沖縄戦終了後、リュウヤはリーナと共に東京都内のホテルにいた。
このホテルは、アメリカの諜報機関の影響下に置かれているため、比較的自由に過ごせる。
リュウヤは、シャワーを浴びて身体を拭いているところだ。
身体には傷がいたるところについている。只者ではないことがそのことでもわかる。
髪は10代の少年であるにも関わらず、白髪である。だが、もともと容姿が整っているせいもあってか、あまり違和感がない。むしろ似合っているとさえいえる。
そんな彼の下に、赤髪の同年代の女性がやって来る。
「総隊長。本国から命令が届きました……ってリュウヤ、あんた、なんて恰好してるのよッ」
リュウヤの上半身が裸であることに、リーナが驚く。だが、
「ああすまない。ちょっと待ってくれ」
「もう……」
と、気恥ずかしそうにするリーナ。そして数分後。用意を整えたリュウヤが、リーナに聞く。
「報告を聞こうか」
「はい……本国はカンカンです。すぐに総隊長には本国に戻れと」
「あいつららしいな……戦略級魔法を使ったのが、そんなに気に障ったか」
「明日一番で帰国するよう、手配は整えています」
すると、
「明日一番ではリーナ、お前が帰れ。部下のことは全てお前に任せる」
「え?」
と、リーナが驚く。そして言う。
「上の命令に逆らう気?」
「逆らう気はない。ちょっと、野暮用があってな……もう少し、この国に留まる必要がある」
「だったら……私も……」
「いいやリーナ。お前は戻れ。本国の奴らは俺とお前、戦略級魔法師が二人ともいつまでも国外にいるのを恐れてるんだろう……俺もお前にも日本人としての血が流れている……そんな二人の貴重な戦力を、いつまでも他国に残しておけない……とな」
「…………」
「リーナ。いや、シリウス少佐。お前には一足先にアメリカに戻ってもらう。心配するな。俺も野暮用を数日で済ませたら、すぐに戻る」
「わかりました……」
「まあ、バランスあたりは激怒するだろうが、何とか言いつくろっておいてくれ」
「はい……」
翌日。正午。
四葉家に仕える序列第4位の執事である青木はその日、仕事として東京の銀行を訪問しようとしていた。この男、四葉家の資産管理を10年以上担当している男で、四葉家の財務大臣ともいえる立場にある。
彼はその日、運転手の男と雑用係をそれぞれ一人ずつ連れて、銀行に赴こうとしていた。だが、車が急停車する。
「なんだ、どうした?」
「は……車の前に、人が……」
「なに……」
すると、運転手が消失する。
青木には何があったのかわからない。
次に、隣に座っていた雑用係も消失する。
青木は驚いて、車から飛び出す。すると、車も次の瞬間には青い炎に包まれる。
「何者だッ!」
青木がCADを構える。が、
「うがあああああッ……」
なんと、青木の右腕が消されてしまった。続いて右耳、そして左足と次々に消された。
そしてそこに、アンマースーツにヘルメットを付けた人物-リュウヤが現れた。
青木はリュウヤを知らない。
「な、何者だ……貴様……」
「久しぶりだな。青木」
「なに……?」
そして、
「ぐッ!」
と、青木がうめき声をあげた。
リュウヤは拳銃型のCADで青木の頭部を殴り、気絶させたのであった。
目覚めた青木は、両手を吊るし上げられた状態である自分を見た。
目の前には、白髪の少年がいる。
「お目覚めかな。ずいぶんよく寝入っていたが」
「き、貴様、こんな真似をしてただで済むと思っているのか。私を誰だと思っているッ」
「さて、誰かな? 確か四葉真夜とかいう、くそ年増の使用人で序列第四位の爺だったと記憶しているが」
それを聞いた青木が、改めて目の前の少年を見る。
「貴様、いったい、何者だ……まるで、私を知っているようなその態度、私と会ったことがあるのか?」
「だとしたら?」
「…………」
青木は老齢だが耄碌はしていない。むしろ経理や財政を担当しているから、記憶力もいいほうだ。だが、目の前の白髪の少年にはどうしても面識の記憶はない。
「思い出せないか……まあそうだろうな。お前に以前、会った時の俺はガキだった。それにこんな髪の色もしてなかったから、思い出せなくても当然か……」
「なに……?」
そして、青木は少年の髪を白髪から黒に当てはめてみる。そして、少年の顔をマジマジと見つめる。
青木の顔色が変わってゆく。
「ま、まさか……」
「気づいたか?」
「司波……達也……か?」
すると、リュウヤがニッと笑った。
「思い出してもらえて光栄だよ。青木」
「どういうことだ。なぜ、貴様が生きている」
「さあなあ……天の思し召し、と言ったところか……それとも穂波さんのおかげか……」
そして、リュウヤこと達也が、拘束された青木の周りを歩き出した。
「お前は7年前のことを覚えているか? あの時は、さすがの俺も死ぬと思った……」
7年前のあの日、達也は青木に追われ、穂波の身を挺した抵抗で逃げようとしたものの、青木に追いつかれて遂に川に身を投げた。
「川に身を投げた時、俺は泳ごうとした。だが、服が水を吸って鉛のように重くなり、泳げなかった……その前に体力を消耗していたのも大きかった……」
「…………」
「俺はここで死ぬんだと思った。そしていつしか意識を失っていた……そして目を覚ました瞬間、俺はそこが地獄だと思った……」
「……誰かに助けられたのか?」
「いいや。岸に打ち上げられていた」
「そ、そんなはずはない。四葉の総力を挙げて貴様を探したのだ。貴様をそれでも我々は見つけられなかったのだぞ」
「そんなこと、俺の知ったことか」
「…………」
「と、いうより、目を覚ました俺は自分がどこの誰なのか、記憶を失っていた。しかも髪は白髪になっていた。たぶん、死の恐怖を経験して、髪の色が変わったんだろうな……」
「…………」
「とにかく、俺はあの時、記憶も何もない、ただの孤児だった……その俺が生きていくのは苦労したぞ。物乞いもしたしゴミも漁った。落ちるところまで落ちた……」
「…………」
「だが、やがて俺は記憶を取り戻した。そして、このままではお前らにいずれ見つけ出されるのではと危惧もした。そこでどこかに逃げることを考えた……」
「…………」
「そんなとき、俺はあるお方と出会った……その人に庇護され、俺はそこで養われて庇護を受け、そして名も変えた……大黒竜也とな」
「……あるお方……だと?」
「ああ。九島烈さまだ」
「ッ!」
「あのお方の下で俺は改めて修行を積んだ。だが、お前らに気づかれる可能性があるからと、俺を日本から離れさせ、アメリカに行くように手配された」
「…………」
「俺はアメリカですぐに頭角を現した。九島烈さまの手配のおかげもあるが、お前らに出来損ないと罵られさげすまれた俺は、今や、USNA軍統合参謀本部直属の魔法師部隊『スターズ』の総隊長にして中佐だ。どうだ? 出来損ないがここまでになったのを知った気分は?」
「……それで、お前は、私を捕らえてどうする気だ?」
青木が、苦虫をかみつぶすような表情で言う。
「決まっているだろう。俺が生き延びたのは、まだ俺に生きろという天の意志だ。そして、俺がやる目標はひとつだ」
「まさか……復讐する気か……」
「正解だ」
達也が両手をポン! と合わせる。
「手始めに、貴様に消えてもらう。なに心配するな。いずれあの年増もあの世に送ってやるさ」
すると、
「ま、待てッ!」
と、青木が言う。
「何を待てと言うんだ?」
「私は、四葉家の経理と財政を一手に引き受けている」
「それで?」
「当然、四葉家の財務の表も裏も知っている。世に出たら一大事になる情報もだ。それを教える。だから助けてくれ……」
すると、達也が青木の腹に蹴りを入れる。青木が咳き込む。
「助けてくれだと……どうやら、自分の立場がわかってないようだな?」
すると、
「た、助けて……ください」
すると、
「昔から思っていたが、貴様は利に敏い奴だな……命のためにあの年増も裏切るというのか?」
「そ、そうだ……」
そして、
「死ね」
と、達也がつぶやいた。
青木は捕らえられるとき、右腕に右耳、そして左足を消されていたが、今は復元している。達也は、それを情けで復元したわけではない。苦しみを与えるためだった。
青木の身体という身体に、穴が開く。そして、首筋にも穴を開けたので、青木は言葉を口にすることすら不可能になった。
「こ、殺して……くれえ……」
青木が死を懇願する。
だが、達也はそのまま死ぬまで放置していたという。
…………。
そしてそれは、この2日後のことである。
四葉真夜の下に、あるものが送られたのである。
それを開けて真夜は愕然とする。
それはなんと、布に包まれて箱に詰められていた青木の首であった……。
次回は、「入学」を予定しています。