復讐の劣等生   作:ミスト2世

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戦乱中盤

 横浜の動乱は、いよいよ佳境に差し掛かりつつあった。

 兵力では圧倒的に大亜連合軍が有利である。日本軍がこれに勝るとするなら、やはり質であろう。

 2世紀ほど前までなら、兵力で戦争の勝敗は決まっていた。しかし今は違う。

 勿論、必要最低限での兵力差も必要だが、勝負は戦術、兵士の質、武器の差と言ってよいかもしれない。

 むしろ、本来なら圧倒的に勝る大亜連合は思わぬ苦戦を強いられているといえる。

 しかも、既に第三高校を攻めていた大亜連合軍は一条将輝によって壊滅させられており、一条はそのまま一色愛梨を連れて他戦線の援護に向かっていた。

 このままいけば、大亜連合は不利になる可能性も十分にあったのだった。

 

 一番重要な戦線。それは、魔法協会支部である。

 この戦線は支部が組織した義勇軍が防衛を頑張っていたが、時間の経過とともにジリジリと押されるようになっていた。

 理由は明白である、大亜連合軍の上陸部隊がこちらに主力を向けているからだ。

 しかも、敵の『禍斗』と呼ばれる魔物を真似た化成体を形成する古式魔法で犬に似た獣が炎の塊となって爆ぜ、『畢方』と呼ばれる魔物を真似た化成体を形成する古式魔法も現れ、一本足の鶴に似た鳥が火の粉をまき散らして消える。これらの古式魔法の前に、義勇軍は押される一方になっていた。

「くそッ、撤退だッ!」

「後退して防衛ラインを立て直せッ!」

 傷ついた仲間の手を取って後退する者、敵の攻撃を懸命に防ぐ者、あるいは敵に果敢に攻撃する者、恐れをなして逃げる者。それぞれだが、この戦線の崩壊は時間の問題になりつつあった。

 そんなときである。

「後退するなッ!」

 その時、義勇兵たちを一喝する声が轟いた。火をまき散らしていた鳥形の化成体が地面に叩きつけられ、押し潰されて消える。

「奮い立てッ! 魔法を手にする者たちよ。卑劣な侵略者から祖国を守るのだッ!!」

 義勇軍の先頭に、大柄な人影が歩み出る。それは、プロテクターとヘルメットを身に着けた克人だった。

 その雄姿を見た義勇軍の間に歓声が沸き起こる。

「十師族の英雄が助けに来てくれたぞッ!」

「うおおおおおおおッ!」

 雄たけびを挙げる者、腕を振り上げる者様々だが、それまで敗残に等しかった義勇兵に生気が甦った。

 そして、火を吐く犬が、炎の翼を持つ鳥が、様々な幻獣を象った古式魔法の使い魔が、次々と叩き潰される。それまで義勇兵を苦しめていたものが消えてゆく。

 十文字克人は容赦なく右手を挙げて下ろした。それと同時に、敵の直立戦車が一台潰れる。

 これこそ、十文字家最強ともいえる魔法・『ファランクス』。4系統8種、全ての系統種類を不規則な順番で切り替えながら絶え間なく紡ぎ出し、防壁を幾重にも作り出す防御魔法である。

 一般的に、『ファランクス』は防御魔法として世間に認識されているがこの魔法は、敵の攻撃を防ぎ止めるだけの物ではない。このように、壁を自分の前に固定するのではなく敵に何十枚も高速で叩きつける事も出来る。むしろ、これこそがファランクスを使った真の攻撃方法である。

 ファランクスはその名の通り、攻防一体の魔法なのである。前に立つ護衛の兵士ごと、敵の魔法師を吹き飛ばす。たった一人の参戦によって、戦況が逆転した。

 

 一方、同級生の脱出を相棒のジョージこと吉祥寺真紅郎に託し、一条将輝は一色愛梨と共に中華街付近に侵入していた敵軍との戦いに参加していた。

 このとき、一条も一色も制服姿ではなく、プロテクターを身に着けている。戦線に参加していて負傷していた義勇兵から譲り受けたものである。そのため、プロテクターの部分には傷や破れた跡などもある。ただし、制服姿でいるよりはずっとましである。

 一条の『爆裂』はまさに無敵である。それに今では愛梨も加わっている。

 このままいけば、中華街戦線も時間の問題で逆転する可能性が出てきたのであった。

 

 地下通路からシェルターに向けて避難していた中条あずさらは、残念ながらエリカの予測が的中してしまって敵との遭遇戦を余儀なくされていた。

 ただし、こちらは十三束鋼と服部刑部、沢木碧の活躍により撃退に成功している。

 各戦線で、兵力の差より質の差が出始めていた。

 

 藤林響子に先導されて、地下シェルターの設置場所にたどり着いた真由美やエリカたちは、その場の惨状に言葉を失った。広場が大きく陥没しており、その上を闊歩するのは2機の直立歩兵戦車だったからだ。この状況から、この2機が地下シェルター及び地下通路に向けて何らかの攻撃をしたようだった。

「このッ!」

 血の気の多い風紀委員長・千代田花音が真っ先に動く。

「花音、この状況で地面を震動させる『地雷原』はまずいよッ!」

 花音がお得意の魔法を発動させようとしたのを見て、婚約者の五十里啓がやめるように注意する。

「そんなもの使わないわよッ!」

 そして、魔法を発動させようとした瞬間、花音が見据えた標的は穴だらけになった。

 言うまでもなく、七草真由美の『魔弾の射手』である。

「あッ……」

 と驚く花音に、

「真由美さん。さすがね。手を出す暇もなかったわ」

 と、称賛する藤林。

 その間、吉田幹比古は目を閉じたまま『視覚同調』で地下の様子を探っていた。

「……地下通路を行ったみんなは大丈夫みたいです。誰かが生き埋めになってる形跡はありません」

「そうですか。吉田家の方がそうおっしゃるのなら確かでしょうね。ご苦労様です」

 と、藤林が礼を言うのに対し、

「いえ、大したことでは」

 と、幹比古は慌てて恐縮しながら大急ぎで目を開け答えた。

 エリカが響子に話しかける。

「これからどうするんですか?」

「こんなところまで直立戦車が入りこんで来ているのですから、事態は思ったより急展開を迎えているようですね。私としては野毛山の陣地に避難することをお勧めしますが」

「しかし、それでは敵の攻撃目標になるのではありませんか?」

 渡辺摩利が割って入る。

「摩利、今攻めて来ている相手は戦闘員と非戦闘員の区別なんてつけていないわ。軍と別行動したって危険は少しも減らない。むしろ、より危険になるわ」

「では、七草先輩は野毛山に向くべきだと」

 五十里啓の問いかけに真由美は首を横に振った。

「私は逃げ遅れた市民のために、輸送ヘリを呼ぶつもりです。まずはあの残骸を片付けてヘリの発着場所を確保し、ここでヘリの到着を待ちたいと思います。摩利はあなたはみんなを連れて響子さんについて行って。私は十師族・七草家の一族に名を連ねる者としての義務があります。私たちは時として法の束縛すら受けずに自由に振舞うことが許されています。その対価として私たちはその力をこういう時に使わなくてはいけません」

 真由美が向けた目線、すなわち駅の方には、シェルターの入り口を潰されて途方に暮れた市民の姿があった。

 それを聞いて五十里も、

「僕も数字を持つ百家の一員として、政府から色々な便宜を受けていますから」

「啓が残るならあたしも残ります」

 と、同じく百家に連なる2人が言う。

「じゃぁ、私もだね。これでも千葉家の娘だから」

 と、エリカも残ることに同意する。

 さらに他のメンバーもすべて残ることに同意する。特に北山雫は、

「会社のヘリを寄越す様に私も父に連絡します」

 と、言い出したほどであった。

 それを見た藤林は、真由美をうらやましそうに見つめる。

(いい仲間に恵まれているわね……)

 と、思ったのだ。そんな藤林が真由美に言う。

「わかりました。それでは部下を置いて行きます」

「いえ、それには及びませんよ」

 背後から聞こえた声に響子が振り返った。

「警部さん」

「和兄貴!?」

 現れたのはエリカの異母兄・千葉寿和である。

 寿和が響子に話しかける。

「軍は外敵を排除するのが仕事です。市民の保護は警察の仕事です。なので我々がここに残ります。藤林さんは本隊と合流してください」

「了解しました。千葉警部、後はよろしくお願いします」

 響子はビシッと敬礼して颯爽と去って行った。

「う~ん。良い女だね」

 そんな異母兄に、エリカが平手で頭を叩く。

「イタッ……何するんだ……エリカ、兄に対して」

「うるさいッ。この女たらし。いつから藤林さんと知り合いになってたのよ」

「ああ、ついこの前。ちょっとしたことで知り合ってね……いい女だろ?」

「あ、無理無理。和兄貴の手に負える人じゃないって」

 エリカは目を閉じて手のひらを異母兄の前で左右に振って否定を表す。

 それを聞いた異母兄が言う。

「いいのか? せっかく心優しい兄が愛する妹に『プレゼント』を持ってきたのに」

 エリカがその言葉に反発する。

「心優しい!? どの面下げてそんな白々しいセリフが言えるのよ」

「酷い言われようだ。俺はこんなに妹を愛しているのに」

 エリカが冷たい視線で寿和を睨みつけ、寿和が溜息をつく。もたれ掛るワゴンから緩やかなカーブを描く全長180センチの長大な得物を取り出し、それをエリカに渡した。

「ほらよ。受け取れ」

 エリカがその得物を見て絶句する。

「『大蛇丸』じゃない!? どうして……」

「どうして? 愚問だな。大蛇丸は『山津波』を生み出す刀。そして『山津波』はお前にしか使えない。だから大蛇丸はお前の刀だ」

「こ、今回だけは礼を言っとくわ。ありがとう」

 受け取ったエリカは嬉しそうな表情を見られないように顔を背け、その様子を異母兄は苦笑いを浮かべながら見つめていた。

 これで、こちらの戦力がさらに強化されたのである。

 

 その頃、竜也とリーナはある場所の屋上の手すりに腰を下ろしていた。

 あちらこちらで戦闘が起こっているのがわかるように、爆発や轟音が轟く。時には、その場所の下から悲鳴や断末魔も聞こえてくる。

 そんな中で、二人はそこから動こうとしなかった。

「大亜連合軍も情けないわね……ここをはじめ、あちこちの戦線で日本軍や義勇軍に盛り返されてるわよ……竜也、このままじゃ……」

「わかってる……しかし、これほど大亜連合軍が腑抜けとは思わなかったな……全く、期待外れな連中だ……」

 そして、そこから景色を見つめながら言う。

「そろそろ動くとするか……俺の作戦のために」

 竜也とリーナが、遂に動こうとしていた。




次回は「逆転の刻」です。

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