大黒竜也は、それをUSNAの諜報員用として用意されていた施設で聞いていた。
報告するのは、日本に付いてきたシルヴィア・マーキュリー・ファーストである。
「なんだと……四葉の新当主に、深雪が就任しただと……」
「はい」
シルヴィアは報告書に目を通しながら、淡々と答えている。
「それに反対意見は無かったのか?」
「はい。四葉深雪は、前当主・四葉真夜の実の娘だということが公表され、それが決め手になったそうです」
「…………」
竜也はこのとき、右手に茶を入れたコップを持っていたが、それを強く握りしめて遂に割ってしまった。
割れる音とともに破片が飛び散り、赤い液体が達也の右手に広がる。
だが、竜也の再成を知るシルヴィアは動揺しない。
「……そうか……」
竜也は考え込む。それが10分ほど続いた。そして、
「ならばシルヴィア」
「なんでしょうか?」
「四葉深雪に対してアポイントメントをとれ。大黒竜也が会いたいとな」
「…………」
シルヴィアが、椅子に腰かけている自分の上司を見つめる。
「それは、大黒竜也個人として会われるということでしょうか? それとも、スターズの総隊長として会われるということでしょうか?」
「……それが重要なことか?」
「はい。個人なら問題ありませんが、スターズの総隊長として会われるなら、立場というものがあります。隊長は我が国を代表する魔法師なのです。それを考えてください」
「…………」
竜也がシルヴィアを見つめる。リーナに劣らず、この女性も竜也に意見する数少ない存在である。そしてそんな女性だから、竜也は彼女には信頼を置いている。
「……スターズの総隊長として会いたい、と伝えていい」
「しかし、それでは……」
「構わない。それで先方と話をつけろ」
そして、年明けの2096年1月4日に、四葉側が用意した場所で会見することが決まった。
竜也と深雪は、とある神社の離れで会見していた。
神社には正月のためか、参拝客がまだ来ている。
この時の深雪は赤い着物を着用している。見る人が見れば可憐な少女に見える。
一方の竜也はどこかの若頭を思わせるような黒い着物である。
このとき、深雪には花菱兵庫が、竜也にはシルヴィアがそれぞれ背後に控えていた。
二人は、上座も下座も無い同列の場所で互いを見つめている。
先に発言したのは竜也である。
「四葉さん……ここは、お二人でお話がしたい……お付きの男性を下がらせてもらってよろしいかな?」
「ええ……私も、そう思っていたところです」
そして、花菱とシルヴィアがそれぞれ互いの主に一礼して、その場を去る。
部屋の戸が閉められると、竜也はしばらく瞑想する。
深雪はそれを見つめている。
竜也は、花菱やシルヴィア、あるいは他の誰かが盗み聞きしていないかをエレメンタルサイトで調べているのだ。そして、それが無いことを確認して目を開く。
「では改めて……大黒竜也……いえ、司波達也です」
「私が四葉深雪です……貴方が、私の兄なのですね……」
「…………」
達也は答えない。
「今まで第一高校にいたときは、私をだましていたということですね」
「…………」
「まあいいでしょう。それで、お話とは?」
すると、達也が言う。
「まずは亡き先代に約束されていた結婚の話。あの話を破談にしてもらいたい。私は近親者と結婚する気は毛頭ない」
「…………」
深雪が無表情で達也を見つめている。
「貴方にとっても、出来損ないの兄と結婚するなど不本意だろう? 悪い話では無いと思うがな」
「……よろしいでしょう。この話、破談にされて結構です」
深雪が押し殺すような声で答えた。
達也が頷く。
「そうか……なら、これで一つ目は終わりだ。もう一つは……司波深夜の、私の母の身柄を返して頂きたい」
「……返す? これはおかしいことを言われますね?」
「なに?」
「深夜『伯母様』は我が一族として、四葉家で暮らしている身であるにすぎません。それを我々がまるで拘束しているように言われるとは不本意です」
「…………」
達也の目に殺気が宿りだした。
深雪は気にせず言う。
「それに貴方は一族を追われ、もう四葉とは何の関係も無い身です。それなのに深夜『伯母様』を返せなんて……身の程をわきまえなさいッ」
「それは、俺に対する宣戦布告と考えてもよろしいのかな?」
達也の声のトーンが変わりだした。
顔はまだ明るさも見えるが、目は笑っていない。
深雪が言う。
「ええ。そう考えられて結構ですわ……というより、我が一族の者を関係ない『第三者』に渡すなんてできませんから……」
「……それは、スターズを敵に回しても構わないと言っていると考えてよろしいのかな?」
「…………」
「四葉家は先代の当主を失っている。側近の葉山も死んだ……分家の黒羽は脱落している……どう見ても、以前より戦力は遥かに落ちている……それでスターズを敵に回して勝てるとでも言いたいのか?」
「…………」
「言っておくが、そちらの先代当主にスターズは痛い目にあわされている。スターズの中には四葉に報復をと叫ぶ急進派も多い。そのスターズを敵に回して、勝てると思っているのか?」
「…………」
深雪は表情には出していないが、内心は動揺していた。
深雪を中心とする新体制は、現時点では全くまとまっていない。
花菱が何とか深雪を支えて新体制の構築を進めているのが現状で、ここでスターズと戦争などとてもできる余裕はないのだ。
とそこに、深雪の脳裏に、故・四葉真夜との会見が蘇る。
(姉の身柄がある以上は迂闊に手出しはできない……亡きお母さまはそう言っていたはず……)
そして、深雪が強気の発言をする。
「ええ。……覚悟の上です」
「……そうか……なら、現時点をもって、我がスターズと四葉家は敵対関係となった……それを、覚悟してもらおうか」
「ええ……受けて立ちます」
「……後悔しないようにな……」
そして、会見は終わった。
だが、四葉の敵はスターズだけではなかったのだ。
これからさらなる苦難が来ることで、深雪はそれを思い知らされることになるのである。
次回は「大隊と深雪」です。
しばらく忙しかったので更新が止まっていました。申し訳ありません。