七草弘一は、名倉三郎からの報告を聞いていた。
そのほとんどは、調べ上げた四葉深雪のことである。
ただし、深雪が調整体であることなど、四葉家の機密事項はさすがに名倉にもわからなかったようだ。
名倉の報告が終わる。
それを目を閉じていた聞いていた弘一が、目を開いて言う。
「名倉」
「はい」
「四葉深雪を放っておくのは危険すぎる」
「…………」
名倉は何も言わない。
「我が七草家は、日本魔法師界の頂点に立つべき存在だ。その七草家を脅かす四葉……いや、もっと言うなら四葉深雪は放置しておけない」
「どうするというのですか?」
「……始末しろ」
「…………」
名倉が、自分の主人を見つめる。そして言う。
「それをするということは、四葉を完全に敵に回すということです。あのアンタッチャブルを敵に回す覚悟はおありですか?」
弘一が名倉を見つめる。一瞬、怖気づいたようになった弘一であるが、何とか名倉を見つめ返す。
「……我々が裏で糸を引いていると気づかれないようにすればいい」
「…………」
名倉は呆れ果てた。そして、これが我が主人の限界かとも思った。
弘一は裏で火遊びはするが、結局は表側の住人である。四葉ほどの家が、当主の情報を調査している七草に対して警戒していないわけがない。既に、マークくらいはしているだろうと思っている。いざとなれば根拠や証拠など必要ない。
この点を弘一には理解できないだろうと思い、名倉は黙っていたのである。
「サポートが欲しければ好きなだけ連れていけ。屋敷の警備を気にする必要はない」
「……わかりました……」
「手立てはお前に任せる。思い通りにしてくれて構わない」
「畏れ入ります」
「ああ、いつも通り真由美のガードは引き継いでおけよ」
「心得ております」
投げやりな口調の命令に恭しく頭を下げたまま答え、弘一と目を合わすことなく名倉は書斎から退室した。
九島真言。十師族・九島家の現当主である。
ただし、当主といってもそれは名目的なものでしかない。偉大なる父・烈が生きている限り、彼はあくまでお飾りの当主でしかない。
最終決定権は全て烈が握っている。そのため、彼の決めたことが烈の意に沿わない場合、あるいは意見が異なった場合、部下は常に烈の決定を優先して行動する。
それが彼には気に入らなかった。
「私は九島家の当主だ。……父はあくまで隠退の身だ……。私が……私こそが当主なのだ……」
真言は決して無能ではない。父の烈が偉大過ぎるのだ。
真言は客観的に見れば十分な魔法力を有しているが、自分も自分の子供たちも父・九島烈の魔法力に及ばないことに劣等感を抱いている。それが執着となって狂気が住み着き、自身の精子と実末妹の卵子を人工受精させ、人工子宮を用いて、調整体魔法師として末子である九島光宣を作り出したのだ。
つまり、光宣は真言の劣等感が生み出した存在といえる。
真言ははじめのうちは自分が父に及ばないのは仕方ないと思っていた。また、それでよいとも思っていた。父に少しでも追いつければ、と思っていた。
だが、周りの目はそんな風に見ていない。
「まったく……真言さまは烈さまと較べて……」
「本当だ……この程度の決裁すら……」
「まあお飾りのご当主だ。我慢しろ」
と、自分の周囲がそんなことを言っているのを聞いてしまったその時初めて、真言に父に対する劣等感ではなく、憎悪が生まれた。
既に64歳を数える真言にとって、既に老い先は短い。最後にひと花咲かせたい、と思っている。自分の手で。周囲のみんなを見返したい。
そして、九島家の後継者問題。実はこれも尾を引いていた。
烈は体調を治した光宣を後継者にしたいと思っている。
それに対して真言は自分の長男を後継者にしたいと思っていた。自分の劣等感が生み出した末子より、倫理に外れて生まれた出来のいい我が子より、自分の長男に跡を継がせたいという気持ちがあったのだ。
これには、長男をはじめとした光宣の兄や姉に対して、自分と同じ劣等感や気持ちを抱かせたくないという親心もあった。
そして、この後継者だけは烈のほうが実をいうと強硬だった。
烈は既に90を超えている。老い先は短い。だから自分が生きているうちに光宣を当主にさせたいという気持ちがあったのだ。
そのため、烈は真言に対し、
「光宣を次期当主にすると宣言せい」
とまで命令を出し始めていた。
今のところは、まだ時期尚早ですとか、光宣が若すぎるとか理由をつけて拒否しているが、烈は強硬だった。
このままでは、自分は当主を引きずり降ろされるかもしれないという気持ちも最近では沸き起こり始めている。
「当主を引きずり降ろされる……それでは私は何のために当主になった……何のために生まれてきたのだ……人形として過ごすためだけか……!?」
真言は唇を噛み締めた。余りに強く噛み締めたため、皮膚を破って血が出始めた。
そんな時に近づいたのが、四葉家の花菱とその息子・花菱兵庫だった。
深雪は当主になると、十師族の情報を貪欲なまでに集めた。
そのため、真言に近づいたのである。
そして……。
遂に計画は動き出そうとしていた。
次回は「それぞれの計画」です