九校戦が終了してから5日後。
場所は、旧長野県との境に近い旧山梨県の山々に囲まれた狭隘な盆地に存在する地図にも載っていない名も無き小さな村。この村の中央に位置する広い敷地内に複数の離れを持つ一際大きな平屋建ての屋敷である。
ここに、ある一族が集結していた。
理由は当主の命令による招集と会議である。
顔ぶれをあげる。
四葉家現当主・四葉真夜。
その真夜の姪で養女であり次期当主候補筆頭の深雪。
四葉家分家・黒羽家の黒羽亜夜子と弟の文弥。
分家・新発田家当主・新発田理と長男の勝成。
分家・津久葉家当主・冬歌とその長女・夕歌。
それ以外にも椎葉家・真柴家・武倉家・静家などの分家からもそれぞれ一族を構成するメンバーが出席している。
議題は、二つだった。
進行役を務めることになった葉山忠教が言う。
「皆様。このたびはまことにお疲れ様でございます。早速会議に入らせて頂きますが、まずは議題を発表させていただきます」
ここで、葉山が少し間を置いた。
「本日の議題は、黒羽家についてと、アンジェリーナ゠クドウ゠シールズについてでございます」
すると、一族の中から質問が出た。質問したのは、津久葉夕歌である。
「葉山さん。それはどういうことですか? よく考えたら、なぜここに貢のおじさまはいらっしゃらないのかしら?」
「まさにそれでございます。……貢どのは先日、御当主さまの命令でアンジェリーナ゠クドウ゠シールズの監視並びに調査を務めておりましたが、その際に行方不明になっており、未だにその行方はつかめておりません」
すると、分家の中でざわめきが発生した。
黒羽家の子供たちは、そんな中で平静を何とか保っている。
葉山が言う。
「お静かに」
すると、ざわめきが静まった。
「そういうわけで、黒羽家はただ今、当主不在で機能不全になっております。そこで御当主さまは黒羽家を建て直すために、ある案を提案なされております」
「案?」
その言葉に、黒羽の双子が驚く。何も事前に聞いてないからだ。
当主・四葉真夜が言う。
「文弥さん」
「は、はいッ!」
文弥が緊張した表情で答える。
「貴方に、黒羽家を継いでもらいます」
すると、すかさず姉の亜夜子が言う。
「待ってくださいッ。御当主さまッ」
「何かしら? 亜夜子さん」
「文弥に黒羽の当主を継がせるとはどういうことですか? 父は……貢はまだ死んだと決まったわけではありませんッ」
「ですが、黒羽の総力を挙げても貢さんの行方が掴めないのは事実なのです。私はもう、貢さんは死んでいるとしか思えないんですがね……」
「…………ッ」
「それに、あなたには聞いていませんよ。亜夜子さん。あなたは黙っていなさい」
真夜は、亜夜子に好意を抱いていない。むしろ嫌っていると言ってよい。
亜夜子は魔法の特性がわからず、四葉一族から出来損ないとして蔑まれている。それはまるでかつての達也のようだった、と言ってよい。
「文弥さん。どうですか?」
すると、文弥が席から立ちあがった。既に15歳の少年であるが、その容貌はとても幼く見え、少女と間違われても不思議ではないくらいの「男の娘」である。
「御当主さまに恐れながら申し上げます。父の行方がわかるまで、私は当主につけません。また、付けるだけの経験も実力も今の私には欠けていると思います。仮に当主になっても、やっていける自信がありません」
「その点は心配ありません。本家から執事を何人か送りますし、大まかなことは葉山さんを通じて私が指令を出しますから」
「……御当主さまにならばお願いがあります。父の行方がわかるまでは私を黒羽家の当主代行にして、姉に私の補佐をさせるというのは如何でしょうか?」
文弥は、姉の亜夜子が一族の中で孤立を深めているのを知っている。真夜からも好意を持たれていないのも承知している。だから、姉に立場を作りたかった。ましてや姉を庇護していた父がいなくなって姉をかばえるのは自分だけになっている状態なのだ。
「それは認められません。当主代行の件はいいでしょう。ですが、亜夜子さんを補佐役にするのは認めません」
「……なぜですか……ッ!」
文弥が叫ぶように言う。それに対して、真夜が冷徹に言う。
「言わなくても、頭のいい文弥さんならわかっているはず……よね?」
「…………ッ!」
つまり、「出来損ない」だから補佐役という重職は認められない、というわけである。
文弥が真夜に抗弁しようとした。しかし、隣にいた亜夜子が弟に目で合図を送る。
やめなさい、という合図である。
ここで抗弁を続けても、それは文弥と真夜の関係を悪化させるだけであると彼女はいち早く悟ったのだ。
そして、
「……わかりました……」
と、力なく承諾する文弥だった。
だがこの時、真夜は気づいていなかった。
亜夜子と文弥の心に、黒い感情が芽生え始めたことに。
「では、第二の議題・アンジェリーナ゠クドウ゠シールズについてでございます」
すると、また夕歌が質問する。
「葉山さん。確かアンジェリーナ゠クドウ゠シールズとは、九校戦のアイスピラーズ・ブレイクで深雪さんを破った女子高生だったわよね?」
「左様でございます」
「その女性がなぜ、議題になるのかしら?」
「これより、それを説明いたします」
そして、葉山が紙媒体の書類を何枚か机から取った。
「まずはアンジェリーナ゠クドウ゠シールズの素性がわかりましたので、ご報告いたします。クドウ、すなわち彼女は九島家の出身でした」
その言葉に、事前に素性を聞かされていた真夜以外の全員が驚く。
「母親が前当主・九島烈さまの弟君の娘にあたります。つまりアンジェリーナ゠クドウ゠シールズは烈さまの姪の娘ということになります」
「…………」
「そして、彼女はスターズの副隊長でもあります」
「!」
スターズの名を知らない者はいない。世界最強の名をほしいままにするアメリカの特殊部隊なのだから。
「……以上が現時点でわかっている全てでございます」
と、葉山の説明が終わり、葉山が真夜の傍近くにまで下がった。
真夜が言う。
「アンジェリーナ゠クドウ゠シールズは深雪さんを破りました。これは許せることではありません。一族の名にかけて報復をしなければなりません……四葉に匹敵する者など、この世にあってはいけないのですから」
すると、深雪が言う。
「待ってください。お養母さまッ!」
深雪は以前、真夜のことを叔母さまと呼んでいた。しかし養女になってからは、養母(はは)と呼ぶようになっている。
だが、ここは一族全ての目がある場所である。ここで養母呼ばわりはまずかった。私的な場所ではなく、公的な場所なのだ。
「いえ、御当主様。恐れながら申し上げたいのですが」
「よろしいでしょう。何かしら?」
「リーナに……アンジェリーナ゠クドウ゠シールズに報復など、おやめ頂きたいのです」
「なぜ?」
「リーナは私と正々堂々と戦い、そして私は負けたのです。それなのに刺客を送るなど、余りに卑怯すぎますッ」
「卑怯? 戦いとは勝てばいいのよ勝てば。そんな甘いことを言っていると、貴方も私のように女の幸せを知らない体にされてしまうわよ」
「…………ッ」
真夜は12歳の時、少年少女魔法師交流会にて崑崙方院に誘拐され、人体実験の被験体にされ生殖能力を失っている。その経験から、真夜は自家の利益のためならどこか手段を選ばないところがあった。
だが、深雪も言い返す。
「あくまで私が負けたのはルールがある高校生の試合です。実戦で負けたわけではありません。実戦ならば、私が勝っていた可能性は十分にありますッ」
「…………」
「どうかお願いです御当主様。アンジェリーナ゠クドウ゠シールズに対するリベンジはいずれ行ないます。刺客を送るような卑怯な真似だけはおやめください」
そして、深雪が頭を下げる。
深雪は現時点で四葉家次期当主候補筆頭である。であるから、ここで真夜も深雪との関係を悪化させるのは好ましくないと感じた。
すかさず、夕歌も深雪を援護する。
「御当主様。私も深雪さんの意見に賛成です。アンジェリーナ゠クドウ゠シールズに刺客を送り、もし失敗したら我ら一族は九島家を確実に敵に回します。貢さんが行方不明で戦力が落ちている今、そんなことをするのは我が一族を不利な状況に陥れるだけかと愚考いたします」
「……いいでしょう……。ならばアンジェリーナ゠クドウ゠シールズの件は保留にしましょう……ところで深雪さん」
「はい」
「九校戦で第一高校は多くの選手が好成績を収めていたけど、その理由は何かしら?」
「はい。選手の実力の高さと、優れたエンジニアのおかげです」
「エンジニア……そのエンジニアの名は?」
「大黒竜也。第一高校の一年B組です」
「そう……葉山さん」
「かしこまりました」
と、頭を下げる葉山。それだけで、葉山には真夜が何を求めているかがわかるのだ。エンジニアを調べろという意味だということを。
そして、会議は終了した。
次回は「竜也とリーナの夏休み」です。