立ち上がったリーナを見て初めてエドワードは気付いた。
それまで少女のような雰囲気しか無かった目の前の人物から、凄まじい怒気が流れ出しているという事を。
「博士……」
仮面をかぶっているにも関わらず、その開いている目の部分から凄まじいまでの殺気が放出されだした。
エドワードもさすがにこの時になって、ただ事ではないことに気が付いたようだった。
「……私が、総隊長に……竜也を裏切る? 冗談もほどほどにしてほしいですわね」
すると、リーナが懐からナイフを取り出した。
エドワードは一瞬あせるが、すぐに虚勢を張ったように言う。
「なるほど……貴女はお若い。その若さと純真さゆえに、今の状況が我が国にとってどれだけ危機的なのかをご理解いただけてないのですね」
「…………」
「いいですか、シリウス少佐……」
すると、
「お前、もういいよ」
と、リーナが有無を言わせず、いきなり左手に掴んでいたナイフを、エドワードの右肩向けて振り下ろした。
「ぎゃあああああああッ!」
悲鳴が轟く。エドワードの放ったものである。
「私が総隊長を裏切るなんて、それはどんなことがあろうとあり得ません。また、世界がどうなろうが、USNAがどうなろうが、私には関係ありません」
リーナがエドワードの右肩に刺したナイフを抜く。途端に、血が溢れ出した。
エドワードが左手で右肩を抑えるが、出血は止まらない。
「私には、総隊長が全てです」
すると、エドワードが苦しみながら言う。
「そうですか……それは残念だ……貴女なら、私の話を理解して頂けると思っていたのだが、どうやら見込み違いだったようだ……」
リーナが、傷ついてふらつきながらも立ち上がったエドワードに言う。
「エドワード博士。貴方を拘束します」
「拘束? ……フフフフフ……ハーッハッハッハッ……」
途端に、エドワードが笑い出した。
「何が可笑しいのですか?」
「フフフフフ……シリウス少佐。やはり貴方は小娘だ……私の見通しが甘かったことは認めるが、私が何も保険をかけていないとでもお思いなので?」
「……なんですって……?」
「今頃は……」
エドワードのそれを聞いて、リーナが逆上する。
「貴様ッ!」
そして、リーナは逆上の余り、エドワードという生き証人を殺してしまったのだ。
これでは、エドワードを取り調べにかけて自白させるという事も不可能になってしまう。
リーナはこの時点で、反逆者も同じになってしまった。
そして、リーナは逃げたのである。
その頃、世界中にそれが動画として、あるいは情報として流れていた。
流されているのは、大黒竜也とアンジェリーナ・クドウ・シールズの経歴、そして二人が戦略級魔法師であることなどである。
エドワードはあの時、リーナに対してこう言ったのだ。
「今頃は、私の息子のレイモンドが貴女と大黒の経歴や秘密の全てを世界中に発信しているだろうよ……貴女たちは、もう世界のどこでも自由に生きられない……これからは常に狙われる立場になる……幸せなんて二度とこないと思うべきだな……」
それを聞いたリーナは、思わず逆上してしまった。
リーナも達也も、経歴は秘密にしているし、ましてや戦略級魔法は極秘扱いにしているものである。
それが世界中に情報として流された。
つまり、これはそれ以降の自由の制限を意味している。
今までは達也もリーナも情報を秘匿していたからある程度の自由があった。
だが秘密のほとんどが暴露されてしまった。
それが何を意味しているのかわからないほど、二人は愚かではない。
そしてそれを悟ったリーナは逆上してしまい、切れてしまってエドワードを殺してしまった。
これでは、自らは殺人に手を染めたことになってしまう。
無罪を主張しても受け入れられるわけもない。
こうしてリーナは逃げた。
そして、同時にリーナも達也も、一気に追いつめられてしまったことを意味していた。
次回は「大逆転へむけて」です。