では、もう、手の施しようがありません……」
襟首を掴まれながらも、何とか言葉を発する医師。
それを聞いた達也は、医師の襟首から手を離す。
医師が慌てて咳き込む。
達也は、虚空を睨み付けながら愕然としていた。
達也の再成は、確かに死が定着しない限りは直すことは可能である。
ただし、いかに再成でも天寿には逆らえない。
寿命は天から与えられたもの。こればかりはどうすることもできない。もし、それができるなら達也は神すら既に超えている存在である。
医師が言うには、
「既に、深夜さまには時間が残されておりません……できることなら、本人のお好きなようになさられるのがよろしいでしょう」
それだけであった。
深夜は、病院の中で最も環境の良い病室に入っていた。
隣には、息子が座っている。
「達也……」
「はい」
「……私の残された時間は、あとどれくらいなのかしら?」
すると、達也が少し動揺した。が、すぐに返答する。
「何を申されます。必ず治ります」
「……ふふ。達也。貴方は、嘘が本当に下手ね……」
「…………」
「貴方は昔からそうだった……頭はいいし、我慢もする。ポーカーフェイスもできる……でも、味方を欺くのは、いつも下手な子だった……」
「…………」
「私の体は私が一番、よくわかるわ……」
「…………」
「達也……。今まで、ありがとう……。心残りは、孫の顔を見れないことだけど、貴方に言っておくわよ……人としてのやさしさを忘れないこと……そして、リーナさんや生まれてくる子供を大切にすること……いいわね……達也……」
「はい……」
達也が、母が弱弱しく布団から出してきた右手を、両手でやさしく握り締めた。
深夜はその日の夜。夢を見ていた。
目の前にいるのは、
「父上……」
そう、深夜の父・四葉元造であった。
元造が言う。
「深夜よ。わしはこれから出立する。大漢が日本に攻めてきた。わしはそれに対抗せねばならぬ」
父の側には、四葉元輔、四葉兵馬、四葉英作がいる。いずれも深夜の伯父・叔父たちである。
「お前は家に残り、真夜を守れ。頼んだぞ」
「はい」
そして、元造は兄弟と共に去っていった。
真夜が、深夜の右手を握り締める。
そして、深夜の前に、今度は女性が現れた。
「穂波……」
それは、自分が最も信頼したガーディアンにして側近であった桜井穂波だった。
「それでは深夜さま。私も出立します」
深夜に一礼して、去ってゆく穂波。
いつの間にか、自分の右手を握り締めていた真夜も消えている。
そして、いつしか舞台は戦場であった。
そこがどこなのかはわからない。
だが、父や叔父など、四葉家の一族が30人、あるいは桜井穂波、そして黒羽貢などが、大漢の軍隊相手に激しく戦っている。
深夜には、これがいつのことなのかわからない。
大漢が、日本に攻めてきたことなどないはずだ。むしろ、我が四葉家が大漢に攻め入ったほうなのだ。
と、そのとき。深夜はあることに気づいた。
この夢に出てくる面子は、どれも既に死んでいる人間ばかりだということを。
(…………)
深夜は、最後に思った。
(私も、遂に逝くということかしら……)
深夜に死への恐怖は無い。愛する息子が側で見守っていてくれるのだから。
そして、父の元造が敵をひとり、深夜の前で葬ったとき。
深夜の意識は永遠に停止した。
それを機に、夢も終わり、そして深夜の生命の鼓動も永遠に停止したのである。
波乱に富んだ深夜の生涯が、ここに終わりを告げたのであった。
達也は、泣かなかった。
ただ、母の遺体を抱きしめていただけだった。
次回は「達也暗殺計画」です。