復讐の劣等生   作:ミスト2世

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危機

 達也の総隊長室に、リーナがいた。

「こんなの、あんたを誘い出すための罠に決まってるでしょ!」

 リーナが、達也から渡された手紙を投げ返した。

 達也が、それを左手で受け止めて言う。

「ああ……そうだろうな」

「なら、断るべきよ。今は大事な計画を進めるときなのよ」

「だが、母上の身を返すというのには魅力がある……」

 達也がどこか遠くを見つめるようにつぶやくのであった。

 

 達也の下に、手紙が送られてきた。

 送り主は四葉深雪。

 内容は、こちらが預かっている母・司波深夜を返還するので、そちらは私の側近である桜井水波を返してほしい。

 これだけであった。

 ただ、それなら日本にいる九島光宣にいつものように交渉役に立てればいいだけの話なのだが、深雪は条件として達也自らが交渉に来るように求めたのだ。

 明らかな罠なのは明白である。

「用心深いあんたらしくないわね……これは明らかな罠よ」

「罠なら、用心すればいいだけの話だ。お前も俺を始末できる人間なんていないのは知っているだろ?」

 達也が、左手に持っていた手紙を握り締める。

「それに、母上を取り戻してUSNAに呼び寄せたいとも思うしな……」

「……なぜよ?」

「母に孫が生まれることを教えたいんだ」

 そして、達也が立ち上がってリーナの背後から手を回して抱きしめる。

 リーナは抵抗することも無くそのまま受け入れている。

 ちなみに、現時点でリーナの妊娠を知っているのは、達也の他はシルヴィア・マーキュリー・ファーストだけである。達也は我が子の将来、すなわち魔法師が兵器として使われることを恐れて、それを隠していたのである。

「心配するな。俺は死なない……必ず、お前の下に戻ってくる」

「…………」

 リーナが頷く。

 そして、リーナのことはシルヴィアに任せて日本に渡ったのである。

 ただし、達也は世界的に有名人になっている。そのため、個人的に用意した飛行機で渡ることになった。

 

 九島光宣は、達也からそれを聞いていた。

 愕然としていた。

「光宣。桜井水波は四葉家に返す。母の身柄との交換だ」

「…………ッ!」

 光宣の端正な顔が、僅かに歪む。が、光宣を信頼している達也は特に気にしていない。

「桜井水波はどうしている?」

「向こうの部屋にいます」

「そうか……彼女に会って事情を話す。ついてこい」

「……はい……」

 達也が光宣の右横を通り過ぎて歩いていく。

 そしてこのとき、光宣の目がわずかに達也の背中をにらみつけていることに気づかない達也であった。

 

 深雪は、連絡を取っていた。

 深雪は日本語を話していない。目の前に移る人物に合わせて話しているようだ。

「では、用意は整ったというわけですね」

「ああ」

「では、計画通りに頼みますよ」

「…………」

「イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフさん」

 

 

 

 




次回は「危機 その2」です。

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