2095年10月29日。全国高校生魔法学論文コンペティションの本番前日。
横浜ベイヒルズタワーの最上階にあるレストランで、3人は優雅に食事をしていた。
大黒竜也、リーナ、九島光宣の3人である。
「そうか。奴らは明日、動くと言ってきたか」
「はい。場所はここ、横浜ベイヒルズタワーです」
竜也の言葉に、光宣が答える。
「大亜連合の目的は何かしらね?」
「日本の魔法技術の奪取、魔法師の殺害及び捕縛、拉致、運がいいなら横浜を占領してそれを機に本国から軍隊を呼び寄せて一気に大戦状態に持ち込むだろうな」
「ふ~ん」
リーナの質問に、竜也が答える。
「それで? 奴らは何と言ってきた?」
「はい。僕には急いでレリックの解析を進めてこちらにその解析情報を知らせるようにと」
「……解析に時間がかかっていると言っておいたらいい。実際、あれの解析は骨が折れるからな俺としても」
「わかりました」
「それより光宣。お前に急いでやってもらいたいことがある」
「何でしょうか?」
「これから俺が言うことを、よく聞いてもらいたい」
そして、光宣に対して数分ほど、目つきを鋭く真剣にさせた竜也が言う。
光宣が緊張したのか、ゴクリと生唾を飲み込む。
説明が終わり、竜也が言う。
「この役目は重要だ。お前の働き次第で俺の運命も決まる……心してかかってほしい」
「わかりました。お任せください」
「頼む」
竜也が光宣に頭を下げる。
そして光宣は、仕事に取り掛かるため、その場を後にしたのであった。
翌日。全国高校生魔法学論文コンペティション開催日。
横浜の会場に向かう途中は、かつての九校戦のように特筆するようなトラブルもなく、第一高校のメンバーは無事に会場である横浜国際会議場に到着した。
この時、竜也は平川小春の護衛をリーナと共に務めている。
そんな中で、全国高校生魔法学論文コンペティションの九校共同会場警備隊として参加し、総隊長を務めている十文字克人。さすがに竜也が一目置くだけあって只者ではなく、既に異変を感じ取っていた。
「服部、桐原」
と、信頼する後輩である服部刑部と桐原武明を呼ぶ。
「はいッ」
二人が同時に返事をした。
「現在の状況で、違和感を覚えたことはないか?」
「違和感、ですか? そうですね……横浜という都市の性格を考慮しても、外国人の数が少し多すぎる気がします」
服部である。
「服部もそう思うか。桐原はどうだ?」
「外国人の件については、気がつきませんでした。ただ、会場よりも街中の空気が、妙に殺気立っている気がします」
桐原が答える。
「ふむ……確かに」
頷き、黙り込んだ克人。その時間はそんなに長くはなかったが、長い時間黙り込んでいたように2人には感じる。そして、十文字が立ち上がって言う。
「服部、桐原、午後からは防弾チョッキを着用しろ」
そして、その指示が共同警備隊に選ばれた一条将輝をはじめとした各校の生徒たちにも伝えられることになった。
そして、時刻は午後三時。第一高校代表チームのプレゼンテーションは予定通りに始まった。今回の論文コンペで最も注目されているのは「基本コードカーディナル・コード」の発見者である三高の吉祥寺真紅郎だが、加重系魔法の技術的三大難問の一つ「重力制御型熱核融合炉」を発表のテーマに掲げた第一高校のプレゼンも大きな注目を浴びていた。大道具が並ぶ舞台を自然色のランプが照らし、鈴音の抑制が効いた濁りのないアルトが国際会議場の音響設備から淀みなく流れ出す。
五十里は彼女の隣でデモンストレーション機器を操作し、小春は舞台袖でCADのモニターと起動式の切り替えを行う。
重力制御型熱核融合炉の技術的可能性について鈴音の解説が続く中、実験機のアクセスパネルに手を置く五十里。重水素のプラズマ化、クローン力制御、重力制御、冷却、エネルギー回収、プラズマ化、クローン力制御、重力制御……という何十回とループする魔法を、五十里は安定的に発動する。
「現時点では、この実験機を動かし続けるために高ランクの魔法師が必要ですが、エネルギー回収効率の向上と設置型魔法による代替で、いずれは点火に魔法師を必要とするだけの重力制御魔法式核融合炉が実現できると確信します」
鈴音がこう締め括ると同時に、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。重力制御型熱核融合炉が技術的に不可能であるとされているのは、重力制御魔法の対象である質量が核融合反応中に少しずつ減少して行くことが理由だ。重力制御魔法は質量を対象とする魔法なのに、その質量が変わってしまう為、すぐに「対象不存在」のエラーで魔法が停止してしまう。故に核融合爆発は可能でも継続的核融合は不可能とされてきた。
それを、クローン力制御魔法の併用によって重力制御魔法の必要強度を下げ、継続的核融合反応へのこだわりを捨て断続的核融合反応を新技術「ループ・キャスト」により実現したアイデアの素晴らしさに、聴衆は惜しみない称賛を送った。
終了後、竜也はリーナと共に平河の護衛を兼務する形で片付けを手伝っていた。
運命の刻が、確実に迫りつつあった。
次回は「動乱、幕を開ける」です。