復讐の劣等生   作:ミスト2世

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新たな魔王の誕生

 四葉真夜の死。

 それは、四葉家に大きなダメージを与えるのに十分であった。

 真夜は、単に魔法力が強大であるから恐れられているのではない。そのカリスマといい、魔法研究の成果といい、優れた魔法師を自家に取り込んで育成する方法といい、資金集めといい、情報収集能力といい、いずれも秀でた一代の傑物だった。

 その真夜が死去したのであるから、四葉家がどうなるのか。アンタッチャブルと恐れられ、世界を滅ぼしかねない一族とまでいわれる四葉家の動向を、誰もが固唾を飲んで見守るしかなかったのである。

 

 司波達也は、真夜の死去を知って最初に抱いた感想。

「え!?」

 だった。それしかなかった。

「何かの間違いではないのか?」

 とさえ思った。真夜を殺せるのは自分だけだと思っている。これは自惚れでは決してない。あの真夜の流星群に勝てるのは自分だけである、と達也は本気で思っているからだ。

 その真夜が死んだ。宿敵として対立してきた女が死んだのだから、普通は喜ぶべきである。だが、達也には慶びはなかった。

 むしろ、何かを失った虚無感だけが残されていた。

(年増……お前だけは、俺の手で始末したかった……)

 達也は虚空を睨みながら、本当にそう思っていた。

 そして真夜が殺されたことを知ると、誰が殺したのか興味を持った。

 だが、それは後回しでいい。

 まずはこの後のことである。

(あの年増が死んだとなれば、四葉は大混乱だろう。誰が跡を継ぐか……最有力は深雪だが、現時点でまだ15歳の小娘。年齢的に難しい。恐らく、四葉は後継者をめぐり大混乱になるはずだ)

(肉親の争い程醜いものはないが、それを抑えるのもまた難しい。ましてや四葉家当主は裏の世界でそれなりの権力を掌握できる旨味がある……争いが長引けば長引くだけ、俺には好都合だ)

(母上を取り戻し、俺が四葉を変えてやる)

 そして、達也は上に再び、日本への渡航許可を出すように求めた。

 これはリーナも同じように申請を出している。

 今回は理由もある。

「四葉の当主が不慮の死を遂げた。ならば四葉がどうなるかは我がUSNAにとっても重要事のはずだ。ならば日本に渡航することを許してもらいたい」

 だが、やはり上層部は許可しなかった。

 戦略級魔法師を国外に送る。ましてや日本人の血が流れる達也(大黒竜也)とリーナを送れば、日本に物心がついて裏切る可能性がないともいえない。だから許可しなかった。

 ただし、USNAにしても四葉の動きは注意している。どうなるか調査する必要があるとは思っている。

 そこで、シルヴィア・マーキュリー・ファーストをはじめとした惑星級のスターズを送り込む案を妥協策として達也に提示した。

 これを知った達也とリーナは激怒した。

「貴様らは、スターズの隊員をなんだと思っているッ! スターズの隊員を捨て駒にするつもりかッ!」

 日本の魔法師のレベルは非常に高い。戦闘力も非常に秀でている者が多い。

 そこに、達也やリーナクラスの魔法師、あるいは隊長クラスの魔法師を送るのではなく、後方支援が主な任務である隊員だけを送り込むなど、自殺行為としかいいようがない。

 達也は激怒した。そして言う。

「そんなに戦略級魔法師がいなくなるのが怖いのか……なら、リーナを残す。俺が日本に渡航するのを認めろ」

 と、求めたのである。

 上層部はリーナを残すという次善案を了承した。

 こうして、達也はシルヴィアとその他の部下たちを連れて、再び日本に向かうことになった。

 後に、自分だけ本国に残るようにした達也に激怒したリーナが、達也に詰め寄ってその頬に強い平手打ちをした。達也は避けることなく、それを受け止めた。

 そして、

「これで永遠に別れるわけじゃない。お前を残して俺は日本に残ったりしないよ。必ず、戻ってくるから」

 と、リーナを抱きしめながら、本国に残って自分の代わりにスターズをまとめ上げてほしい、と言い残して、達也は日本に向かったのである。

 

 四葉家の後継者候補として、真っ先に挙げられたのは、深雪である。

 真夜の血縁者としては最も近いし、強力な魔法力を秘めている。ただし、15歳とまだ若いのが問題になった。

 次に候補として挙げられたのは、津久葉夕歌と新発田勝成である。

 この二人は成人しているし、後継者候補として挙げられていたこともあるから、後継者としてふさわしいのでは、という意見も多かった。

 だが、二人には決め手がなかった。

 お互いそれなりの魔法師として地位もあるが、残念ながら真夜のように強力な魔法師というわけではない。また、二人のうち、どちらを選んでもどちらかにしこりを残す可能性があるとして、これも見送られた。

 となると、四葉を継承する候補がいないということになってしまう。

 こうして、議論ばかりが一族で続くいわゆる「小田原評定」が続けられたのである。

 

 深雪は、眠気を覚えていた。

 今も、一族のひとりが議論を述べているが、結論が出ない。

 いつまでも同じことの繰り返しで、結論が出ないのである。

(いつまで続けるつもりなのかしらね……この人たちはッ)

 深雪は内心、軽蔑したように一族を見つめていた。

 そして、

(仕方ないわね……あの手でいこうかしら)

 深雪が、椅子から立ち上がった。

 それを見て、四葉一族の誰もが驚く。深雪は当主候補の最有力者だが、それは真夜という後ろ盾あってのことで、真夜のいない今ではただの小娘と見ていたからだ。

 ところが、深雪は立ち上がると、一族をその気迫の籠もった目で見つめあげると、故意に開けられている上座にいきなり着席したのである。

 そこは本来、当主である真夜が座るべき場所である。

 深雪が言う。

「議論は最早必要ありません。本日より、私が四葉家の当主となります。誰か、異見のあるお方はいますか?」

 その言葉に、一族の誰もが唖然とする。

 だが、すぐに気を取り直して反対意見を述べようとする。

 すると、深雪は隣に従っている水波から、一枚の紙を受け取った。

「私は、前当主・真夜の娘です。その実の娘が後継者となることに、何の問題がありますか?」

「…………!!」

 誰もが驚いた。深雪は、深夜の娘だと思っていたからだ。

 だが、深雪は紙を一族の誰もにわかるように見せてゆく。

 それは、戸籍である。真夜が生前、葉山に命じて改竄させ、自分の娘にするように細工させたものである。

 当事者である真夜と葉山は既に死んでいるから、知っているのは深雪と結婚相手にされていた達也だけとなる。

 さらに深雪は、自分が大漢に誘拐される前に冷凍保存されていた卵子から代理出産で生まれた娘であると述べた。

 こうなると、深雪の最早独壇場だった。

 夕歌にしても勝成にしても、議論ばかりで進まない会議に飽き飽きしていた。それに、この二人には当主の地位にさほどの興味もない。

 他の一族も、不満な者はいるが、逆らえば凍らされかねない深雪の魔法力を恐れて意見が言えない。

 こうして、四葉深雪が誕生したのであった。

 




次回は「達也と深雪」です。

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