「かんぱーい!」
リーナの優勝に、竜也にエリカ、レオ、美月、幹比古、雫、ほのかなどがリーナの部屋に集まってさわやかな会合が開かれていたその頃。
お通夜のように静まり返っているところがあった。
まずは、同じホテル内の高級士官用の部屋。
「それで、深雪くんの様子は?」
独立魔装大隊少佐・風間玄信が尋ねる。それに対し、
「はい。敗戦のショックで寝込んでいるらしいです。水波くんが付き添っているので心配はないかと」
と、答えるのは、大尉の真田繁留である。
「そうか……それにしても、あの深雪くんが敗れるとはな……アンジェリーナ゠クドウ゠シールズ、いったい、何者だ……!?」
「深雪くんを凌ぐ魔法力を持っている以上、只者ではないことは確かでしょうね」
応じたのは部下の大尉・柳連である。
「だろうな……藤林、彼女の素性はわかったのか?」
「…………」
「おい、藤林?」
「…………」
「藤林ッ!」
「あ、はいッ!」
と、慌てて答えたのは、少尉の藤林響子である。
「はいではない。どうしたんだ? 藤林」
「いえ……何でもありません……」
「……そうか……で、彼女の素性はわかったのか?」
「……彼女……?」
「アンジェリーナ゠クドウ゠シールズのだ!」
「あ、はい……調べてみましたが……パーソナルデーターを見た限りでは……一般人でした……」
「それは表向きのパーソナルデーターだろう。私が言っているのは、電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)として調べた結果を聞いている」
「……いいえ。それで調べても、彼女はやはり、一般人の出自でした……特におかしいところは、ありません……」
「……そうか……」
そして、風間は柳や真田に視線を移して話を続ける。
この時、独立魔装大隊にとって深雪が敗北したことは大きな意味を持っていた。独立魔装大隊にとって、深雪は欠かすことのできない戦力である。それが敗れたのだから慌てるのは当然である。たとえ高校生のお遊びであるとしても。
そして藤林は心の中で罪悪感にとらわれていた。藤林はリーナを知っている。何故なら、彼女のはとこにあたるからで、当然面識もある。そして、スターズに所属していることも知っている。
だが、それを風間には言えない。何故なら祖父・九島烈から一族の機密扱いにされているからだ。彼女にとって祖父の命令は絶対である。だから言えないのだ。一族の利益のためにも。
そのため、罪悪感に苦しめられ、動揺を何とか押し隠そうとする藤林であった。
同じ頃。
旧長野県との境に近い旧山梨県の山々に囲まれた狭隘な盆地に存在する地図にも載っていない名も無き小さな村。
この村の中央に位置する広い敷地内に複数の離れを持つ一際大きな平屋建ての屋敷、これが四葉家の本邸である。外見は伝統的な日本家屋だが、内装は無節操な和洋混在している。
この屋敷の主人であり四葉家の当主である四葉真夜は、執事長にして自らの最側近である葉山忠教から報告を受けていた。
彼女の右手には、紙による報告書が数枚握られている。
「深雪が敗れた……。その深雪を破ったという少女の名は?」
「アンジェリーナ゠クドウ゠シールズです」
「素性は?」
「今のところは、その報告書にある限りはわかっておりません」
「あの深雪を破った……高校生のお遊びとはいえ、それが何を意味しているのかわかっているはずよ、葉山さんは」
「…………」
「深雪を破った少女が、ただの一般人だと思ってるの?」
「…………」
「まあいいわ。おっつけ、新しい報告が届くでしょう。それを待つとしましょうか」
「……はい……」
「それと、亜夜子さんと文弥さんを深雪の下に送りなさい。深雪の気持ちを立て直させる必要があります」
「承知いたしました」
「あと、貢さんにアンジェリーナ゠クドウ゠シールズの素性を改めて調べさせなさい」
「はい」
「……我が四葉の力を脅かす者……それは我が四葉に仇なすのと同じこと。我が四葉がアンタッチャブルと呼ばれる理由は、そこにあるのです」
「…………」
葉山は、頭を真夜に下げたまま、上げようとはしなかった。
……この小さな勝利が、後に大変な事態を招くことになろうとは、この時は真夜も竜也も気づいてはいなかった……。
新人戦四日目。ミラージ・バット。
第一高校からは光井ほのかと里見スバルが出場する。
この競技はエンジニアの調整力こそが勝利の鍵になる。勿論、言うまでもなく、ほのかもスバルも勝利して決勝へ駒を進めた。そして決勝でも優位は変わらず、優勝はほのか、準優勝がスバルと第一高校が優勝と準優勝を独占する形で終了した。
この時から、第一高校のエンジニアに第三高校以外の面々も嫉妬や怒り、あるいは興味を抱くようになっていった。
さて、モノリス・コード。
この競技には、森崎駿が出場する。
相手はこれまで勝ち星のない四高であるから、森崎でも勝利するだろう。この時は第一高校の誰もがそう思っていた。
そう、『事故』が起きるまでは。
「何があったんですか?」
竜也がリーナと共に駆けつけ、その質問に苦渋の色をにじませる生徒会長・七草真由美が答える。
「二試合目、市街地ステージで、試合開始直後に森崎くんたちが破城槌を受けたのよ」
「…………」
破城槌とは、天井などの面に対し強い加重が掛かった状態に事象を書き換える魔法のことである。
「破城槌は建物の中で使用した場合、殺傷性ランクがAに格上げされます。バトル・ボードの危険走行どころじゃないはず……」
「そうね。ビルの中で受けたから三人とも瓦礫の下敷きよ。全員重傷らしいわ」
「……こうなると競技を中止にすべきとの声もあるのでは?」
「ウチと四高を除いて、競技は今も続行中よ」
「え?」
竜也が驚く。
「今、十文字くんが大会委員会と折衝中よ」
「…………」
そして、その日の夜。
第一高校のミーティングルームに竜也が呼び出されていた。
この場には、七草真由美、市原鈴音、十文字克人、渡辺摩利、中条あずさ、五十里啓、服部刑部などもいる。いわば第一高校の幹部連中である。
まず、真由美が切り出す。
「本日はご苦労様でした。選手の頑張りは勿論ですが、やはり竜也くんのエンジニアとしての功績も大きいと思います」
「ありがとうございます」
「おかげで当校の新人戦は現在一位です。そして二位の三高とのポイント差は50ポイント。モノリス・コードを棄権しても2位以上は確保できました。あとは三高のモノリス・コード次第……とはいえ三高にはあのクリムゾン・プリンスとガーディナル・ジョージが出場します」
「あの二人が組んでトーナメントを取りこぼす可能性は低いわ。だから」
真由美が竜也の両手を握る。
「新人戦準優勝……それで十分だと思っていたのだけど……ここまで来たら新人戦も優勝を目指したいの」
「!」
「だから竜也くん、明日のモノリス・コードに代役として出場してもらえませんか?」
「…………ッ!」
この時、竜也の顔が苦渋の色に染まっていることが、誰の目にも明らかであった。
次回は、「苦渋と決断」を予定しています。