それから2時間後。
光宣はその男の前に立っていた。
「予定通り、大亜連合と手を結んできました」
「ご苦労だった。それで、奴らはこちらの要求を何と言っていた?」
男は光宣に振り返ろうとせず、背中を向けたままパソコンをいじっている。
光宣はそんな男に特に不機嫌になることもなく、淡々と続ける。
「応じると言ってました。聖遺物(レリック)については、奴らも興味があるみたいで」
「そうか……」
「ただしあいつら、あまり信用できる奴らとは僕には思えませんでしたけどね。奴ら、僕を尾行しようとしましたから、パレードでまいてやりましたよ」
すると、男が小さく笑った。
「光宣。奴らが信用できようができまいが、別にそんなことはどうでもいい。要は、俺が必要な時に働いて結果を出してくれたらいいんだ」
「そういうものですかね……」
「そういうものだ。奴らが心から信用を置けないのは最初から分かり切っている。俺としては、奴らが言うとおりに動いてくれるなら、後はどうでもいいことだ」
「はあ……竜也さんのそういうところ……全く恐ろしいですね」
光宣が目の前にいる1歳上の主、あるいは友人ともいうべき竜也に、そう告げる。
「それが竜也のすごいところよ。光宣」
と言いながらコーヒーを運んできたのは、ハトコのリーナだった。
光宣がコーヒーの入ったカップを手に取る。
そして、竜也の前にもコーヒーの入ったカップを置く。
「だからこそ、この若さでスターズの総隊長であり、世界最強の魔法師でもあるんだから」
リーナが自分の相棒を賛美しながら、自らもコーヒーに口をつける。
「まあそうだが……で、竜也さん。レリックを解析したら、奴らにもその技術は供与する気ですか?」
「そんなつもりはない……このレリックが解析できたなら、それは俺の夢の手掛かりになるからな……まあ、あいつらにレリックを解析する力なんかない。せいぜい、レリックを国防軍から奪うための道化を演じてもらうだけさ」
そして、竜也が冷酷な笑みを浮かべた。
ここで話を整理しておく。
九島光宣(名乗る場合は工藤光宣)と大黒竜也は旧知の仲である。
もともと竜也が九島烈に拾われて庇護された時、烈の紹介で二人は知り合った。
九島光宣……出生はとても複雑で、遺伝子上の父親が真言、母親が藤林家当主に嫁いだ真言の末の妹という実の兄妹を掛け合わせて生み出された調整体であった。そのため、稀代の魔法力を手に入れるも代償として1年の4分の1を病床で過ごす体を負ってしまい、一人前の魔法師としては欠陥を背負っていた。強すぎるサイオンの活動に器であるサイオン体が耐えられず、損傷と修復を繰り返していることが原因と診断され、才能を発揮できない自分の体に苦しめられていたのである。
ある意味、一族から排除された竜也と似た境遇の持ち主だったと言えるかもしれない。
そんな二人はすぐに仲が良くなった。烈としても、同年代の友人がいない光宣の心を癒すという意味で引き合わせていたから、これは孫のためにも良かったと喜んだ。
そのためだろうか。人は出会いにより変わるものだろうか。
あれだけ病気に苦しめられていた光宣の身体が、竜也と出会ってから快方へと向かいだしたのだ。勿論、竜也自身も光宣の身体を改善するために尽力した。
そして光宣は竜也と出会ってから2年後には、すっかり健康を取り戻した。
二人は親友になった。いや、光宣にとって竜也は自分の世界を変え、救った存在であった。
そのため、竜也が四葉の追跡を逃れるために渡米する際には、光宣はついてゆくと言い出したほどだった。
だが、祖父の烈や父の真言がそれを認めるわけもない。
光宣は竜也と別れてから、魔法の修練も、体術の鍛錬もこなしてきた。そのため、今では竜也には劣るがリーナに匹敵するまでの魔法師となっている。
竜也が潜入任務のために日本に戻ってきた時、光宣は喜んだ。また一緒に行動できるからだ。
竜也としても光宣に協力してもらうのは望むところだった。自分の計画には何としても有能な手足が欲しい。光宣ならその手足に十分すぎる逸材である。
竜也は、光宣を使って大亜連合のブローカーを務めている横浜中華街の人気料理店のオーナーを表向きの顔とする周公瑾に近づかせた。
そして、大亜連合軍の軍人である陳祥山と手を結んだ。これは、四葉を倒すために必要な布石をかねている。
そして今回は、大亜連合軍に表向きは動いてもらうつもりだった。
竜也は、軍の経理データからレリックの存在を知った。
さすがに驚いたが、自分の夢に大きく前進できると喜んだ。
レリック……聖遺物と言われるこれは、人工的な合成が不可能な代物である。たとえ現代の科学技術を使っても。
だが、このレリックには魔法式を保存する機能がある。それが事実なら、魔法の自動化や半永久的な魔法装置も夢では無くなる。魔法師のいない部隊に魔法兵器を配備することも可能になる。瓊勾玉を大量に複製するのことができたなら、魔法兵器の大量配備が実現するのだ。
そして、竜也には自身の研究テーマである『重力制御魔法式熱核融合炉の実現』も、もしレリックの魔法式の保存が事実であり、技術的に組み込むことが可能ならば最初の起動に魔法師を必要とするだけで、後は保存された魔法式によって稼働が可能になる。魔法の経済的必要性によって地位の向上を目指し、経済活動に必要不可欠なファクターとすることで、魔法師は本当の意味で兵器としての宿命から解放される、竜也の夢が果たせる可能性すらあるのだ。
とはいえ、竜也やリーナが国防軍を襲撃するのは現時点ではまずい。
国防軍を恐れているのではない。
国防軍を襲撃して万が一にも自分たちの正体が露見することを恐れているのである。
そこで、四葉を倒すために手を結ぶつもりだった大亜連合の軍人に表舞台で動いてもらう。どうせレリックを奴らが奪っても、解析できる技術者などいないからだ。
数日後に国防軍はレリックを解析するために、これを仮説上の存在だった「基本コード」の一つである「加重系統プラスコード」を発見した天才技術者である吉祥寺真紅郎のいる石川県に送ろうとしている情報を竜也は入手した。
そして、そこを大亜連合軍の皆さんに襲ってもらい、レリックを奪ってもらうという算段である。
「まあ、まずは大亜連合の皆さんのお手並み、拝見と行こうか」
そして、竜也はリーナが持ってきたコーヒーに口をつけるのであった。
新学期が始まり、第一高校では新しい顔ぶれによる生徒会が発足していた。生徒会長は中条あずさ、副会長は司波深雪、書記は光井ほのか、会計は五十里啓である。
そんな中で、竜也とリーナはいつものように風紀委員の仕事をこなしていた。
そんなある日のこと。竜也とリーナは前風紀委員長・渡辺摩利に呼び出されて風紀委員会本部に来ていた。
「論文コンペの警備の相談ですか?」
「そうだ」
渡辺摩利が、竜也の向かいの椅子に腰を下ろす。
論文コンペ。正確には全国高校生魔法学論文コンペティションといい、これは魔法学、魔法工学の研究成果を大学、企業、研究機関などに向けて発表する場である。九校戦同様、高校生の晴れ舞台の一つと言ってよい。
竜也が言う。
「警備? もしかして風紀委員会が警備を担うのですか?」
「そうだ。まあ警備と言っても会場の警備ではないよ。そっちは魔法協会がプロを手配する」
今年の会場は横浜である。ちなみに会場は横浜、京都が交代に使われるようになっている。
「相談したいのは、チームメンバーの身辺警護とプレゼン用資料と機器の見張りだ。論文コンペには『魔法大学関係者を除き非公開』の貴重な資料が使われるからね。そのことは外部の者にも結構知られている。その所為で時々、コンペの参加メンバーが産学スパイの標的になることがあるのだよ」
「……例えば、ホームサーバーをクラックするとか?」
「いや、所詮は高校生のレベルだからな……スパイと言っても、チンピラが小遣い稼ぎを企むくらいでネットワークに侵入なんて大それた真似をしでかした例は聞かないが……むしろ警戒すべきは、置き引きや引ったくりだ。4年前には、会場へ向かう途中のプレゼンターが襲われて怪我をした例もある。そこで各校では、コンペ開催の前後数週間、参加メンバーに護衛をつけるようになったんだ。無論、当校も護衛をつけている。護衛のメンバーは風紀委員会と部活連執行部から選ばれているが、具体的に誰が誰をガードするかについては当人の意思が尊重される」
すると、竜也の隣にいた五十里啓に抱き着きながら、
「啓はあたしが守ってあげるから!」
と、婚約者の千代田花音がラブラブ全開で言う。
「……この通り、五十里は全く問題ない……」
と、半ばそのラブラブぶりに呆れながら渡辺が言う。
「市原には服部と桐原がつく。問題は平河なんだが……」
今年のコンペには、市原鈴音、五十里啓、そして平河小春の3人が出場することになっている。
そして、平河は九校戦の時に無頭竜の妨害で危ういところを竜也に助けられた小早川景子のエンジニアを務めていた。
それ以来、平河小春は竜也と親しくなっていた。竜也自身は単純に人助けをしたつもりだが、彼女にとっては自分が助けてもらったと思っている。
もしあのまま、小早川が落下して魔法不信に陥って摩法師としてドロップアウトしていたら、自分はエンジニアとしての責任に押しつぶされていたと思っている。だから、竜也には感謝してもしきれないと思っているのだ。
「決まっていないんですか?」
「ああ。そこでなんだが、竜也くん。それにリーナ。君たちで平河の護衛をしてくれないか?」
「……自分たちが、ですか?」
「そうだ」
すると、竜也は平河を見つめる。
平河は顔を赤くしながらうつむいた。そして、
「わかりました。自分でよければ護衛につかせていただきます」
「ありがとう! 竜也くん!」
それに嬉しそうにしながら、竜也の手をとって感謝を示す平河。
そしてそれを不機嫌に見つめるリーナがいたのは、いつものお約束であった。
次回は「レリック奪取」です。