復讐の劣等生   作:ミスト2世

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老雄、その2

 息子の真言に当主を降りるように迫った九島烈は、床についていた。

 明日には一族全てに真言の隠退と光宣の当主就任を公表するつもりでいる。

 勿論、反発も覚悟の上である。一族の多くからたとえ反発されようとも、自分はこれを誤りとは思っていない。

(九島をさらに繫栄させるためには、光宣しかいないのだ……)

 そう思って、床についていた烈だった。

 だが、さすがの烈も、息子の目に凄まじいほどの憎悪の炎が宿っていたことに気づけていなかったのである。

 

 その日の深夜だった。

「おじい様、お休みでしょうか?」

 女性の声が、部屋の外からした。烈には聞き覚えがあった。

「響子か?」

「はい」

「どうした?」

「お耳に入れたいことが……よろしいですか?」

「ああ。構わんよ。入りなさい」

「失礼します」

 そして、孫娘の藤林響子が部屋の襖を開けて入室し、祖父の烈の前に現れて姿勢を正す。

 烈は寝間着のまま、布団の上に胡坐をかいている。

「それで、私の耳に入れておきたいこととは何かな?」

「はい。実は、真言伯父さまに不審な動きがあるのです」

「……不審な動き?」

「はい」

「どのような動きだ?」

「密かに魔法師を呼び集め、九鬼家や九頭見家の者まで呼び集めています。それに……」

「それに?」

「はい……実は四葉の魔法師まで呼び集めているのです……」

「なにッ!?」

 さすがの烈も驚く。

「四葉の魔法師とな……」

「はい……」

 烈が考え込む。烈の認識からすれば、あの真言に自分に逆らえるような力も度胸も無いと思っている。だから信じられなかった。

「そうか……」

 烈がため息をつく。

「……どうしますか? 真言伯父さまを問い詰めますか?」

 すると、烈は頭を左右に振る。

「いいやダメだ。私が先日、光宣を次期当主にすると発表したことで、一族内に私に対する不満が出ている。それに真言が九鬼家をはじめとする魔法師を集めているからといって、私に反逆すると決まったわけでもない。それなのにここで問い詰めて強硬手段に出れば、それこそ私に対する不満がさらに高まる恐れがある」

 実際、光宣の兄の蒼司をはじめ、多くの人物が今回の烈のあまりに強硬で性急なやり方に反発しているのだ。

「それに、九島家で内紛を起こせば、それは他の十師族に付け込まれる可能性もある。さらに言えば、九島家が師族落ちするのも避けられなくなるかも知れん」

「ならば、どうしますか?」

「とりあえず、私はこの生駒の屋敷から姿を隠したほうがよい。しばらくは様子をみたほうがよさそうだ」

「……ならば、行き先は?」

「それだが……」

 そして、烈は孫娘に小声で囁いた。

 

 その翌日の朝。

 魔法師数名が、烈の部屋に近づいていた。

「いいか。相手は爺いだが、かつてのトリック・スターだ。油断するなよ」

「おう」

 そして、リーダー格の男が右手を天に振り上げる。

 それと同時に、突撃が開始される。だが、

「どこだ……九島烈はどこに行ったッ!」

 そこはもぬけの殻だったのである。

 

 その頃、祖父の烈の連絡を受けて孫の光宣は黒羽文弥並びに黒羽家の手の者と共に祖父を出迎えようと走っていた。

 ちなみに文弥は、司波達也と共にUSNAに行っていたが、リーナの一件に片が着くと日本に戻るように指示を受けていた。

 そして光宣が黒羽を連れているのは、祖父の烈から父の真言に不審な動きがあると聞かされたため、できるだけ用心を重ねてのことである。

 ところが、その光宣の前に、ある集団が現れた。

「ッ! あ、兄上ッ!?」

 そう、その集団の先頭にいたのはすぐ上の兄である蒼司だったのである。しかも、その横には、

「ッ……お、お前は……」

 光宣には見覚えがある。そう、それは周公瑾だったのである。

「光宣……悪いが、お前にはここで死んでもらわねばならなくなった……」

 兄が腹の底から低い声を出す。

 よく見ると、目が血走っている。

「恨むならお爺さまを恨め。お前を当主にするなどと発表したお爺さまに、この俺に弟に頭を下げろと命令したあのくそ爺になッ!」

 そして、ここで戦闘が開始された。

 

 祖父の烈と共に車で行動していた藤林響子は、嫌な予感に襲われていた。

 祖父の指示で、光宣の下にしばらく行こうと決まり、光宣と連絡をとった。

 しかし、その連絡が見破られているのではないか、と嫌な予感がしていたのだ。

 そして、その嫌な予感が的中してしまった。

「響子。車を止めなさい」

「お爺様?」

「どうやら、追いつかれたようだ」

 そして、車が止まって烈が降車する。続けて運転席から響子も降りる。

「響子、離れていなさい」

 烈が冷静に孫娘に指示を出す。

 そして烈が言う。

「隠れていないで、出てきてはどうかな?」

「……さすがはかつてのトリック・スター。老いぼれたとはいえ、僕の気配に気づいていましたか」

「……気配を隠していても、それだけ殺気を私に向けていて気付けないと思うほど、私が老いぼれているとでも思っているのか?」

 そして、烈が自分の背後から悠々と現れたその男に向かって振り向いて言う。

「そうだろう? 九重八雲よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は「老雄と今果心」です。

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