2095年12月21日。深夜。
明け方に九島烈との会談を控えている四葉真夜は、その日は奈良のホテルに宿泊した。ホテルといっても、ここは九島家が用意した物である。
そして食事を済ませた後、真夜は自分の部屋に戻っていた。
部屋は高級ホテルならではの特等室といってよい。
そこで真夜はいつものように、紅茶をすすりながらゆっくりとしていた。
これから起こる事件など思いもよらないで……。
黒羽文弥は、姉と部下、それに光宣を連れてホテルの近くにいた。
全身が震えていた。
これからやることに、緊張しているのである。
「落ち着きなさい文弥」
「そうはいうが姉さん……相手はあの魔王なんだよ……失敗したら……」
「心配ないわ。だからこそ、あの年増を屋敷から外に引っ張り出したんだから」
「…………」
「今、あの年増の周りには護衛の魔法師二人と葉山しかいない。これは好機よ」
「……だけど、僕たちだけで……」
「心配はいらない」
それまで黙っていた光宣が口を開く。
「手は打ってある」
そして、彼らの突入が始まった。
真夜にとって、その時は唐突に訪れた。パリィィン! というガラスが割れる音とともに。
真夜はその時、目を覚ましていた。
「葉山さんッ!」
すぐに自分に忠実な側近の名を呼ぶ。だが、気配がない。
護衛の二人の魔法師も駆けつけない。
真夜はすぐにCADを装着した。
その時である。
「アンティナイトッ……!」
魔法発動を妨害するサイオンのノイズである。
(キャスト・ジャミング……!)
真夜はキャスト・ジャミングによる『サイオン波酔い』の中でも己を見失わずに、今の状況を正確に分析していた。葉山も護衛も駆けつけない。既に始末されている可能性がある。
このホテルは九島家の所有だから、九島家お抱えの魔法師がいるのに駆けつける気配がない。
(まさか……!)
その瞬間、真夜に嫌な予感がした。
そしてそれと同時に、真夜の部屋のドアが蹴破られ、侵入者が突入する。
だが、キャスト・ジャミングの中でも真夜なら魔法は使える。
侵入者が最後に見たのは、美しい星空だった。
そして、それが終わると同時に、真夜はホテルを抜け出すべく動き出したのである。
ホテルはその時、あちこちで窓が割れる音、轟音、煙まで立ち込めていた。
真夜はいち早くこのホテルを逃げ出そうと走る。
だが、真夜は魔法力こそ世界でも群を抜く実力者だが、身体能力はそれほど大したことはない。むしろ身体能力は弱い部類である。
そのため、彼女はすぐに侵入者に行く手を遮られた。
ただし、やはり魔王である。
立ちはだかる者は全て、流星群の餌食になってゆく。
そして遂に、真夜はホテルの外に抜け出したのである。
その頃、亜夜子と光宣が顔を合わせていた。
「そっちはどう?」
「問題ない。始末した」
「そう。こっちも終わったわ」
光宣と亜夜子はこの計画を実行に移すにあたり、葉山と護衛の始末を担当していたのである。
「あとは、貴方の弟だね」
「心配ないわ。文弥なら、確実に役目は果たせるわ」
真夜はその時、意外な人物に出会っていた。
「文弥さん……」
「御当主さま、ご無事ですかッ!」
「ええ……」
と、真夜が頷く。
「そうですか……それはよかったです……とはいえ、ここは危険です。すぐに逃げましょう」
すると、
「なぜ、貴方がここにいるの? 文弥さん」
「なぜって……御当主さまが心配で……」
「心配ってどういうこと? 貴方、私が襲われるのを知っていたってこと?」
「…………」
文弥は答えない。
「答えなさい。文弥ッ!」
真夜が流星群を発動する。文弥が、ゴクリと生唾を飲み込む。
「答えなさい……答えないなら、流星群の餌食にするわよ」
「…………」
「さっさと……」
その時だった。真夜の身体から、突然力が抜けたのである。
「え……!?」
真夜が膝から地面に向いて崩れる。流星群が消え去った。
「ふう~」
と、文弥が大きく息を吐いた。
「やっと、効き始めましたか」
「な、なんですって……」
真夜が文弥を睨む。
「ホテルから出された食事に細工をしておいたんですよ。御当主さまの飲んだグラスに少量ですが薬を漏らせて頂きました。先程から手足が上手く動かなくて抵抗できないでしょう?」
「…………ッ」
真夜は、万一の時に護衛に毒見をさせていたのだが、薬は遅効性なのであろう。
文弥が、地に崩れた真夜を見つめる。
「御当主さま……お許しください……姉さんを救うには、こうするしか、ないんです」
すると、文弥が懐からナイフを取り出す。
真夜は必死で動こうともがくが、動けない。
文弥がゆっくりと刃を真夜の背中に向けて押し込む。
真夜の小さな断末魔の声がした。
そして、刃を押し込んだまま、文弥が真夜の首筋に右手をあてる。
反応が無い。
文弥が、押し込んでいた刃を引き抜いた。
四葉真夜。45歳であった。
その後、真夜の遺体は光宣によって京都にある魔法協会支部に送られた。
これは真夜の死を一気に日本、いや世界に広めるためだった。
こうして、東洋の魔王と言われた四葉真夜は、あっけなく自分の従弟の息子によって引導を渡されてしまったのである。
次回は「新たな魔王の誕生」です。