「なんだと……ッ!」
リーナからそれを聞かされた達也は、思わずうならずにはいられなかった。
リーナが言う。
「先ほど、シルヴィから連絡があったわ。ベン……いえ、ベンジャミン・カノープスが反乱を起こしたって。しかも、私の家族を人質にして……」
「…………ッ!」
愕然とする達也。そして、
(まさか……ッ!)
そのとき、達也の脳裏にあのとき真夜が笑った顔が浮かんだ。
(まさか、あの年増……ッ!)
達也はこの時になって、悟ったのである。あの年増にしてやられたのだと。
リーナが言う。
「どうするの達也?」
「……どうするって……わかりきっている。あの年増を始末して、すぐに本国に戻り、お前の家族を取り戻す。それが……」
「……それは困るねえ……」
その時、達也でもリーナでもない第三者の声がした。
「ッ!」
慌てて、二人は今までいた場所から移動する。それまで二人がいた場所に、手裏剣が突き刺さっている。
そして現れたのは……。
「またお前か……九重八雲ッ!」
「そうだよ。君をアメリカに帰すわけにはいかない。君にはここで死んでもらうよ。僕の弟子の仇としてね……」
そして、八雲が襲いかかる。しかも、その背後には10人ほどの弟子もいる。
達也とリーナを巻き込んでの大乱戦が、ここに始まったのである。
その頃、大亜連合軍と日本軍の戦いは、日本軍圧倒的有利に進められていた。
何しろ、この戦いの前に達也によって大亜のエースである呂剛虎が消されている。
それで大亜は動揺し、士気が落ちていたのである。そこに、敵が攻め込んできたのだから最初から勝負は見えていた。
ましてや、日本軍の中には「東洋の魔王」と称される四葉真夜がいる。真夜は一族に自らの護衛をさせながら流星群(ミーティア・ライン)で次々と敵を屠ってゆく。敵兵は、その綺麗な星空を最期に消滅してゆくだけで対抗すらできない。
敵兵は敗走に敗走を重ね、遂に横浜を放棄した。
それが2095年11月1日の夕方である。
大亜連合軍は、横浜湾から撤退を始めていた。
海に逃げてしまえば、ひとまずは難を逃れられると思ったのである。
実際、大亜連合付属偽造揚陸艦の艦内では、命が助かったとばかりに安堵に満ちた空気が広がっていた。
「やはり日本軍は攻撃してきませんでしたね」
「フン……奴らにそんな度胸があるものか」
この艦の艦長らしい男が、腹心の言葉に答える。
別の腹心が言う。
「ヒドラジンの流出を恐れたれたのでは?」
「同じ事だ。今さら環境保護などという偽善に捕らわれているから、みすみす敵の撤退を許すことになる。……覚えておれ。この仮は倍にして……」
そのとき、艦内に、不意に警報が響き渡り始めたのである。
「な、何事……」
艦長が言葉を言い終える前に、突然、艦は永遠に動くことはなくなった。
……凍り付いたのである……。
そして、艦内にいた全ての生命も、その命を絶たれていた。
これが、風間玄信が司波深雪に命じて使わせた戦略級魔法・『フリーズ・バースト』だったのである。
この戦略級魔法の恐ろしさは、深雪がこれを使えば対象は必ず凍結させられるということである。しかもその範囲は、一つの街など平気で凍らせてしまう以上のものがある。
そして、この時はヒドラジンの流出を恐れて凍結させたままだったが、実は深雪の意思ひとつで凍らせた対象物を解除することが可能なのだ。つまり、対象物をバラバラにすることができる。
その威力と規模は、戦略級魔法の中でも最強クラスに入るといっても過言ではなかったのだ。
その頃、達也と八雲の戦いも熾烈を極めていた。
実力伯仲と言っても過言ではない。
達也の蹴りを八雲がかわす。お返しとばかりに八雲が手裏剣を飛ばす。
その手裏剣を達也もかわす。そして、互いに対峙する。
「いい加減しつこいな……八雲……」
「言ったはずだよ竜也くん……君には僕の弟子を殺した報いを受けてもらうってね」
「そうか……なら、お前を殺してその因縁を断ち切るしかないようだな」
そして、達也が八雲を消すために分解を行使しようとする。が、
「おやおや。僕ばかりに集中していていいのかい? 君の相棒は結構な危機的状況みたいだけど?」
「ッ!」
慌てて、達也はリーナのほうに振り向く。
そこには、敵に押されまくっているリーナがいた。
ただし、それは無理もない。リーナは女性の身で10人も相手に戦っているのだ。
既に3人までは倒している。が、残りまだ7人もいる。
そして3人を倒すまでに既にそれなりに傷ついてもいる。
そもそも、数の差を跳ね返せるのは小説やアニメの世界、あるいは達也のようなチート的能力の持ち主であるからできることで、数の差とは想像以上に大きいのだ。
相棒の危機に、達也は助けに入ろうとする。が、
「おっと。どこに行く気だい。君の相手は僕だよ」
「くそ……ッ。そこをどけーッ!」
達也は八雲をかわして、なんとかリーナの助けに入ろうとした。
そのときだった。
「おい。何の騒ぎだ……そこで何をしているッ!」
横浜を制圧し終えた日本軍の声だった。
日本軍が、まだ敵兵がいるかもしれないと横浜の周囲の捜索に回っている。そんなときに、ここの気配をかぎつけたのである。
「ち……せっかくのときに……邪魔が入ったね」
そして、八雲が達也を睨み付ける。
「今日はここで引かせてもらうよ。だけど覚えておくといい。僕は君を絶対に許さない。君に引導を渡すその日まで、僕は君を狙い続けると……ね……」
「…………」
そして、八雲が右手を挙げて合図を送る。
それを機に、弟子たちがリーナから離れて逃走を開始する。
達也もそれを見て、リーナに近づく。
リーナは傷ついている。達也が再成能力を行使する。
「……大丈夫か……」
「ええ」
「ここは俺たちも引くぞ……」
「え? ……でも、それだと貴方の目的が……」
「……いい……あの年増を殺る機会はまたきっと来る……それよりも、今はお前の家族を助けに行く時だ……俺の育ての両親を助けにな……」
「達也……」
そして、達也とリーナもその場を去った。
のちに、大亜連合軍は10隻近くの大型艦船とその倍に上る駆逐艦・水雷艇などの大艦隊を出撃させて、九州北部、山陰、北陸のいずれかの地域を占領しようと画策した。
しかしその大艦隊も、対馬要塞にまで出向いた司波深雪が行使した戦略級魔法・『フリーズ・バースト』の前には無力だった。
敵艦隊がいる鎮海軍港が凍り付く。それはその近くに点在したいくつかの街や村も巻き込むように凍り付かせてゆく。
その結果、軍港とその近くの街はまるで氷像の芸術ともいうべき光景が広がった。勿論、凍り付いた人間に最早生命の鼓動などない。永遠に凍り付いただけのことだ。
つまり、見た目は美しいが、そこには明らかに『この世の破滅』が具現化されていたのである。
後にこの事件は『凍結の悪夢』と称されることになる。
次回は「帰還 その2」です。