司波深雪改め、四葉深雪。
この名前になった時、敏感に反応した者たちがいる。
国防陸軍第101旅団独立魔装大隊旅団長である佐伯広海少将と、風間玄信少佐である。
「では……深雪くんを大隊から遠ざけると言われるのですか……」
風間の言葉に、佐伯が頷く。
「しかし……それは……」
「彼女は日本にいる貴重な戦力で、戦略級魔法師のひとり。そして、我が大隊の切り札である。そう言いたいのですか?」
「はい」
風間が頷く。
実は、深雪が大隊に属しているのは理由がある。
沖縄に母の深夜をはじめとするメンバーで行った時である。この時、深雪たちは反乱に巻き込まれて撃たれた。これを助けたのは実は当時スターズの隊員として諜報に当たっていた達也なのだが、これで自分の無力を痛感した彼女は、風間に軍に入りたいと志願した。
当時、叔母の真夜は有力な後継者候補を戦場に出すなど考えられないとして最初は許さなかったが、深雪の決意は固かった。自分の不甲斐なさを悟り、もっと自分を磨き上げたいと思っていたからだ。
深雪をただのお嬢様と思っていた四葉家の面々も深雪の決意の固さに驚き、そして了承するしかなかった。ただし、深雪には戦場に出る際には常に桜井水波を付けることを条件にしている。
深雪は頑張った。横浜でもブランシュでも九校戦でも。彼女の実力は大隊でも抜きんでたものとして認識されるようになった。
ただし、これに良い感情を抱かないものもいた。
もともと大隊は十師族から独立した魔法戦力を備えることを目的に創設したものである。それが十師族の深雪にいつしか依存していて『深雪無くして大隊なし』みたいな状況になりつつあったからだ。
とはいえ、深雪の背後には四葉がいる。34年前に大漢を当時の一族で滅ぼしたアンタッチャブルが。
そして真夜が死去し、深雪が新しい当主になった。さすがに当主になった深雪を今までのように大隊の一員として扱おうというのは不可能である。
「……実はその件で、深雪さんから申し出がありました」
「何と言ってきたのですか?」
「深雪さんは、今までのように大隊との関係は維持したい……そして、大隊から指示があれば自分はそれに応じるつもりである、と言ってきました」
「……つまり、今までの関係を当主になったからといって改めるつもりはないと?」
「そういうことに、なりますね」
「…………」
風間が考え込む。そして言う。
「四葉は前の当主が不慮の死を遂げ、新しい当主の深雪くんはまだ若年。今は軍と争いたくないのが実情でしょうね」
「でしょうね……で、貴官はどう思いますか?」
「我々は深雪くんに代わる戦力を補充できていません。しかももう一人の戦略級魔法師である五輪澪はいつ死んでもおかしくない病弱。そんな状態で深雪くんとの関係を崩すなど賛成できません」
「ですが、上は彼女が四葉の当主になったという事実を無視できないと言っています……四葉にこれ以上肩入れするのは……」
「前当主の場合ならそうでしょうが、深雪くんには政治的な野心などありません。また、駆け引きもそれほどではありません。私はむしろ、四葉が代替わりしたのは軍にとっては大変良いことだと思っているのですが……」
「……わかりました……貴官の意見は、私が上に伝えておきます……下がりなさい」
「はッ!」
そして、風間が引き下がった。
同じ頃、奇しくも情報部も動いていた。
情報部が動くのには理由がある。実は横浜での『凍結の悪夢』。あれを使ったのが深雪ではないかという情報を掴んでいたからだ。
「四葉は危険すぎる……まずは、新しい四葉の当主がどのような人物か、見極める必要がある」
その先兵として動いたのが、師補十八家・十山家の令嬢であり、国防陸軍情報部首都方面防諜部隊所属の曹長である十山(遠山)つかさであった。
深雪はスターズに、そして今まで協力し合っていたはずの国防軍にまで追い詰められようとしていたのであった。
次回は「達也暗躍」です。