大黒竜也とリーナが任務により日本に赴くことになった際、カノープスはその留守を任されることになった。竜也とカノープスは仲が良くないが、実はリーナとカノープスは仲がいい。リーナが愛称の「ベン」で呼ぶほどの仲で、カノープスもリーナを自分の娘のように可愛がっていた。そのため、リーナが常に竜也とカノープスの仲を支えていたのである。
竜也にしてもカノープスは好きではないが、かといってそれは私事である。公私を混同するほど竜也は愚かではない。カノープスの実力は認めているつもりだったから、留守の間の職務は任せた。
そして、その留守中。
時間にして2095年10月31日であった。
カノープスの下に、ひとつの連絡が入ったのである。
「お久しぶりね。カノープスさん」
「……ええ……お久しぶりです……」
カノープスは、余り話をしたくない相手だったために、口調がいささか重かった。
「……それで……何の御用ですか……四葉真夜どの……」
何と、相手は四葉家の現当主・四葉真夜だったのである。
真夜が言う。
「単刀直入に言うわ。今、貴方のところの隊長さんが日本で潜入任務を行なっているわよね?」
「…………」
カノープスは答えない。
「その隊長さんが、私の姉を浚い、さらにうちの屋敷に放火までしてくれたわ」
「…………!!」
カノープスの顔色が変わる。
「これは、スターズが私たち四葉に敵対を明らかにしたととらえさせて頂くことで、よろしいかしら?」
「ま、待ってくれ……それは本当か……?」
「ええ。事実よ」
「証拠は……?」
「ないわ」
「…………」
カノープスが途端に真夜を睨み付けて言う。
「証拠が無いのに、言いがかりはやめていただきたい。そんな戯言に私は付き合うほど暇じゃない」
すると、
「あら。証拠はないけど、貴方と長年にわたって情報を交換し続けた証拠なら山ほどあるわよ。それを忘れたの?」
「…………」
カノープスは実を言うと、以前から四葉と関わりがあった。
実を言うと、スターズは真夜の姉・深夜の20歳までの過酷な活動を注目しており、既にそれは伝説と化している。その関係から「東洋の魔王」とまで称される真夜にも注目していた。
どの組織にも言えることだが、健全な組織など存在しない。清濁を併せ持つのが普通で、スターズにしても四葉と情報交換や魔法技術交換を行なったりしていた。この関係は竜也が総隊長に就任する前からずっと続いていた。
実を言うと、真夜は竜也とリーナが深雪を戦略級魔法師の容疑者・調査対象として潜入してきたことをカノープスから聞かされていた。それで竜也を司波達也と気づけなかったのは、まさか10年前に死んだ子供が生きているとは思わなかったこと、竜也が普通の魔法も平気で使える優秀な魔法師だったこと、10年前と比べて容姿が変わっていたし竜也も警戒して変えていたことなどが挙げられる。
もし、潜入時点で真夜が達也を気づいていたら、その時点で手を打っていた。だが、気づけなくてこの有様となったのである。
真夜が言う。
「貴方のところの総隊長に、私と貴方が長年に渡り裏でつながっていたことを知らせたら、果たしてどうなるかしらねえ……」
「……脅す気かッ!?」
カノープスが怒鳴る。真夜は自らの髪を撫でながら言う。
「さあ……脅しているつもりはないけど。でも、秘密というのはいつ漏れるかわからないから……」
「…………」
「……確か貴方には、年頃の娘さんもいたわねえ……」
「…………!」
「娘さん。貴方が私と裏取引なんかしてると知ったら、あるいはスターズを追われたりしたら、これからどうやって世間と顔向けするのかしらねえ……」
「…………ッ」
カノープスが拳を握りしめる。そして言う。
「……どうしろと言うんだ?」
「貴方の今の総隊長を更迭して、貴方が総隊長になり、スターズを掌握しなさい。そうね……大黒前隊長は任務中に様々な違法行為を行なったとでも理由をつければいいわ」
「……証拠が無いだろう。証拠が無ければ、そんなのはただのでっち上げに過ぎない!」
「貴方は以前、言ってたわよね? 大黒竜也は日本人で、その傲岸な性格から敵も少なくはないって? その竜也に反発する奴らを集めて反乱を起こしなさい。そうすれば、竜也のいないスターズなど貴方なら簡単に掌握できるはずよ」
「ふざけるなッ。奴の強さは尋常じゃない。あんたは奴の本当の強さを見たことないから言えるんだ。奴に逆らって、もし奴がアメリカに帰ってきたら、どうする気だッ!」
「だから、竜也が動けないようにするための『大切なもの』を抑えたらいいでしょう? あの子は冷徹にふるまってるけど、本当は心の優しい子。『大切なもの』さえ抑えれば、あとはどうにでもなるわよ」
「大切なもの……だと……?」
「ええ……アンジェリーナ゠クドウ゠シールズの家族とかね」
「!」
「あの子は聞くところによると、副隊長の家に預けられて生活していたというじゃない。しかも、副隊長とは同年齢で結構いい仲だとか。あの子の性格からして、見捨てられるとは思えないのよね」
「…………」
「さあ、どうするの? 早く決断してちょうだい。貴方が拒否するなら、私は貴方との数々の繋がりをアメリカ政府や軍上層部、そして竜也に流すわ。承諾するなら、今まで以上に我々は協力し合う仲になるってわけよ」
「…………」
カノープスは迷った。四葉とのつながりが暴露したら、自分は間違いなく解任の上に逮捕される。いや、下手をすれば隊長の竜也に処分される可能性だってある。竜也はそういうことには非常に厳しいのだ。
数十分の時間があった。そして、力なく頷いたのである。
カノープスは反乱を起こすに際して、まずは仲間を集めた。
スターズの第4隊の隊長・ベガがカノープスに賛同したのをはじめ、半数近いスターズの隊員がこれに加わった。
彼らはまず、保護の名目でリーナの両親の身柄を押さえた。
さらに大統領次席補佐官のケイン・ロウズを通じて政治家に味方を増やした。
もともと、竜也もリーナも日本人としての血が流れている上、彼らから見れば小童とも言えるような子供であるため、政治家や軍上層部の多くがカノープスの反乱に理解を示した。
これを知って驚いたのがバランス大佐である。彼女はすぐに、軍上層部に詰め寄った。
「馬鹿なことは直ちにやめて頂きたい。大黒竜也もアンジェリーナ゠クドウ゠シールズも我が国にとって貴重な戦略級魔法師です。それを我が軍から離反するように追い詰めるなど、正気ですかあなた方はッ!」
だが、バランスの言葉は聞き入れられなかった。
それどころか、バランスは服務規定違反のかどにより拘束されてしまった。
これを知ったシルヴィアは、すぐに日本にいるリーナに事情を知らせた。
スターズの中にはカノープスに従わなかった半数の隊員がいた。また、軍の中にもこの反乱に同調しない者もいた。
しかもまずいことに、この反乱に魔法師と非魔法師の争いまで重なった。
軍が分裂しているのを見て、非魔法師が蜂起したのである。
USNAは内乱状態になった。
たったひとりの魔女の策動によって……。
次回は「帰還」です。