達也は、その報告に喜んでいた。
「達也さん。深夜さまは無事に助け出しました」
光宣のその声に、達也は喜びを隠さず笑顔を浮かべた。普段は表情をほとんど表に表さない達也が珍しい、と隣にいるリーナですら思ったほどだ。
「よし。なら光宣。すぐに母上を九島家とつながりのある病院に送って治療しろ。閣下とは既に話はつけてある」
「わかりました……それから、彼女はどうしますか?」
光宣が言うのは、黒羽亜夜子のことである。
「保護してやれ。四葉に逆らうという生命に関わる行為、ましてや弟がいるにも関わらず協力してくれたんだ。四葉の追跡がかからないように保護してやれ」
「わかりました」
そして、光宣との連絡を終了する。
リーナが言う。
「遂に、ここまで来たのね……達也」
「ああ……やることの半分はこれで達成した……残りのもう半分を始めるぞ」
そして、達也とリーナが動き出した。
横浜が占領されると、大亜連合軍は地下シェルターに避難していた日本の魔法師や市民の確保に向かった。これらを捕縛して取引材料にしようと考えたからである。
ところがであった。
「なんだと? 地下シェルターの入口が破壊されているだと?」
「はい。地上戦の時にどうやら倒壊したようで……通路も瓦礫で埋もれており、これらを取り除くとなると数時間は要します」
「数時間か……言っておくが、日本の援軍が来る前に確保する必要がある。確保が無理なら……わかっているな」
「承知いたしました」
そして、すぐに入口と通路の確保をするための作業が始められた。
だが、その時である。
「う、うわああああああッ!」
と、瓦礫を運んでいた男が尻餅をついて悲鳴を挙げた。
「どうしたッ!?」
「な、仲間が消えた……」
「なに?」
「だから、俺の隣にいた仲間が突然、消えたんだよッ!」
「何を馬鹿なことを言っている。すぐに作業を再開……」
ところが、
「ひええええッ!」
と、同じように悲鳴を挙げながら尻餅をついた兵士たち。
「どうしたッ?」
「お、俺の隣にいた奴も消えた……」
「なん……だと……」
そして、作業をしていた大亜の兵士は、次々と消されたのである。
言うまでもなく、それは達也が使うミスト・ディスパージョンだった。
達也はそれを、あるビルの最上階から次々と行使していたのである。
達也の目的は、あくまで四葉真夜である。
そのため、できれば他の人間。特に第一高校の同級生や上級生がいるシェルターは何が何でも守るつもりだった。
大亜連合軍は、すぐに原因の調査に入った。
何しろ、大切な仲間が次々と消されているのだから。
そして、現場に行ってすぐに気づいたのは呂剛虎である。
「この気配は……!?」
呂剛虎は、その巨体からは信じられないほど身軽にジャンプして、そしてビルの側面を利用して屋上目指して上ってゆく。
そして最上階に来た時。
戦闘スーツにヘルメットをした男・司波達也が、そこにいた。
「何者だ……?」
「名乗る必要はない。呂剛虎……お前はここで死ぬんだからな」
そして、達也が動いた。
呂が身構える。
が、達也の速さは呂の予測を遥かに超えていた。
「ッ!」
達也がいつの間にか、呂の懐に潜り込んでいた。
だが、呂には「鋼気功」がある。これがある限りは無敵だと思っていた。
ところが、
「ッ!」
呂には何があったのかわからなかった。
自分の鋼気功が消されている。
信じられない思いだった。解除したはずはないのに。
そして、次の瞬間。
呂の意識は永遠に停止した。
その腹部には、達也の右手が深々と突き刺さり、それが背中を突き抜けている。
血が溢れ出た。
が、それも呂の意識が無くなると同時に鼓動も停止し、出血も停止する。
達也はそのまま、呂の死体を地上に向けて投げ捨てた。
それを見た大亜連合軍の兵士が悲鳴を挙げて逃げて行ったのは言うまでもなかった。
そんな中で、日本軍が横浜に到着したのである。
この時、日本軍はシェルターに避難した市民や魔法師を助ける部隊と、大亜連合軍の軍隊にぶつかる2隊に分けられている。
勿論、そうなると敵軍にあたるほうが主力となるから、こちらには四葉真夜をはじめとする四葉一族に一条将輝、一色愛梨、司波深雪、七草真由美に魔装大隊も加わっている。
これを、達也は待っていたのである。
(来たな年増……これで、お前は終わりだ……)
達也がシルバー・ホーンを、自分の叔母にして宿敵であるその女に向けた。
(これで、全てが終わる)
そう思っていた。
ところが、
「ッ!」
達也はその瞬間、引き金を引けなかった。
真夜が、達也のいる方向に向けて突然、冷たい笑みを見せたからである。まるで、何かを含んだような笑みを。
「…………」
(気づかれたのか……いや、そんなはずはない)
達也と真夜の距離はこの時、1キロは離れている。達也のようにエレメンタルサイトを持っているならまだしも、肉眼でわかる距離ではない。
だが、達也に悪寒がした。
こんな悪寒を感じたのは、6歳の時以来である。
達也は首を左右に振り、迷いを振り払う。
そして再び、狙う標的にシルバー・ホーンを向けた。
その時だった。
「達也ッ!」
やって来たのは、リーナだった。
「リーナ、なぜここに来た? お前には日本軍と大亜軍の背後を徹底的にかき回せと言っておいたはずだ」
この時、達也はリーナに日本・大亜両軍に対する破壊工作を命じていたのである。
そして、達也が気づいた。
リーナの顔色が真っ青になっているということに。
「……何があった?」
達也が尋ねる。リーナが、小さな声で説明を始める。
説明が終わったとき。
「なんだと……ッ!」
達也の身体が、ブルブルと怒りに震えていたのであった。
次回は「反乱」です。