復讐の劣等生   作:ミスト2世

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敗走と出動

 日本軍の敗走が始まった。

 正確に言うと、この時点で敗走しているのは魔法協会支部を守っていた戦線の部隊だけである。つまり、横浜ベイヒルズタワーを守っていた部隊だけが敗走しており、他の戦線すなわち中華街の戦線や桜木駅付近の戦線では一条将輝や一色愛梨、千葉エリカに七草真由美などが大活躍して大亜連合軍を撃破している。

 ただし、それはあくまで自分たちが担当している部隊に関してのみ相手をしている場合だった。

 支部戦線で勝利した大亜連合軍はフリーになった。つまり、この部隊は他の戦線への援護に向かう事ができるのである。

 しかも、支部戦線で勝利した大亜連合軍は主力部隊である。兵力でも強さの上でも他の戦線で戦っている部隊より遥かに上である。

 おまけに、この主力部隊には呂剛虎がいるし、さらに言えば支部戦線が崩壊して敗走した事が情報として日本軍や大亜連合軍に知れ渡り、既に影響が出始めていた。

「今少し耐えろ。今少し耐えれば、味方が援軍にやって来るぞッ」

 と、大亜連合軍はいきり立つし、

「もう無理だッ。ここに留まれば皆殺しにされるッ。横浜から逃げろッ。逃げるんだッ!」

 と、日本軍は敗走を始める。

 一条や七草が留まるように檄を飛ばしても効果は無い。

 もともと、他の戦線でも数で圧倒的に劣る日本軍が押せれていたのは、あくまで将輝やエリカのような戦闘力が異常に秀でていた面子がいたからである。ただし、それらはあくまで一条やエリカに言えるだけのことで、他の奴らは少しでも押されれば逃げ出すくらいの強さしかないのだ。

 また、十文字が行方不明になってしまったことも、日本軍の士気に悪影響を与えていた。

「十文字の総領が行方不明だと?」

「逃げ出したというのか……」

「わからん……」

 十文字がもし生きて指揮をとっていたら、仮に支部戦線で日本軍が崩壊してもこれだけ無様な敗走にはならなかったかもしれないし、他の戦線で盛り返すこともできたかもしれない。

 だが、十文字はもういない。

 それが、日本軍の敗走と敗北を決定的なものとしたのであった。

 

 司波深雪はひとり奮戦していた。

 だが、もともと魔装大隊は二個中隊規模、すなわち50人程度しかいない。しかも、腕のたつ魔法師というと、深雪に柳連くらいなのだ。

 これでは、余りに差があり過ぎた。

 どんなに頑張っても頑張っても、敵は次々と湧いてくるように出て来る。

 しかも、各戦線の崩壊と、十文字克人の行方不明などが知らされる。

 深雪は悔しかった。

 だが、最早どんなに頑張ってもどうにもならない。

「深雪さま。ここは引きましょう」

 桜井水波の言葉を聞いて、深雪も撤退を始めたのである。

 

 さて、そうなると問題は地下シェルターに逃げている面々である。

 これらは逃げようがない。というのも、出入り口が既に破壊されているからだ。

 かといって、既に横浜の地上は大亜連合軍に占領されてしまっている。

 地上にいた者たちはまだ幸せだった。七草や北山のヘリなどの支援もあり、何とか逃げる事ができたからだ。

 だが、地下シェルターにいる者はそうはいかない。しかもシェルターの中には女子供や病人だっている。

 そのため、七草真由美や渡辺摩利などはすぐに助けに行くと言い出したが、

「どうやって助けに行くつもりだ?」

 千葉家の長男・寿和が尋ねる。助けたくても、出入り口が塞がれている。これを助けるには通路の確保から始めないといけないが、敵がそんな余裕を与えてくれるはずがない。

 かといって、他の方法は横浜を取り返して敵軍を追い返すことであるが、これも既に不可能な状況である。

「じゃあ、義兄さんはこのまま私たちの後輩を見捨てろと言うんですかッ!」

 摩利は寿和の実弟・修次と恋仲にあり、既に千葉一族からも認められた関係にある。そのため、長男を義兄と呼んでいるのだ。

「やむを得ないだろう……俺たちが抵抗したところで、さらに被害を増やすだけだ……」

「でも……ッ!」

 その時、真由美や摩利は、悔しさの余り握りしめた拳から血が出て身体を震わしている寿和を見た。彼とて、助けれるものなら助けたいのだ。

 だが、それはできない。そんなことをすればますます被害を増やすだけだからだ。

「許してくれ……」

 寿和は、自分の無力を呪った。

 真由美や摩利も悔しさの余り、涙を流した。

 だが、どうすることもできない。

 こうして、真由美たちも撤退したのであった。

 

 その頃、東京の政府の下に、その報告が届けられていた。

「横浜が大亜連合軍に占領されただとッ!」

 これは、政治家たちを驚かすには十分な報告だった。東京から横浜の距離は数えるほどしかない。つまり、喉元に刃を突き付けられたも同然なのだ。

 しかも、東京には彼らの家族もいる。彼らの保身、ひいては家族の保身に勝るものなどない。

「すぐに各地から軍を招集しろッ。魔法師にも召集をかけろッ。勿論、十師族にも出動命令を出せッ。横浜を奪い返すぞッ!」

 こうして、横浜奪回作戦が始まろうとしていた。

 

 同じ頃。

 大黒竜也とアンジェリーナ=クドウ=シールズは、横浜のとある場所にいた。

「嫌な思いをさせたな。すまない」

 竜也がリーナに謝る。

「何のこと?」

「十文字を始末するのに協力させたことだ。……嫌な思いをさせたな……」

 すると、リーナが竜也の頬を叩いた。

「あのね。前にも言ったでしょ。あんたと一緒なら、どんなことにも耐えてみせるって!」

「……ああ、そうだったな……すまない……お前は本当に、最高の相棒だよ」

 竜也がリーナを抱きしめる。

 そして、リーナが竜也と離れてから言う。

「それより、先ほど光宣から連絡があったわ。例の件のことだけど、説得に成功したみたいよ」

「そうか」

「それともう一つ、日本政府は横浜を取り戻すために軍を東京に集めているみたい。十師族にも招集命令が出ているらしいわ」

「そうか……。どうやら、うまくいきそうだな」

「ええ……いよいよね……」

 竜也とリーナが頷く。

 そんな二人が、再び動こうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 




次回は「実行」です。

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