2095年。3月下旬。
その日、大黒竜也とアンジェリーナ=クドウ=シールズは、ヴァージニア・バランスから呼び出しを受けていた。
バランスの部屋において、両者が敬礼する。
「来たか。まあかけろ」
そう言われて、両者が椅子に腰をかける。
バランスが、書類を竜也に手渡す。
「早速だが中佐。君に潜入捜査を命じる」
「は?」
竜也が驚く。
「聞こえなかったか? 潜入捜査をするようにと……」
「いやいやちょっと待てよ。おばさん」
「おば……」
バランスがガタッと腰を上げて立ち上がる。だが、竜也はひるむことなくバランスを睨み付ける。
両者がしばらく睨み合うが、先に怯んだのはバランスである。
「おばさん。俺は総隊長だぞ。なぜ総隊長が潜入捜査なんぞ、しなければならない? やるなら惑星級の奴らを送り込むべきだろうが」
これは、竜也の言うとおりである。
現在、魔法師は貴重な国家戦力である。ましてや竜也の場合は強力な戦略魔法を所有する国家を代表する魔法師である。その貴重な戦力をいきなり潜入捜査に送るなど、正気とは言えないのだ。
「わかっている。だが、これは軍の命令だ」
「……何か事情でもあるのか?」
「これを見ろ」
と、一枚の写真が渡される。それに目を通した竜也は、隣にいるリーナにそれを渡す。
「これは?」
リーナも目を通す。そこに映っていたのは、大地がまるで氷河期のように凍り付いた世界である。
「数日前、大亜連合の港湾都市の一角で爆発があった。どうやら戦略魔法だったようだ。その戦略魔法により、都市は凍り付いたという」
「…………」
「知っての通り、3年前の沖縄戦争で日本と大亜連合は小規模な戦闘を続けている。これはどうやら、日本側が仕掛けたようなのだ」
「…………」
「あの国で戦略魔法が使えるのは、五輪澪だけだと公表されている。しかし五輪澪の深淵にこんな力はない。となると、別の誰か、つまり公認されていない秘匿された戦略魔法師が、日本にはいることになる」
「…………」
「我が国を脅かす存在になるとも限らない。最近の日本では魔法師の人材育成が急ピッチで進んでいる。これ以上、日本に力をつけさせるのは、かえって脅威になるかもしれない」
「だから、俺に潜入して、この魔法を使った奴をあぶりだせ、とでも言うのか?」
「そうだ。我々は、この少女を容疑者に考えている」
そして、バランスが別の写真を手渡す。
そこに映っていたのは、竜也がまだ司波達也を名乗っていた時に数回だけあった妹・司波深雪である。あの時から成長しているせいか、今では可憐な少女になっている。
「この少女のデーターはこれだ」
と、バランスがさらに別の紙を渡す。
それらすべてを目に通した竜也は、リーナにそれを渡す。
「で、あぶりだしてどうする気だ?」
「彼女の性格、魔法力、戦闘技能、知力、家族構成。何もかも全て調べだし、報告してほしい。場合によっては殺害命令もありえる」
「…………」
竜也は、それを聞いて考える。
竜也に妹に対する愛情はない。だから、いざ殺せと言われてもためらいはない。
だが、母親の深夜に対する愛情は誰よりも厚い。深雪を殺せば、間違いなく母は悲しむだろう。
(まだ殺害命令がだされているわけでもない……まずは、様子を見るためにも命令を受けておくか……我が妹……四葉の次期当主がどれほどのものか、見る必要もあるしな)
そして、
「いいだろう。受けよう」
と、答える竜也。
「よし。ならば中佐。既に国立魔法大学付属第一高校へ入学する手筈は整えている。用意を整えて行ってもらう」
そして、続いてバランスがリーナを見る。
「シリウス少佐。君にも、日本に赴いて国立魔法大学付属第一高校へ入学してもらう」
「は?」
これには、リーナも驚いた。いや、リーナだけでなく、竜也も驚いている。
リーナが気を取り直して言う。
「待ってください。私も行けば、戦略魔法師が二人も国外に行くことになります。貴重な戦略魔法師を国外に送るなど、本当に上は許可しているのですか?」
すると、
「わかっている。だが、中佐を一人にしたら、またどんな行動をとるかわからない。お目付け役がどうしても必要だ」
「…………」
それは恐らく、以前の沖縄での勝手なマテバ発動を言っているのか、とリーナは思った。
実は、竜也とリーナの2人の日本派遣を聞かされたとき、バランスは反対した。2人とも、貴重な戦略魔法師である。それを国外に揃って送るなど、正気かと思ったのだ。
だが、実を言うと、アメリカでもこの頃、戦略魔法師、特に竜也に対する警戒心が強くなっていたのだ。竜也は仕事をやれば何でもこなす。戦いでは常に最前線に立って戦う。そのため弱冠12歳で総隊長になり、今では竜也シンパの魔法師も少なくない。
アメリカにとって竜也は危険な存在になりつつあった。とはいえ、切り捨てることもできない。マテリアル・バーストの破壊力を知っているアメリカにとって、自国の覇権を維持するためにも竜也の存在は貴重なものである。ましてや、竜也が他国に亡命でもしたら大変だ。
とはいえ、これ以上竜也の勢力を軍の中で強めさせるのも好ましくない。年齢的に嫉妬されているのもあるが、この傲岸な口の利き方も政府から嫌われる一因になっていた。
だから、潜入捜査を理由に竜也を軍から離れさせ、その間に影響力を弱めようという思惑があるのを、竜也は竜也で見抜いている。
「ひとつ聞きたい。俺とリーナが日本に行くとして、スターズはどうする?」
「スターズは、ベンジャミン・カノープス少佐に指揮をとらせる。また、緊急事態があれば、君たちを呼び戻すつもりだ」
「あいつか……」
竜也は、露骨に嫌な顔をした。
副隊長のリーナは完全に竜也シンパである。だから残しても彼女を軸に影響力を保持できる。
だが、カノープスは竜也と不仲で、対立までには至ってない状態、と言っていい。単純な戦闘だけなら、カノープスは竜也の敵ではない。ただし、何を考えているのか策略や頭脳では読めないところがある。何か腹黒いところがあり、竜也はどうしても彼を好きになれないのだ。
だが、意を決した。
(いいだろう……自分の目標のためにスターズは必要だが、もし自分がいない間にカノープス程度に影響力を奪われるようなら、所詮それまでだったということだ……そんなことで、俺の最終目標が果たせるわけがない……)
そして、リーナを見つめる。
竜也は、リーナに目配せする。
それで、リーナも決した。
「承知いたしました。アンジー・シリウス少佐。命令に従います」
と、敬礼した。
ここに、大黒竜也こと司波達也、並びにアンジェリーナ=クドウ=シールズが、日本に潜入任務を命じられて、国立魔法大学付属第一高校に入学することになったのである。
4月上旬。
第一高校の制服を着込んだ大黒竜也、並びにアンジェリーナ=クドウ=シールズは、国立魔法大学付属第一高校の正門前に立っていた。
次回は「入学 その2」です。
相変わらずの駄作で申し訳ありません。