復讐の劣等生   作:ミスト2世

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横浜への序曲

 2095年。10月上旬。

 そろそろ冬に入ろうという頃である。

 場所は横浜山下埠頭。

 ここで、ひとつの事件が発生していた。

 密入国者と警察の争いである。

 

「警部、船を抑えましょうッ!」

「え、俺が?」

「つべこべ言わないッ!」

「分かった分かった。じゃあ稲垣くん。船を止めてくれ」

「……自分では沈めることになるかもしれませんよ?」

「構わないよ。責任は課長が取るだろう」

「……責任は俺が取る、とは仰らないですね」

 そして、稲垣と呼ばれた部下の刑事は肩を落としながらもリボルバーにケースレス弾を再装填する。その手つきに淀みはない。武装一体型CAD。リボルバー拳銃型武装デバイスのグリップに組み込んだ特化型CADの本体が起動式を展開する。引き金を引くと同時に、魔法式が作動。移動・加重系複合魔法により軌道を固定し貫通力を増大させたメタルジャケット弾が魔法式の設定した通りの軌跡を描き、離岸する小型船舶の船尾を貫いた。

「お見事」

 部下の見事な行動を横で暢気に賞賛した警部。その手許に持っていた木刀の留め金がパチン、と外れる音がした。これは実は木刀ではなく、仕込み杖である。冷たく光る白刃を手に、惰性で漂い始めた船へ向けて義経の八艘跳びも斯くやとばかりに、警部が跳び移る。そして、着艇と共に振り下ろした刃は、鉄板の船室扉を真っ二つに切り裂いた。

『斬鉄』

刀を鋼と鉄の塊ではなく『刀』という単一概念の存在として定義し、魔法式で設定した斬撃線に沿って動かす移動系魔法。単一概念存在と定義された『刀』はあたかも単分子結晶の刃の様に折れる事も曲がる事も欠ける事もなく、斬撃線に沿ってあらゆる物体を切り裂く百家・千葉一門の秘剣である。

 ちなみに紹介しておくが、警部の名は千葉寿和。エリカの腹違いの兄で10歳上の26歳。

 部下は刑事の稲垣という。ちなみに部下だが、年齢は千葉寿和より上である。

 そして、千葉寿和は再度振り下ろした刃で進入路を確保し、単身、船の中へ斬り込んだ。

 

「お疲れ様です、警部」

 と、稲垣が上司に労いの言葉をかける。それに対し、

「全く、骨折り損とはこの事だよ」

 と、吐き捨てるように言う千葉寿和である。なんと、勇ましく斬り込んだ船の中は、物の見事に蛻もぬけの殻だった。

「水中へ逃れた賊の行方は、まだ掴めていないようです」

「奴らの行く先なんて分かり切っているんだがね」

 年上の部下のもの言いたげな視線に、寿和は肩を竦めて答えながら、中華街の方向を見つめていた。

 

 その日の朝が明けようとする頃。

 横浜中華街。人気中華料理店のオーナーである周公瑾の屋敷に、その密入国者たちが集まっていた。人数にして20人近くだろうか。

「皆様、お疲れさまでした。朝食を用意させております。まずは、着替えておくつろぎを」

 そう言うと、周は深々と頭を下げる。それに対し、

「周先生。ご協力に感謝します」

 と、返答した男がいた。陳祥山。大亜連合軍特殊工作部隊隊長である。

 その隣には、部下の上尉・呂剛虎もいる。

 それに対して、周公瑾は顔を上げようとせず、平伏したままであった。

 陳と呂はその横を通り過ぎてゆく。

 だがその時、周のその端正な顔がわずかに歪んでいたことに、陳らが気づくことはなかった。

 

 陳らが食事を終えて着替えを済ませた後、そこに待っていた客がいた。

 周公瑾から事前に聞かされているので、陳は呂を連れて客が待つ部屋に赴く。

 既に客人はソファに腰を下ろしていた。

 陳はその客人の真向かいに腰を下ろし、呂は陳の後ろに立ったまま控える。

「お待たせした……ほう……お若いとは聞いていたが……君が、我々と手を組みたいというのかね」

「はい」

「何故だ?」

「四葉に恨みがある……それだけですよ」

「ほう……あの『四葉』にか?」

「はい」

「君と我々が組んで、何かメリットはあるのかな?」

「四葉という共通の敵を倒すだけでも、十分なメリットだと思いましたが……」

 すると、端正な顔をした少年に対して、親子ほど年の離れた陳が言う。

「君はひとりだ。それに対し、私は大切な部下の生命を預かる身。悪いが、君ひとりでどれだけの力になるか、助けになるのか現在では未知数でね」

 すると、少年がある物を取り出す。

「ならば、これを差し上げましょう」

 と、懐から一枚のディスクを取り出した。

 陳がそれを受け取る。

「これは?」

「拝見なされればわかりますよ」

 陳が呂にディスクを渡し、呂はそれを別の部下に渡す。数分して、そのディスクを確認した部下が慌てて戻ってきて陳に耳打ちする。

 陳の顔色が変わる。

「飛行デバイスの技術データーだと……ッ」

「お気に召されましたか?」

 端正な容姿をした美少年が、ニッと口許を歪ませながら言う。

 陳が目の前にいる少年を見つめる。それが1分ほどたってから、

「良いだろう。君を我々の協力者としてメリットがある人物と認めよう」

「ありがとうございます」

 少年が頭を下げる。

「ところで少年。まだ、君の名を聞いていなかったな……名は、何という?」

「光宣……工藤光宣といいます」

 下げていた頭を上げた美少年の顔に笑みが浮かんだ。

 ただし、その笑みはどことなく冷酷さが含まれているようにも見えるものだった。




次回は「論文コンペ」です。

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