復讐の劣等生   作:ミスト2世

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手に入れた存在

 司波達也こと大黒竜也は、戦場にいた。

 達也は戦場が嫌いではない。むしろ好きなほうである。

 それは、達也が戦闘好きだから、戦闘狂だからというわけではない。戦場は全てを忘れさせてくれる、無にしてくれるからだ。

 生命のやり取りをする戦場では一瞬の隙や迷いが即、死に繋がる。そのため、戦場は迷いや悩みなど忘れさせてくれる。どこかに吹き飛ばしてくれる。

 達也はその戦場で暴れまわるのが好きだった。

 全ての悩みや迷いを吹き飛ばしてくれる戦場で働くことが。

 勿論、かけがえのない相棒や仲間たちがいるのもあるのだが。

 だがこのとき、達也は目の前にいる反乱軍の鎮圧の指揮を部下のひとりであるラルフ・ハーディ・ミルファクに任せて、自分はひとり後方で頭を抱えていた。

 それは、少し前に時間がさかのぼる。

 

 …………。

 達也の総隊長室である。

「何ができたって?」

「だから……その……」

「うん?」

 りーナは紅い顔で緊張と呆れの両方を思った。普通の男なら、ここまで女に言わせれば何のことかわかるはずなのだ。だが、達也はそういうことは普通の男より鈍感な朴念仁であるから、察することができない。

 リーナが、達也の左耳を自分の左手で思い切り握って口元に近づける。

「痛てててててて!!」

「もう! 本当に鈍感ね! 赤ちゃんよ! 赤ちゃんができたのよ!」

「ててて……そうか……」

 そう言うと、達也は無関心にまた出撃の準備に取り掛かろうとした。が、

「え?」

 と、まるで石像のように固まったかのようにギギギという音を立てながら、相棒のほうへ振り向く。

「……赤ちゃん……?」

「そうよ!」

「……誰の……?」

「怒るわよ!」

 既に怒っているリーナが、達也の左頬に向けて右手を振った。

 達也の左頬が熱を持つが、達也は呆然としている。

「あんたと私の子供に決まってるでしょ!」

「…………」

 達也は何も言えなかった。

 しばらく反応できなかった。

 ただし、全く覚えが無いわけではない。達也は寂しさを埋めるように、最近は相棒を求めていた。達也も年頃の青年であるし、リーナは達也を愛しているから、二人がお互いを求め合うのは必然だったのだ。

「……そうか……」

 達也の言葉は、それだけだった。そして、

「用意がある。話は後にする」

 それだけ言うと、達也は総隊長室を去った。

 

 そして、戦場ではいつも果敢な達也が、この時は指揮を他人に任せて後方で突っ立っているだけだった。

 とはいえ、相手は非魔法師と弱い部類の魔法師が大半だから問題にならない。だから、反乱そのものはすぐに鎮圧された。

 だが、達也の心は晴れなかった。

 迷っているのだ。

 そんな達也に、シルヴィアがやって来る。

 達也に戦後処理の報告を行なうためである。

 だが、達也には彼女の言葉が頭の中に入っていない。意識はどこかをまるで彷徨うかのようであった。

 さすがのシルヴィアも、達也の異変に気づく。

「総隊長どのッ!」

「……うん?」

「うん、ではありません。私の話を聞いていたはずです。この案件に対する総隊長のお考えをお聞かせくださいッ!」

「え……?」

 達也は話を聞いてないのだから、答えようが無い。

 そんな総隊長に、シルヴィアが言う。

「総隊長……私の報告を聞いておられましたか?」

「…………」

「総隊長? 何があったのです?」

 達也がシルヴィアを見つめる。彼女は、達也やリーナの良き理解者のひとりで、互いに信頼しあっている仲である。だから、達也は話を打ち明けた。

 …………。

「おめでとうございます」

 達也の話を聞いたシルヴィアの最初の言葉である。

「おめでとう?」

「はい。これで総隊長どのと副隊長どのは晴れて父親、母親になられるわけですから」

「……俺にはスターズの総隊長としての責務がある。その俺にとって、子供など邪魔になるだけだ」

「総隊長どの!」

 シルヴィアが有無を言わせぬような声で達也に言う。

「な、何だ?」

 さすがの達也も彼女の面相にひるんだ。

「女にとっての幸せは何だと思いますか?」

「…………」

 達也には答えられない。

「好きな人と結ばれ、その人との間の子供を生む。これが女にとっての幸せです」

「…………」

「隊長は、リーナが嫌いなんですか?」

「そんことは……」

「ならば、リーナに言って下さい。『愛してると。そして、幸せにすると』」

「…………」

「何を迷われます?」

「俺は、今まで多くの人間を手にかけてきた……その俺の妻や子供ができても、不幸になるだけではないのか……」

 すると、シルヴィアが達也に向かってさらに強く言う。

「だからどうしたというのです?」

「なに?」

「総隊長どのが手にかけて来たのは戦場でのこと。やらなければやられる世界でのことです。それに何の関係があるというのです? 何を迷う必要があるのです?」

「…………」

「総隊長どの。総隊長どのは、リーナを幸せにしたくないのですか?」

「そんなことはない!」

「ならば、リーナに先ほどの言葉を伝えてください」

「…………」

 

 達也がリーナに告白したのは、その翌日だった。

 リーナは喜びのあまり、大粒の涙を流しながら達也に抱きついた。

 そして、互いに口付けを交わしたのであった。

 それと同時に、

「俺の計画を、急ぐ必要があるな……」

 と、決意を新たにする達也が、そこにいたのである。




次回は「計画にむけて」です。

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