「お断りしますッ!」
大黒竜也の第一声は、それであった。
竜也が断るのは理由がある。
竜也ほどの実力者が力を出せば、確かに優勝はできる。
ただし、その過程で自分の実力を発揮したら、そしてそれを四葉に察知されたら、間違いなく自分の正体は露見する。
それでは困るのだ。
それにモノリス・コードは3人1組のチーム戦である。
相棒のリーナならともかく、自分は他のメンバーの性格・性質を知らない。
そんな状況では自分ひとりが無双しなければ勝てなくなる。
つまり、実力を発揮できないまま、戦場に連れていかれるようなものなのだ。
それに、勝ち進めばいずれは一条将輝とあたる。
さすがの竜也でも、一条相手には低スペックのまま勝てる自信は無かった。
「会長、私はスタッフですよ。それに怪我でも選手の交代は認められていないはずです」
「それは特例で了承されました」
「……ッ。ならば、なぜ自分を指名するのですか? 自分はエンジニアです。他の選手を代役に立てれば事足りるはずです」
すると、
「一年生の男子の中で、実力がありそうなのは竜也くんだと思ったから……」
続いて、親友の渡辺摩利も言う。
「他の選手が、あのクリムゾン・プリンスに勝てると思うか?」
(無理だろうな……だが、俺にはそんなことはどうでもいい)
と、心の中で思いながら、平然と言い返す。
「さあ、それはやってみないとわからないでしょう。それにその言葉は逆を言えば、先輩たちが1年男子の実力を信じていないことにもなるんですが、よろしいのですか?」
「…………ッ」
竜也の切り返しに、真由美も摩利も詰まる。
摩利の今の一言は確かにまずい。つまり第一高校の幹部たちは今の1年生男子の実力を全く信頼していないことになるからだ。
だが、思いもよらない横槍が入る。
「そうだ。俺たちは残った一年生男子メンバーの実力を信頼していない。お前を除いてな」
そう言いだしたのは、十文字克人である。
「あの一条相手に、他の奴らでは蹴散らされるのは目に見えている。だから俺と七草、渡辺は実力があるお前を選んだ。それだけのことだ」
「…………」
竜也はうなった。まさかここまで堂々と1年生男子に対する不信任を口にするとは思わなかったからだ。
(のちのち、しこりが残ったらどうするつもりなんだ……)
と、心の中で思いながらも言い返す。
「お前は既に代表チームの一員だ。そしてチームリーダーである七草はお前を代役として選んだ。メンバーである以上、リーダーの決断に逆らうことは許されない。その決断に問題があると判断したなら我々が止める。だが誰もお前の指名に異議を唱えなかった。ならばお前には義務を果たしてもらう」
「…………」
(……義務を果たせだと……つべこべ言わずに出ろと言ってるのと同じだろうが……くそッ!)
竜也が言う。
「……考える時間を下さい……」
「いや、この場で決めろ」
「できません。いきなりこのようなことを言われて、それは無理というものです。強制するのであれば、私は辞退します」
「……いいだろう……。2時間後に、またこの部屋に来てもらう。いいな」
「わかりました……」
そして、一礼して竜也はその場を去った。
黒羽貢。
四葉真夜の従弟にあたり、工作・情報収集・諜報などを担当するエージェントのひとりであるこの男が今、当主の命令を受けてホテルの外からアンジェリーナ=クドウ=シールズの監視を行なっていた。
そこに、腹心から報告が入る。
「ボス。ターゲットの部屋に男がやって来ました」
「男? 誰だ」
「大黒竜也といい、彼女のクラスメイトらしいです」
「そうか……」
そして、貢が男の顔を見ようと、望遠レンズを覗き込んだ。
竜也はリーナに愚痴をこぼしていた。
「で、どうするのよ?」
「どうするもこうするもない。俺の正体が今知られるのはまずい。断るしかない」
「だけど、十文字克人はあんたを以前から疑いの目で見ているわ。ここで拒否したらますますあんたに対する警戒を強めるでしょうね」
「そんなことは問題じゃない。俺の計画を実行するまでは俺の正体を知られるわけにはいかない。それは、お前にもわかっているだろう」
「……なら、出場は辞退するのね」
「ああ……そのつもり……」
その時、竜也はホテルの窓から景色を見下ろした。
ここは6階であるため、地上に誰がいようと目視だけでわかるはずはない。が、
「リーナ」
「ええ」
そして、リーナが動き出した。
貢は工作を担当しているから読唇術もお手のものである。
貢は、竜也とリーナの唇の動きから全ての言葉を読んでいた。
(正体……計画……何を言っている……?)
(……あの男……昔……どこかで見たような……)
そのときだった。
「ぐわあああああッ!」
部下の悲鳴であった。
「どうしたッ?」
「ひとり、やられました」
部下から通信が入る。
「なんだと? 誰にやられたッ?」
「わ、わかりません。突然、俺の隣から消えたとしか……わああああッ」
そして、その部下からも通信が不能になった。
「散れッ!」
貢は咄嗟に危機感を感じて、残った部下を散開させた。
だが、部下は次々と灰になって消えてゆく。
そして貢ひとりになった。
「くそッ!」
貢にはわけがわからない。
だが、長年培ってきた勘から、ここは逃げるしかないと判断して逃走を開始した。
ちなみに、貢の部下たちをあっという間に消したのは、言うまでもなくトライデント。竜也の魔法師の肉体を一切の抵抗も許さず消し去る魔法である。
逃走していた貢の前に、立ちふさがる人物がいた。
「なッ!」
そこにいたのは、自分が監視対象にしていたアンジェリーナ=クドウ=シールズであった。
(馬鹿な……彼女はさっきまでホテルにいたはず……どうしてそれがここにいる?)
貢はそれが、リーナの魔法である仮装行列だと気づけなかった。
そして、その行動停止が命取りになった。
「ぐッ!」
貢の右足が消され、貢はバランスを保てなくなって地面に倒れる。
そしてそこに、茶髪に眼鏡をしている青年が現れた。隣にはリーナもいる。
「お前は……」
「久しぶりだな……黒羽貢」
「何?」
貢は、青年の顔を改めて見つめる。……どうしても思い出せない。
「なんだ。思い出せないのか……冷たいねえ……俺をガキの頃から厄介者のように扱っていた男にしては」
「な、なんだと……?」
そして、貢はようやく思い出した。
「お、お前はまさか……し……ぐッ!」
その瞬間、貢は首を竜也に締め上げられた。
そのため、しゃべれなくなる。
「そうだよ。思い出したようだな……そして、お前は秘密を知ってしまった……秘密を知った以上、お前には消えてもらう。秘密とは、秘密を知っている者を消せれば、また秘密として保てるからな」
「ぐ……ッ」
貢が必死に抵抗する。
だが、竜也の締め上げる力はそれ以上だった。
そして、鈍い音がした。
貢の首があらぬ方向を向いている。
貢の身体が、地面にドサッと倒れた。
それを無表情で眺める竜也とリーナ。
そして、
「すまない。嫌なところを見せたな。リーナ」
「いいえ。言ったでしょ。あんたの相棒をする以上、私は汚いことをするのも覚悟してるって」
「すまない……」
そして言う。
「ならば、俺は今から第一高校の幹部の下へ行き、モノリス・コード出場を辞退して来る」
「……今まで得た信頼も、水の泡ね……」
「やむを得ない。俺の正体を知られるのは、まだ早いからな」
それから竜也は、モノリス・コードへの出場を辞退した。
その際に十文字から激しい抗議を受けたが、やむを得なかった。
ただし、竜也はその際に自分に代わる代役を推薦している。
それは、3人の友人である十三束鋼、吉田幹比古、西条レオンハルトである。
この3人で、第一高校はモノリス・コードに立ち向かう事になったのであった。
次回は「モノリス・コード」を予定しています。