「小野遥くんをやったのは、君なのかい?」
九重八雲の質問に、大黒竜也が答える。
「ああ……あの女か……だとしたら?」
「悪いが、君に消えてもらわねばならないといけないね」
すると、竜也がニッと笑みを見せた。
「やってみろよ。クソ坊主」
「……懲りないねえ……」
そして、八雲が動いたのをきっかけに、両者の死闘が始まった。
大黒竜也が小野遥を消した理由。それはあの女に秘密を探られたからである。
竜也はリーナを監視していた黒羽貢とその配下を消している。つまり、四葉に喧嘩を売ったも同然なのだ。まだ、自分の正体は知られていないだろうが、いつ、四葉が何をしてくるかわからない。
現時点で仮に四葉と敵対しても、自分の今の実力なら十分に対抗できると思っている。しかし、そうなると心配なのが愛する母・司波深夜のことである。
深夜の身柄は四葉が握っている。その深夜を人質にされたりしたら、竜也でも手出しができなくなる。
そこで、母と真夜のかつての師匠でもあった九島烈に万が一の時の協力を取り付けておこうと、竜也は烈に密かに会いに行った。
そしてそれを、小野遥が見てしまったのである。
小野遥。表向きは第一高校のカウンセラーを務めるこの女性の本当の顔は、警察省公安庁の秘密捜査官。しかも、諜報の世界では『ミズ・ファントム』というコードネームで呼ばれている使い手である。そして、九重八雲の弟子でもあった。
小野遥は今回、師匠である八雲から大黒竜也の動向を見張るように依頼を受けていた。以前、ブランシュの時も八雲から監視の依頼を受けており、その継続のようなものだった。
小野遥の優れた点は、竜也を直接監視しなかったことである。もし、竜也を直接監視していれば、間違いなく竜也に気付かれて報復を受けていただろう。
彼女は竜也に近づく第三者を監察下に置いた。つまり、竜也と接触する人物を監視する事で竜也を調べていった。無頭竜を調べていたのもそのためである。
だが、今回はさすがに相手が悪かった。
監視する相手が大物すぎた。かつての「最高にして最巧」と謳われ、「トリック・スター」の異名をとり、約20年前までは世界最強の魔法師のひとりと目されていた人物。
これは小野遥の諜報能力に問題があったわけではない。相手が悪すぎたのだ。
「達也……話はわかった……協力を惜しむつもりはない……私としても、四葉の強すぎる力は問題だからな……」
「ありがとうございます」
そして、竜也が師匠に頭を下げて退出しようとした時である。
烈が竜也に背中を見せて窓から外を見ながら言う。
「ところで達也……君にしては珍しいミスをしているな……」
「は?」
「鼠に一匹、つけられているみたいだぞ」
その言葉に、竜也が驚いて窓から外を見つめた。
その時、小野遥は大黒竜也と九島烈が会見していることに驚いていた。
(大黒竜也……スターズの総隊長であることまでは調べがついていたけど、まさか老師・九島烈とも関係があったなんて……)
「隠形」に特化したBS魔法師である遥はこの時、烈がいる部屋の窓を見つめていた。この時の両者の会話までは盗聴できていない。さすがに烈がいる部屋にそこまでやるのは彼女でも無理だった。
だが、大黒竜也と九島烈が関係を持っている。これだけでも十分な情報だった。
「早く九重先生に報せないと……」
そして、端末を取り出したその時だった。
「ウッ!」
その端末が一瞬で消えた。驚いて遥が周りを見つめる。そこにいたのは、大黒竜也だった。
「小野遥……」
「大黒竜也……」
遥は直接的な戦闘で竜也にかなわないことは承知している。だから逃げようとした。
懐から閃光弾を取り出して投げつける。
だが、閃光弾自体が発動しなかった。言うまでもなく竜也が分解したからだ。
遥が竜也に背中を見せる。
だが、それは余りに無謀だった。竜也は魔法を使わずとも自己加速術式を使う魔法師と同等、もしくはそれ以上の速さを持つ。一瞬で追いついてしまった。
そして、竜也が言う。
「小野先生……俺の目を誤魔化して監視を続けたその技術……見事でしたよ……公安の犬にしておくのはもったいないくらいですね」
「…………」
「でも、犬は犬らしくしておくべきだった……あなたは少し知り過ぎました……放っておけば、まだまだ知り過ぎることになるでしょう……残念ながら、消えてもらいますよ。小野先生」
それは、まさに閻魔大王の裁きのようだった。
小野遥は抵抗できない。
そして、竜也により跡形も無くこの世から消された。
小野遥という存在そのものが。
八雲は、その動きに正直に驚いていた。
以前の竜也の動きとは違う。
(どういうことだ……まさかこの短期間に、ここまで腕をあげているとは……)
以前なら、ねじ伏せることができるほどの実力差があったはずだが、今はまさに互角でさすがの八雲も油断できない。
そして、両者が距離をとる。
竜也が言う。
「八雲……そんなに小野遥の行方が知りたいか……なら教えてやるよ……あの女は俺が消した……それだけだ……」
「……何故だ……?」
「なぜ? あれは公安の犬だ。放っておけば俺の秘密を次々と調べ上げてしまう……知り過ぎた奴は消す……後腐れがないからな……」
「貴様ッ!」
八雲が顔を真っ赤にして襲いかかる。だが、それこそ竜也が待っていたものである。
「おやおや。お前は以前、俺に言ったよな? 頭に血を昇らせたら勝てるものも勝てないと」
その通りだった。今の八雲は怒りの余り冷静を欠いている。
それに対し、竜也は冷静そのものである。
竜也は怒りで単調になった八雲の攻撃を全てかわしながら、八雲の腹部に渾身の一撃を繰り出した。
「がッ!」
八雲がその一撃に膝をついて地に崩れる。
それを見下ろしながら竜也が言う。
「これで終わりだ、九重八雲ッ!」
と、とどめの一撃を繰り出そうとした。
そのときである。
八雲を助けようと、6人の若い坊主が現れた。八雲の弟子たちである。
「ちッ」
竜也が舌打ちする。急いで八雲に対する一撃を中止して、彼らと距離をとる。
これだけの人数差があると、さすがに分解を使わないといけないか……と思ったときだった。
突然、若い坊主の一人が炎に包まれた。
弟子に支えられていた八雲が背後を見つめる。
そこにいたのは、竜也の相棒であるリーナだった。
勿論、使った魔法がムスペルスヘイムである。
「言ったでしょ竜也……あんたの背中は私が守るって」
「リーナ……」
そして、八雲と弟子たちが挟み撃ちにされた。
さすがの八雲も、自分が不利なことを悟った。
「どうやら……ここまでのようだねえ……悪いけど今回は撤退させてもらうよ」
「逃げられると思うのか?」
竜也が一歩、前に出る。それに合わせてリーナも動く。
「普通なら、それは無理だろうね。でも、僕の弟子たちがこれだけだと思うのかい?」
「ッ!」
ここは地下駐車場である。だから、車が来てもおかしくはない。
だが、その車が竜也めがけて暴走して来ることは別である。
慌てて、竜也が避ける。
そしてその隙に、
「師匠、おはやくッ!」
と、別の車に八雲を押し込んで逃走しようとする彼ら。
リーナが逃がさないとばかりにムスペルスヘイムを放とうとするが、
「リーナ、避けろッ!」
なんと、リーナの背後からも、別の暴走車が襲いかかってきた。
リーナが慌ててそれを避ける。
そしてその隙に、八雲たちはそこから脱出した。
その際、八雲は一言残している。
「竜也くん……小野遥くんを殺した報い……必ずや受けてもらうよ……必ずね」
次回は「九校戦始末記 その4」です。