「……なんだと……ッ!」
司波達也の顔が、苦渋に歪んでいた。
場所は総隊長室。
時間は母の深夜とリーナの両親を交換してから半月後。2095年11月下旬。
そして、達也の前にはディスプレイに映った叔母・四葉真夜の姿があった。
「ふざけるなッ!!」
達也は激怒して叫んでいた。それに対して、真夜は余裕の表情である。
「ふざけてなんかいないわよ」
「なら、とうとう惚けたのか?」
「失礼ね。私はまだまだまともよ……それに、これは本気で言ってるのよ」
「…………」
「あなたを、四葉家に復籍し、正式に私の跡を継ぐ四葉家次期当主にするとね……」
「…………」
達也は黙ったままである。
しばらくの間、両者の間に無言の時間が過ぎてゆく。
先に口を開いたのは、達也である。
「それで……」
「ん?」
「それで、仮に俺が次期当主になったとして、それまでお前が次期当主候補にしていた奴らはどうする気だ?」
「ああ。そのことなら心配ないわ。あの人たちには候補を降りてもらうから」
「簡単に言ってくれるな……。黒羽文弥、津久葉夕歌、新発田勝成、そして深雪……彼ら彼女らが、俺を次期当主にすることに納得するとでも思うのか?」
「納得しないかもしれないわね……だけど、当主の権限でこのことは強行するつもりだし、逆らうようなら潰すから問題ないわ。もともと、分家の人たちは出来レースで候補にしていただけだしね」
「……それは俺にも言えるのか?」
「どういうことかしら?」
「俺も、所詮はお前の人形でしかないと言いたいのか、ということだよ」
「貴方は、私の人形で終わるような器なのかしら?」
「…………」
達也が真夜を睨む。そして言う。
「……深雪はお前の養女だろう。つまり当主候補で一番の有力者だ。俺みたいな出来損ないの兄に当主を奪われて納得するとは思えないがな」
「ああ、そのことも問題ないわ……達也さん」
ここで、真夜の目が怪しく光った。
「達也さん、貴方には深雪と結婚してもらうつもりですから」
「ッ!」
達也はその瞬間、固まらずにはいられなかった。
激しい動悸も感じる。
真夜の言っていることに理解に苦しむ。
頭脳が混乱する。
そして、何とか落ち着かせて言葉を開いたのはそれから5分後のことである。
「な……なんだと……」
「だから、貴方と深雪に結婚してもらうと言ってるの。まあ、ひとまずは婚約ってことだけど……」
「ふざけるなッ! 貴様は、俺に近親相姦しろとでもいうのかッ!」
達也が怒鳴る。
「ふざけてなんかいないわよ……だって、あの子は四葉の粋を集めて作り上げた調整体だもの……」
「…………!?」
達也の思考がその瞬間、停止してしまった。
真夜が説明する。
なぜ深雪が作られたのか……それらの説明が全て終わるまで、かなりの時間を要した。
「……なるほど……それで、俺の目でもわからなかったというのか……」
「ああ、心配しなくていいわよ。深雪は我が四葉の技術の粋を集めて作り上げた存在。九島家の出来損ないなんかと違うから」
「……光宣のことを言うなッ!」
親友であり信頼する部下を誹謗された達也が怒鳴る。
「あら……ごめんなさいね。でも、子作りなら心配ないわよ。その点で異常は発生しないようにするつもりだし」
「……俺と深雪は兄妹だ。それを周囲にどう公表するつもりだ」
「それも心配ないわ。四葉の力で戸籍なんかどうにでもなる。そうね……深雪は私の実の娘にするわ。貴方は姉さんの息子。つまり、従姉妹同士だから、問題はないはずよ」
「……お前には生殖能力がない。それは周知の事実だ。それをどう説明する気だ」
「それも問題ないわ。「あの事件」の前に採取し冷凍保存していた私の卵子に、龍郎さんではない男性の精子を受精させて、姉さんを代理母として出産した子ということにするから」
「…………」
達也は手際のいいことだと思った。
だが、簡単に受け入れられるわけがない。
何よりも、先ほどから達也の頭には自分と苦楽を共にした『相棒』の姿が焼き付いて離れない。
それがなぜなのかは、達也にもわかっていない。
「……簡単に決断できる話じゃない……時間がほしい」
「いいわよ。1か月時間をあげる。よ~く考えることね」
そう言うと、通信は終了した。
後に、苦悩に満ちた顔をする達也がその場にいたのである。
リーナが、達也から総隊長室でその話を聞かされたのはその翌日だった。
「絶対だめよ達也、絶対に受けちゃダメッ!」
リーナはすぐに、達也に詰め寄った。
そのあまりの剣幕に、あの達也も驚かずにはいられない。
「これは絶対に真夜の策略よ。あなたを四葉という枠組の中に取り込み、貴方を……いえ、貴方の力を自分の思いのままに操ろうとしているのよッ!」
「ああ……そうだろうな……」
「ならッ!」
「だが……断れば母上はどうなる……」
「…………」
リーナは答えられない。
真夜がこんな条件を出してきたのはわかっている。深夜というカードがある限り、達也は絶対に逆らえないからだ。
ただし、深夜というカードはあくまで達也という真夜をも凌ぐ男をあくまで自分に逆らえないようにするしかできない。四葉に取り込むにはさらに一段階、工夫を凝らす必要がある。それがこれなのだ。
「……でも……」
リーナの心の中も今、理解できない感情が芽生えていた。
苦楽を共にしてきた『相棒』。その相棒を敵の手に渡したくなんかない。だが、それだけだろうか。
達也が他の女と婚約……そしていずれ結婚する。それを聞かされたとき、リーナの心に何か理解できない感情が生まれた。
(絶対に嫌ッ!)
と。
それが何なのかはわからない。だが、嫌だった。相棒が他の女と一緒になるということが。
「達也……とにかく時間を稼ぐべきよ……仮にこの提案を断っても、真夜に深夜さんは殺せない……そんなことをすれば、貴方を制御することができなくなることくらい、真夜も理解しているはずよ」
「…………」
「とにかく、時間を稼ぎましょう……その間に、何かいい策を考えるべきだわ……」
具体的な対策は思いつかなかったが、ひとまずは先延ばしにするしかない、ということでその場は落ち着いたのであった。
次回は「光宣のたくらみ」です。