その日の放課後。
竜也とリーナは、渡辺に呼ばれて風紀委員会本部に来ていた。
(え……)
それが、本部に入った時の二人の感想である。とにかく、汚い。
(なんという汚さだ……)
(我慢できないわ……)
と、二人がまず取り掛かったのが、部屋の掃除である。このあたりは几帳面な竜也と、その竜也に生活面もみっちり鍛えられているリーナであるから、息があっている。あっという間に本部は清掃されてしまった。
この時、竜也とリーナは辰巳鋼太郎、沢木碧の2人と会っている。そして、二人と握手をしたとき、
(ほう……高校生にしてはいい力をしている……全く、この高校は将来を担う人材の宝庫だ……それなのに、ブルームだのウィードなどと差別していて、せっかくのいい人材を失っている……惜しいことだ……)
一方の沢木、辰巳らも、
(こいつ……只者じゃねえ……なるほど……服部を破った美少女とその男、見かけによらないみたいだな……)
と、感想を抱くのだった。
翌日。放課後。
竜也とリーナは、それぞれ風紀委員として校内を巡回していた。
「あら竜也。あれはエリカじゃない?」
「ん?」
と、竜也がリーナに言われてそこを見ると、それはエリカがクラブの新入部員獲得合戦に巻き込まれて両手を引っ張られて右往左往している姿だった。
九校戦と呼ばれるこの対抗戦に優秀な成績を収めたクラブには、クラブの予算からそこに所属する生徒個人の評価に至るまで様々な便宜が与えられ、有力な新入部員の獲得競争は、各部の勢力図に直接影響をもたらす重要課題であり学校もそれを強く公認している。そのため、この時期の各クラブの新入部員獲得合戦は、熾烈を極めるのだ。
(とはいえ……ちょっと、やりすぎだな……)
と、竜也はエリカを助けて、その場を離れた。リーナはその後ろについいてゆく。
そしてこの後、竜也とリーナは、エリカに誘われて第二小体育館、通称『闘技場』へ足を運んでいた。
最初、エリカも竜也もリーナも剣道部の演武を見ていた。
しかし所詮は実戦には程遠い茶番であるから、3人ともどこかつまらなさそうだった。
ところが、
「桐原君! 剣術部の順番まで、まだ1時間以上あるわよ。どうしてそれまで待てないの!?」
「心外だな、壬生。あんな未熟者相手じゃ、新入生に剣道部随一の実力が披露出来ないだろうから協力してやろうって言ってんだぜ?」
体育館にきな臭い雰囲気が広がった。
「面白いことになってきたわ。さっきの茶番より、ずっと面白そうな対戦だよ、これ」
エリカが興味津々の表情で言う。
「あの二人を知っているのか?」
竜也の質問に、エリカが答える。
「直接の面識は無いけどね。女子の方は試合を見たことがあるわ。壬生紗耶香。一昨年の中等部剣道大会女子部の全国二位よ。当時は美少女剣士とか剣道小町とか随分騒がれてた」
「ほう……」
「へえ……」
と、竜也とリーナが壬生を見つめる。
「男の方は桐原武明。こっちは一昨年の関東剣術大会中等部のチャンピオンよ。正真正銘の一位」
「それだけの実力者か……」
と、竜也が桐原を見つめる。
「おっと、そろそろ始まるみたいよ」
エリカの言葉に、竜也もリーナも頷く。
桐原が言う。
「心配するなよ、壬生。剣道部のデモだから魔法は使わないでおいてやるよ」
「剣技だけであたしに敵うと思っているの? 魔法に頼り切りの剣術部の桐原君がただ剣技のみに磨きをかける剣道部の、この私に?」
「大きく出たな、壬生。だったら見せてやるよ。身体能力の限界を超えた次元で競い合う、剣術の剣技をな!」
そして、両者がぶつかり合う。
女性である壬生に容赦なく。その頭部にめがけて桐原が竹刀を振り下ろす。
それを壬生が受け止める。
竹刀と竹刀が激しく打ち鳴らされ、激戦が展開される。
「へえ……なかなか、やるじゃないか……」
すると、
「違うわ……私の見た壬生紗耶香とはまるで別人よ……。たった二年でこんなに腕を上げるなんて知らなかったわ……」
「へえ……」
と、リーナが感嘆する。
そして、
「うおおおおおおッ!」
雄叫びを上げて桐原が突進し、壬生がそれに応じて打ち下ろす。
「相討ち!?」
「いや、違うな」
竜也が言うように、桐原の竹刀は紗耶香の左上腕を捉え、紗耶香の竹刀は桐原の右肩に食い込んでいる。
「くッ!」
悔しそうにうなる桐原。それに対して、
「……真剣なら致命傷よ。あたしの方は骨に届いていない。素直に負けを認めなさい」
勝利宣言をする壬生紗耶香。すると、
「は、ははは……」
と突如、桐原が虚ろな笑い声を漏らし、
「真剣なら? 俺の身体は、斬れてないぜ? 何だ壬生、お前、真剣勝負が望みか? だったら、お望み通り『真剣』で相手をしてやるよ!」
桐原が、竹刀から離れた右手で、左手首の上を押さえた。見物人の間から悲鳴が上がり、ガラスを引っ掻いたような不快な騒音に耳を塞ぐ観衆がいる。一足跳びで間合いを詰め、左手一本で竹刀を振り下ろす桐原。
それに対して壬生紗耶香は、その一撃を受けようとせず、大きく後方へ跳び退った。かすめただけだが、壬生紗耶香の胴に、細い痕が走っている。さらに桐原が追撃をかける。
(ねえ竜也……)
リーナが耳打ちする。
(ああ……振動系の近接戦闘用魔法『高周波ブレード』だな。放っておくわけにもいかないな)
と、竜也がそこに割り込む。
そして、桐原を取り押さえた。
桐原は左手首を掴まれ、肩口を膝で抑え込まれている。
「だ、誰だ……お前……」
「風紀委員だ。魔法の不適正使用により、おとなしくしてもらおう」
「な、なんだと……」
桐原が呻く。
「ふざけるなッ!」
自分たちの主将を抑えられて、激昂する剣術部員らが竜也に襲いかかる。
その前に、金髪美少女のリーナが立ちはだかる。
リーナの強さは、先日の服部との戦いを見ているからさすがに部員らもひるむ。
「お気に召さないようだな……どうしてだ?」
「何で桐原だけなんだよ。剣道部の壬生だって同罪だろッ!」
「魔法の不適正使用と言った。聞こえなかったか?」
「…………ッ!」
唇を噛みしめる剣術部員たち。
すると、竜也が提案する。
「とはいえ、どうやらお前らは不満みたいだな……いいだろう……桐原先輩、それにそこにいるお前ら。強い奴5人が出てこい。剣術の本当の強さってやつを、俺が教えてやる」
「なんだと……」
「もし、俺に勝てれば、逮捕は取り消してやる。これでどうだ?」
「…………」
そして、桐原と剣術部員はこれを受けてしまった。
リーナは相棒の顔を見ながら、
(また……遊ぶつもりなのね……全く……)
と、相棒の悪い性格にあきれるばかりだった。
竜也の強さに、誰もが驚いていた。
剣術部は先鋒・次鋒・中堅・副将までが既に竜也によって全員倒され、残るは大将の桐原だけとなっている。
その桐原から見ても、竜也の強さには舌を巻いていた。
(だが……あいつはこれで連戦している。さすがに疲労もたまっているはずだ……チャンピオンの俺が、負けるわけがない)
と、面をつけて竜也と対戦する。
だが、それがすぐに間違いだと気付いた。
「そらッ。どうした、その程度かッ!」
何と、竜也は圧倒的な強さで桐原を押したのである。そして、竜也が渾身の一撃を桐原の面に叩き込んだ。
その瞬間、勝負は決したのであった。
その後、竜也とリーナは生徒会室に呼び出された。
目の前には、右に生徒会長である七草真由美、中央に風紀委員長の渡辺摩利、そして左に部活連会頭の十文字克人が座っている。
渡辺が言う。
「では、当初の経緯は見てないのだな?」
「はい」
「最初に手を出さなかったのその所為かしら?」
これは七草真由美である。
「私的な事とはいえ魔法を用いない試合でした。そこまでならば当人同士の問題だと思いましたので」
「桐原はどうした?」
「当人が非を認めていたので、それ以上の措置は必要ないと判断しました。まあ、風紀委員とはいえ突然の乱入者に取り押さえられて、その上に部で最強の5人をたったひとりに、しかも1年に破られたのがよほど悔しかったのか、あの後、すぐに体育館から出て行ってしまいましたがね」
「そうか……聞いての通りだ、十文字。風紀委員会は今回の件を懲罰委員会に持ち込むつもりはないが、どうする?」
「寛大な決定に感謝する。殺傷ランクBの魔法を不適切に使用したのだ。本来なら停学も止む無しなところ。後で俺からよく言い聞かせておこう」
十文字が答える。
そして、竜也とリーナは頭を下げて、その場を去った。
この時、十文字は改めて竜也とリーナの背中を睨み付けるように見つめていた。
(あの金髪女と言い、あの茶髪の眼鏡といい、只者じゃない……いったい、あいつらは……)
一方の竜也も、
(あれが十文字か……日本の十師族のひとつ、十文字家の次期当主。良家の坊ちゃんかと思っていたが、どうしてどうして、なかなかの人物のようだ。それにあいつの防壁を幾重にも作り出す多重移動防壁魔法・ファランクス……あれは脅威だ……俺の力でもな……場合によっては……)
と、互いに警戒しあうようになったのは、この時からであった。
次回は、「暗躍の時」を予定しています。