司波達也は、総隊長室にいた。
中にはアンジェリーナ・クドウ・シールズがいる。
妊娠の事実と、リーナへの想いを語ったあの日から、達也は大きく変わった。
リーナは愛おしそうにお腹を撫でる。自分から愛する人との新しい命が産まれてくる奇跡に喜んでいるのか、笑顔である。
一方の達也は相変わらずの朴念仁であるから、自分の子供が産まれてくることを楽しみにはしているものの、リーナのことを必要以上に気遣うようになっていた。
そのため、最近ではリーナに苦笑しながら宥められることも多くなった。
そして、あれから1週間が過ぎた日の事である。
「エスケイプス計画?」
「そうだ」
総隊長室の椅子に座る達也と、机の前にある客用のソファに腰をかけるリーナである。
「どういう計画なの?」
「Extract both useful and harmful Substanes from the Coastal Area of the Pacific using Electrricity generated by Stellargeneratorの頭文字をとって名付けたものだ」
そして、達也がリーナに計画の中身を時間をかけて話す。
「…………」
全てを聞き終えて、リーナは驚きを覚えていた。
もともと、達也の頭脳は自分など比較にならないほど優れている。しかし、これほどの計画を自分と同じ17歳の、本来ならば高校生である男性が立てたなどと、誰が信じるだろうか。
リーナが言う。
「達也……。貴方はその計画で、魔法師の独立国家建設を目指すつもりなの?」
「今のところ、そこまでは考えていない。魔法師だけで衣食住全てを賄うのは能力面から考えても非現実的だ」
「つまり、政府に自治権も要求する気は無いと?」
「今のところはな。政府を無用に刺激しても、デメリットしかない」
「…………」
リーナは改めて、目の前にいる自分の相棒にして将来の旦那のことを年齢不相応なほどよく考えていると思った。
「今のところは、建前として保証されている魔法師の権利が本当に守られるようになればいい。それだけだ」
「その履行を政府から勝ち取ることが目的だと?」
「そうだ」
「……達也……言っておくけど、この計画、反対も少なからず出ると思うけど……」
「承知の上だ。だが、どんなに難しくてもやらなければならない」
「……なぜ、そこまでその計画にこだわるの? 貴方の名誉のため?」
「違う」
達也が立ち上がる。そして、リーナの傍にまでやって来ると、リーナの背後から優しく手を回して抱きしめた。
「生まれてくる子供のためだ」
「…………」
「俺とお前の子供が産まれるとわかったら、USNA政府はどうすると思う?」
「…………」
「たぶん、相当魔法力の資質に恵まれた子供が産まれるだろう。そうなればどうなる? 我が子は戦闘魔法師として国に酷使される可能性もあるんだぞ」
「…………」
「お前は、産まれてくる子を戦闘魔法師にしたいのか?」
「…………」
リーナが顔を左右に激しく振った。
リーナはもともと、戦闘魔法師としては向いていない優しさがある。達也がいるから今までは何とかなっているが、達也がいなければどこかでその甘さのために命を落としていたかもしれない。
リーナとて、我が子を危険な戦場になど出したくない。自分と同じように愛する人に恵まれ、戦争などに巻き込まれず幸せに暮らしてほしい。それが彼女の望みである。
「そうだろう。俺だって、産まれてくる子に俺やお前のような道を歩ませたくはない」
「つまり、産まれて来る子供のためにやると……?」
「そうだ。できるだけ速やかに」
「……だけど、そんな計画、いくら達也貴方でもひとりじゃ……」
「心配ない」
達也がリーナから手を放す。
「ちゃんと考えている」
達也の目が、虚空を睨みつけていた。
その日から、達也はどこかに連絡を取り始めた。
そして、それから5日後。
事態が動き出すのである。
次回は「計画の発表」です。