横浜一帯が戦場になっている。
一言に横浜と言っても広い。ハッキリ言って、これだけ広くなると、一人の指揮官の裁量ではキャパを超えていると言ってよい。そのため、情報や報告は総指揮官に届けられるとしても、各戦場の指揮はそれぞれの部隊長あるいは指導者が担当せざるを得なくなる。
そして、各地でそれが現実となっていた。
午後3時43分。
七草真由美の言葉を受けて、新生徒会長である中条あずさが混乱する会場観客に対し梓弓を使用した。そしてそれをきっかけに、真由美がステージに上って発言する。
「私は第一高校前生徒会長 七草真由美です」
観客の意識が真由美の声に集中する。
「現在、この街は侵略を受けています。港に停泊中の所属不明艦からロケット砲による攻撃が行われ、これに呼応して市中に潜伏していたゲリラ兵が蜂起した模様です。先程始末した暴漢も侵略軍の仲間でしょう。先刻から聞こえる爆発音も、この会場に集まった魔法師と魔法技術を目当てにした襲撃の可能性が高いと思われます。皆さんがご存じの通り、この会場は地下通路で駅のシェルターに繋がっています。シェルターには十分な収容力があるはずです。しかし、地下のシェルターは災害と空襲に備えた物です。陸上兵力に対しては、必ずしも万全のものではありません。だからと言って、砲火飛び交う街中を脱出するのはもっと危険かもしれません。しかし、最も危険な事はこの場に留まり続けることです」
ここで真由美が一呼吸置く。
「各校の代表はすぐに生徒を集めて行動を開始してくださいッ! シェルターに避難するにしろ、この場を脱出するにしろ、一刻も無駄にできない状況ですッ!」
真由美の言葉が終了すると同時に、先ほどと異なる喧騒がホール内に普及した。呼び合う声は先程と異なり、一定の秩序を帯びていた。それを確認した真由美はマイクを切り一礼した後、あずさに語りかける。
「あーちゃん、みんなの事任せたわよ」
「え? 会長、じゃなくて、真由美さん」
あずさは目を丸くする。それを聞きながら真由美が笑いながら頷く。
「分かってるじゃない。あーちゃん。今の一高生徒会長は貴女よ。大丈夫。貴方ならできるわ」
そして、真由美は市原鈴音らと手分けして各校のデモ器のデータを破壊する作業に入るために動き出したのである。
午後3時48分。
竜也とリーナが戻ってこないことに業を煮やした千葉エリカたちは、北山雫の案内のもとでVIP会議室に赴いていた。戦うにしても逃げるにしても、周囲の状況がわからなければ手の打ちようがないからだ。
雫は大財閥・北山家の令嬢である。そのため父親に連れられて過去にここに来たことがある。ちなみにこの会議室は閣僚級の政治家や経済団体トップレベルの会合に使われる部屋で、雫は暗証キ―もアクセスコードも知っていた。
午後3時50分。
雫が会議室のアクセスコードから警察のマップデータを割り出した。それを見て、エリカは愕然とした。
「何よこれ……」
何と、横浜近海に面する一帯が真っ赤に染まっていた。そして赤い領域は彼らが見ている内陸部へと拡大している。その赤い印は敵勢力である。
(この敵の具体的な人数はわからないけど、たぶん相当な規模の兵力がつぎ込まれているのは間違いないわ……下手をしたら1000人近い兵力がこの横浜に投入されているのかも……)
(グズグズしている暇はないわ……)
そこに、幹比古が発言する。
「僕は、シェルターに避難するべきだと思うけど」
「わかってる……ただし、地下通路は使わないわよ。地上から行くわ」
「え? 地上から……危険だろうがッ」
レオがすかさず言うが、エリカが呆れながら言う。
「馬鹿ね。地下通路は直通じゃないのよ。敵と遭遇したら否応なしに遭遇戦よ」
「うッ……」
それを聞いて、初めて危険を悟るレオだった。
「じゃあ、シェルターに移動するということで……あとそれから、デモ機を全部処分してから行きましょ」
そして、エリカたちも動き出した。
だが、デモ機の破壊作業は既に真由美、鈴音たちによってほとんどが終了していた。
そこに、避難の誘導とゲリラの対処に当たっていた十文字克人が服部刑部と沢木碧を従えて歩み寄って来る。
「お前たちはまだ避難していなかったのか?」
「ええ。データーの消去をしていたから」
真由美が答える。
続いて服部が言う。
「他の生徒は中条に連れられて既に地下通路へ向かいました」
「えッ!」
エリカが驚く。
「地下通路ではまずいのか?」
沢木が尋ねる。
「地下通路は直通じゃないんです。他のグループと鉢合わせする可能性があります。場合によっては……」
「遭遇戦!?」
服部がようやく気付く。
十文字がすかさず、服部と沢木に命令する。
「服部、沢木。すぐに中条たちの後を追え」
二人は頷くとその場を駆けだした。そして、十文字は逃げ遅れた者がいないか再び探索するために鈴音の護衛役をしていた桐原を連れて部屋から出て行った。
さて、そうなると今後どうやってここから逃げ出すかが問題となる。
エリカに真由美、鈴音に渡辺摩利などがその方針をめぐって相談する。
時刻は午後3時56分。
大亜連合の指令を受けて、工作員が30tトラックに乗ってエリカや真由美たちがいる第一高校の控室に突撃をかけたのだ。だが、室内にいるエリカたちにはそれに気づかなかった。
運転手は笑みを浮かべていた。成功を疑わなかった。
だが、次の瞬間。
トラックは運転手ごと、この世から消滅したのであった。
「竜也、次が来たわよ」
「わかってる」
竜也とリーナは、既にこの時、戦闘服に着替えていた。
戦闘服を持ってきたのはミカエラ・ホンゴウ。日系アメリカ人で本郷未亜という偽名を使って日本で工作員をしている国防総省所属の魔法研究者である。
ちなみにこのとき、竜也が考案したムーバルスーツが完成しており、それがシルヴィアを通じて日本に2着、送られていた。そのため、竜也とリーナはそれを着用している。
続いて敵艦から、ミサイルの群れが押し寄せる。
だがそれも、竜也の前には無力だった。
竜也は影ながら、エリカたち友人を守るために動いていたのである。
そのときだった。
逃げ遅れた者がいないか見回りをしていた十文字が巨大な魔法を感知し、入口付近にやって来たのである。
「お前らは……」
「…………」
答えることなく、竜也とリーナはその場を去った。飛行デバイスを使って。
十文字も、それを追撃することなくその場は見つめているだけだった。
午後3時59分。
司波深雪は、風間玄信から出撃命令を受けていた。
既に、故・真田繁留が考案していた戦闘服を着用してのことである。
これは竜也が考案したムーバルスーツよりはさすがに精度は劣るが、それでもそれなりの防弾、耐熱、緩衝、対BC兵器の性能を持つ戦闘服と思ってもらいたい。
そして、魔装大隊最強の女戦士が動き出した。
午後4時。大型特殊車両専用駐車場。
ここでは第三高校の一条将輝が奮戦していた。第三高校は会場に来る時に使ったバスで避難する方針を決めていたのだが、駐車場にたどり着き、彼らの大型バスを視界に納めたその瞬間、バスの近くにロケット砲が被弾した。
幸い、バス本体に大した破損はなかったがタイヤが一つ、使い物にならなくなってしまった。それにいち早く気付き、行動に出た吉祥寺真紅郎がバスのタイヤを直すべく交換作業を始める。
ただし、交換作業にはそれなりの時間がかかる。しかも、交換している間はその作業をしているメンバーは無防備である。
だから、それを守りながら敵と戦わないといけない。
そして、一条のCADが光るたびに、敵兵は次々と紅い花を咲かせて散ってゆく。
言うまでもなく、一条家の『爆裂』である。一条家の秘術にして、殺傷性ランクAに分類される発散系の系統魔法。対象内部の液体を瞬時に気化させる魔法で、生物ならば体液が気化して爆発。内燃機関動力の機械ならば、燃料が気化して爆散、破壊する事ができる。
紅い花が咲くたびに、人間の血や肉が飛び散る。
それを見て、第三高校の生徒の大半が吐き気を催していた。
いや、一条だけではない。
第三高校には一色愛梨、十七夜栞、四十九院沓子らもいる。
そして、第三高校は彼、あるいは彼女ら数字を冠する者たちの活躍により無傷で戦闘を終えたのである。
午後4時2分。
魔装大隊の少尉・藤林響子が真由美やエリカたちと合流していた。幸いにして、真由美は響子と面識がある。そのため、響子から戦況を聞くことになる。
「我が軍は現在、保土ヶ谷駐留部隊が侵攻軍と交戦中。また、鶴見と藤沢より各一個大隊が当地に急行中。魔法教会関東支部も独自に義勇軍を編成し、自衛行動に入っています。私たちは皆さんの安全を保障するために参りました」
真由美も頷き、エリカや摩利とともに響子に従ってこの場から避難することにした。
ちなみに、藤林を動かしたのは深雪である。雫やほのか、真由美らを見捨てるわけにはいかず、藤林にお願いした結果である。
この時、控室に戻ってきた十文字は、藤林に車の貸し出しを要求し、藤林はそれに応じて楯岡軍曹と音羽伍長とセットで車を貸し与えている。
十文字は、十文字家代表代理として、十師族としての務めを果たそうとして別行動をとったのである。
目的地は魔法協会支部がある横浜ベイヒルズタワー。
横浜の戦場の中で恐らく最も激しく過酷な戦場である。
ここを守れるかどうかで、勝敗が決まると言ってもよいかもしれない。
そこに、十師族最強の異名をとる男が向かおうとしていた。
次回は「戦乱中盤」です。
しばらくは原作沿いになっていますが、この戦乱でオリジナルの事件が起こす予定です。