復讐の劣等生   作:ミスト2世

84 / 101
達也とリーナ

 司波達也は、USNAにいた。

 達也は深雪との和解を成立させると、後始末を光宣と黒羽姉弟に任せて自らはリーナと共に本国に帰還していたのである。

 

 さて、ここで世界の情勢を見てみよう。

 2095年冬に日本で使用された戦略級魔法である『フリーズ・バースト』。あれにより当時日本に侵攻しようとしていた大亜連合艦隊は壊滅し、大亜に所属する十三使徒のひとりである劉雲徳まで死んでしまった。いわゆる『凍結の悪夢』である。

 この事件について、日本政府には世界中から問い合わせが来たし、マスコミは情報開示を請求したが、日本政府は「国防上の秘密である」として一切を拒否した。

 しかし、この事件が引き金になってしまった。

 戦略級魔法に対しての恐怖。そして使用することへの決断に対して。

 恐怖を抱く者は、魔法師との共存など所詮は夢物語なのだと叫びだす。

 使用することをこれまで大量殺人などでためらっていた者は、日本が使ったのだから、我々もと便乗する。

 世界は、まさに混沌の中に置かれようとしていたのだ。

 そして、2096年冬。

 奇しくも『凍結の悪夢』から1年後のその日。

 ブラジルが使ったのである。

 戦略級魔法『シンクロライナー・フュージョン』を。

 

 当時、ブラジルは南アメリカで唯一国政を維持した国家であった。ではブラジル以外の南米の国家はどうしたのだといわれれば、これが国家として崩壊してしまっていた。それもこれも、戦略級魔法を所持するブラジルが勝ちすぎて、そのために彼らは抵抗する勢力は独立派武装ゲリラになってしまっていたからだ。

 ところが、ゲリラたちは自分たちの国家を再興するために必死に抵抗した。だから、ブラジルがいかに強大でも一筋縄ではいかない。いやむしろ、最近ではブラジル軍のほうが劣勢になりつつすらあった。

 ブラジル政府はこの苦境を脱するために、南アメリカ大陸の旧ボリビア、サンタルクス地区で戦略級魔法を使用したのである。

 爆発の規模は推定数キロトン。

 ブラジル軍の正式発表では、爆心地はゲリラが拠点としていたゴーストタウンの中央。犠牲者は武装ゲリラ構成員のみで、死者はおよそ1000人としていた。

 ただし、これを信じろというのが無理な話だ。

 こんな程度のゲリラにブラジル政府軍が苦戦していたとは思えないからだ。

 つまり、実際の死傷者はもっと多い。

 その中には戦闘員だけでなく、非戦闘員も含まれている可能性が高いし、何よりもゲリラになると非戦闘員と戦闘員の区別がつきにくくなる。

 だが、問題はそれではない。

 USNAにとって、自国の南部で戦略級魔法が使われた。

 自国の安全が脅かされる。

 そして、「戦略級魔法があっさり使われる時代になる」「魔法師を恐れる急進派の活動がさらに盛んになる」というこれは前兆ではないかとすら思った。

 そして、それが現実になってしまった。

 この事件からわずか3日後のことである。

 USNAの北メキシコ州モンテレイで反魔法師団体による大規模な暴動が発生したのである。

 しかもさらに、その反乱軍に州軍が出動したのだが、こともあろうにその一部が突如友軍に向けて発砲し、そのまま暴徒に合流したとのである。

 つまり、反乱軍がさらに規模を増したのであるが、問題はそれではない。州軍が裏切ったという「事実」である。

 このまま反乱軍を放置しておけば、さらに同調する何者が現れるかわからない。

 慌てたUSNA政府は直ちにスターズの大黒竜也に鎮圧の指令を出したのである。

 

 達也は、指令を受けて準備を進めていた。

 今回は自らが指揮を執るつもりでいる。というより、彼はいつでも自らを最前線において戦う男だった。だから、ある意味で部下に慕われている。普通の指揮官なら常に安全な後方にいるのに、彼は常に危険な前線に立つ。それがスターズで達也が人望を得ているひとつでもあった。

 それはさておき。

「達也……いる?」

「リーナか。どうした?」

 今回、達也はリーナに留守番を任せていた。以前、カノープスの反乱を経験している達也は、今回の一連の動きにスターズでも何が起こるかわからないと考えて、リーナを残して留守を守らせるつもりだった。

「あのね……達也……?」

「うん?」

「あのね……?」

「なんだ。ハッキリ言え」

 達也が同じ言葉を繰り返す相棒にイラついた表情を見せる。

「あのね。昨日、私、病院に行ってきたの……」

「病院? どうした? 風邪でもひいたのか?」

「そうじゃないわよ……あのね……できちゃったみたいなの……」

「何ができたって?」

 リーナの顔が紅くなっている。

「だから……その……」

「うん?」

「…………」

 小声で呟いたリーナのその一言が、この男の運命を変えることになってゆくのであった。




次回は「手に入れた存在」です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。