「!!!」
達也の頭脳は深雪のその言葉を聞いた瞬間、思わず白くなった。
達也だけではない。左右にいるアンジェリーナ・クドウ・シールズ、九島光宣、そして深雪の傍にいる花菱兵庫も驚いている。唯一、いつもと変わらないのは当人の深雪と桜井水波だけである。
達也が数十秒ほど、思わず固まっていた。が、さすがに気を取り直す。
「今、何と言った?」
「ですから、仲直りしましょうと……」
「…………」
「そして、その仲直りにあたっての条件ですが……」
「条件?」
「はい……それは……」
すると、達也が深雪を鋭く睨みつけた。
「深雪……」
「はい」
「お前は、本当に俺と仲直りがしたいのか?」
「勿論です。私は貴方の妹。血を分けた兄妹が争うことほど、醜くて悲しいものはこの世にありません」
「なら、なぜ条件を出す?」
「はい?」
「俺との仲直りを、お前は望んでいるんだろう?」
「はい」
「今のお前や四葉が俺に条件を出せる立場だとでも思うのか?」
それを聞いた瞬間、深雪もさすがに固まった。
確かに、今の四葉は目の前の男に追い詰められている。が、弱気になるわけにはいかない。
「私や我が四葉家は、貴方に負けたわけでも、スターズに負けたわけでもありません」
「確かにそうだが、戦えば負けるのは目に見えているだろう?」
「そうでしょうか? 我が四葉は『アンタッチャブル』と呼ばれる家。決して引けはとらないと思っています」
「なら、力でやりあうしかない。俺が勝つかお前が勝つか、二つにひとつだ」
「ですがそれでは、仮にどちらが勝ったとしても多大な犠牲を払う可能性があります。ですから仲直りをしようと言っているのです」
「犠牲? 俺がいる限り、俺に犠牲が出ることなど決してない」
「戦いに、絶対という言葉はありません。何が起こるかわからない。それが戦いというものです」
「俺がいる限り、絶対は起こる」
「…………」
深雪が、目の前にいる兄を見つめた。
鋭い目でこちらを見下ろしている。
右腕を椅子の手置きに置いて頬杖をついている兄。
その身体全体から、どことなく凄まじい冷気があふれているように思えた。
「……深雪。お前があくまで俺との仲直りを望むのなら、無条件で俺に降れ。そうするなら命は助けてやる。それ以外に条件はない」
「ならば、我が四葉家はあくまで戦い抜くだけです」
「それでもかまわない。俺はもともと、四葉を潰すつもりだったんだ……九島家のようにな」
その言葉を聞いた瞬間、光宣の肩がわずかにピクッと動いた。が、達也は気づいていない。
「……なるほど。確かにこのまま貴方と戦えば、我が四葉家は滅ぶかもしれません。ですが、そのために貴方のほうにも多大な犠牲が出ることになるでしょうね」
「言ったはずだ。俺がいる限り、それは絶対にない」
「そうでしょうか? 確かに私や四葉家の直接的な戦闘力は貴方には劣るかもしれません。しかし、貴方のお仲間は果たしてそうでしょうか?」
深雪が、リーナと光宣に視線を向ける。
「……何が言いたい?」
達也が深雪に問う。
「簡単なことです。我が四葉が総力を挙げれば、貴方は無理でも、貴方のお仲間をあの世に送ることは決して不可能ではないと申し上げているのです」
その言葉を聞いた瞬間、リーナが思わず立ち上がって深雪を睨みつける。
が、深雪はそ知らぬ顔でその視線を受け止めている。
達也が、妹に鋭い視線を送りながら言う。
「なるほど……だが、俺の条件は先ほども言ったとおり、お前が無条件で俺に従うなら、俺も矛を収める。それだけのことだ」
「…………」
「そして何より、俺は深雪、お前と対等であることは好まない」
「…………」
「仲直りとは、力の差こそあれ、対等の立場である者同士が行なうことだ。兄より劣る妹のお前と俺は対等であるつもりはない。俺と対等でいるのは、ここにいる二人と、そしてほかの数名だけで十分だ」
すると、深雪がリーナ、そして光宣を見つめた。
二人とも、よほど達也に信頼されているのだろう。特にリーナなどは達也にあからさまな笑顔を向けていた。
深雪が言う。
「なるほど……ですが対等でなければ、こちらは到底受けられません。そして……」
ここで、深雪が後ろにいた水波に目で合図を送る。
水波は如何にも有能な側近であるように、無駄な動きを少しも見せることなく、てきぱきと行動する。
そして水波がタブレットを取り出した。そのタブレットを操作する。
水波が、深雪に対して頷く。
深雪が、達也に言う。
「こちらには、このようなご用意があるのですよ」
そう言うと、水波が立ち上がってタブレットを持って近づいてゆく。
そのタブレットを光宣が受け取る。
このとき、光宣は水波を見てわずかに動揺していたが、勿論それを押し隠している。
そして、そのタブレットを達也に渡す。
「…………ッ!!」
達也の目が、そのタブレットに釘付けになっていた。
次回は「条件と兄妹と」です。