反乱を鎮圧したとはいえ、スターズ総隊長としての達也の仕事は山積みである。
ところがその日、司波達也は失敗を続けていた。
普段なら即断即決の彼が、シルヴィアからの報告に迷ったり、同じことを繰り返し報告させたりする。
いつもは全てに達観し、何事も見抜いているような彼が、その日は落ち着きなくそわそわしたり髪をいじったりしている。
極めつけは、普段は恐ろしい速さで書類を片付けるのに、この日は昼になっても任務分の半分どころか3分の1も処理されていないことである。
ここまでくれば、誰もが総隊長が本調子でないことくらいには気付く。
だが、それを指摘する者はいない。
いや、正確に言うなら、それはある人物の役目だと誰もが心得ているのだスターズの隊員なら。
だから、その人物が言うのが当然だろうと思い、シルヴィアをはじめとした隊員は全員、黙っていたのであった。
昼食時。
普段はお代わりをするくらい食べる達也が、この日は食が進んでいない。
それを見た副隊長のリーナが達也の下にやって来る。
「竜也。どうしたのよ。食が進んでないじゃない」
「…………」
「竜也ッ!」
「……うん? ああ、リーナか……どうした?」
達也の顔は、どことなく憔悴しきっているように見えた。
リーナはいよいよ、放っておけないと思い、達也の右腕を取る。そして、
「ちょっと来なさい」
と、副隊長室に引っ張っていくのであった。
「どうしたのよいったい……あんたらしくもない……言って見なさいよ」
「…………」
「達也。私はあんたの相棒よ。私をこの世で最も信頼してくれてるんじゃなかったの?」
「…………」
「その私にも言えないことなの?」
「…………」
達也は答えようとしない。すると、いきなりリーナは両手で達也の頬を挟み込んだ。
達也が驚く。
「いつまで腑抜けた顔してんのよッ。女の腐ったみたいなあんたなんて、いつものあんたじゃないわッ。何があったの? 言いなさいッ!」
達也はやむなく、リーナに事情を説明した。
それが終わってから、リーナが言う。
「……達也……もういいわ……私の両親のことはあきらめましょう」
「……なんだとッ!?」
達也が驚く。リーナは実の両親をあきらめると言い出したのだから当然である。
「私の両親を救う代わりに、貴方の母親が犠牲になる……どちらにしたって、どちらかを失うことに変わりはないわ」
「……だがッ……」
「いいのよ達也……それに、パパもママも覚悟はしていたはずよ……私がスターズに入隊した時点で、そして副隊長という重職についた時点で、自分たちも狙われることになる……そして、私が戦死することもありえるってこともね……」
「…………」
「……もういいのよ……達也……ありがとう……」
と、リーナが達也の胸の中で泣き崩れる。
達也は悔しかった。自分の無力さがここまで呪わしいと感じたことは初めてかもしれない。
リーナだって本来なら、両親を助けたい気持ちでいっぱいのはずだ。だが、交換に応じれば深夜が真夜の下に戻ることになる。
そうなれば、達也が完全に真夜に逆らえなくなるのをリーナは知っているのだ。
それに、深夜の身柄を返すという事は、今までの全ての努力を無に帰すことになる。
「…………」
達也が、胸の中で涙を流しながら崩れている相棒を見つめる。
あの自分を常に支えてくれている相棒が、今は可憐な少女に見えた。
総隊長として自分は情けないと思った。
相棒も、そして世話になったその家族も救えないふがいない自分を。
それでいて何が最強なのだろうか。
達也は決心した。
「リーナ……」
「……なに……?」
「すまない……」
「え……?」
次の瞬間、達也はリーナの腹部に軽く拳を突き入れた。
いつものリーナなら、警戒していればこの程度ではやられないだろうが、この場合はそうもいかない。全くの不意打ちだったからだ。
「ぐ……ッ」
といううめき声をあげて、相棒が崩れる。
床に倒れる前に、達也は相棒を支えて抱きかかえ、ベッドに寝かせた。
「……すまないリーナ……ありがとう……」
達也は、決断したのであった。
その日の夜。
四葉真夜から、再び連絡が入った。
「決心はついたのかしら……達也さん?」
真夜は昨日と違い、達也を「さん」付けしている。それは、真夜の余裕を表わしていた。
(あの子は取引に応じる……必ずね)
そう思っていたからこそであった。
だが、真夜はこの時、達也の顔を見て少し意外に思った。
……迷いの色が見られない……。
普通なら、自分が誰よりも大切にしている者を失おうとしている時、人は動揺するはずなのだ。事実、昨日の達也は誰よりも動揺していた。
なのに、今は迷いがない。むしろ清々しさすら感じる。
「……それで、返事を聞かせてもらえるかしら……?」
真夜は一瞬、達也のその清々しさを感じさせる顔に気圧されていたが、勿論表情には出したりしない。
達也が言う。
「ああ。わかった。取引に応じよう」
「……そう……。賢明な決断に感謝するわ」
「ただしッ!」
と、達也が付け加える。
「ただし、母上の治療には全力であたること、そして母上の身に何かあったら、俺はお前と四葉を絶対に許さない……それだけは心に留めておけ……」
達也は取引に応じながらも、脅迫をしてきた。
真夜は笑いながら言う。
「勿論よ。……私にとっても、大切な姉さんですからね……」
「…………」
「じゃあ、取引の仕方を伝えるわ……」
それから3日後。
深夜を連れた九島光宣と、リーナの両親を連れた花菱兵庫の間で交換が行なわれた。
結局、達也は母親と直々に再会することなく、また離れ離れになってしまったのだった。
次回は「真夜の条件」です。