2092年。8月。
司波深夜は、娘の深雪、それに分家の黒羽亜夜子・文弥と共に沖縄にいた。
7年前に愛する我が子と、最も信頼していた側近を一度に失った深夜の衰弱は著しかった。分家の中には深夜の処分を求める声すらあったが、次期当主候補である深雪の母親であり、これ以上に争いを避けたい真夜の思惑もあり、以後は四葉の中枢に口出ししないこと、深雪を自分の養女にすることを条件に許された。
しかし、これを機に深夜は塞ぎ込んだ。
独り言を言ったり、あてもなくふらついたりして、使用人や深雪でさえ困り果てた。
深雪はそんな母親を慰めるため、養母に沖縄に旅行に連れて行くことの許可を求めた。
真夜は認め、ガーディアンに黒羽姉弟を連れて行くことになって、現在に至る。
深雪は内心、今は亡き兄に嫉妬していた。深雪は兄に会ったことが数回しかない。しかも幼い時のため、実は記憶にほとんど残っていない。
一族は、兄のことを「不良品」「できそこない」「恥さらし」と言って蔑んでいる。そして、そんな兄を産んだ母にも冷たい視線が送られていたのを深雪は幼児ながら悟っていた。
だから深雪は母親のために幼い頃から魔法力で並ぶ者のない力を発揮し、一族の誰からも認めさせた。それが母親を救う方法になると思っていたからだ。
母は確かに自分を常に認めてくれる。褒めてくれる。
だが、深雪にはわかっていた。母の本当の愛情ができそこないの兄に向いていることに。
一度、母と兄が二人で部屋で邂逅していたのを、深雪は隠れて見ていたことがある。その時の母の顔は自分に向けるそれより遥かに笑っていた。愛情に溢れていた。楽しそうだった。
(なによ…………なによなによなによッ。あんなできそこないの何処がいいっていうのよッ)
これを機に、深雪の兄に対する憎しみが生まれた。いや、その憎しみはひょっとすると母にも向いていたかもしれない。
兄が死んだと聞かされた時、深雪には悲しみはなかった。
むしろ喜んだかもしれない。
だがその後、叔母から母親を処罰すると聞かされ、深雪は驚いた。理由はあのできそこないを庇おうと当主である叔母に逆らおうとしたから。深雪は叔母に必死に母を許してくれるよう嘆願した。そして、それが認められた。
深雪はこの時になって、兄が亡き今は、母は私を一身に愛してくれる、私にもあの笑顔を向けてくれると期待した。
だが、それはかなわなかった。
母はすっかり憔悴し、兄や側近だった反逆者の女性の名前を口ずさむ日々。
そんな母を見て、深雪は亡き兄に対する憎悪を一段と燃やすようになり、そして亡き兄を超えんと魔法力ばかりではなく、戦闘訓練すら受けるようになった。
さて、話を戻そう。
沖縄の8月は暑い。体がすっかり弱っていた深夜は、日傘がなければ外出さえままならない。
そんな中での8月11日だった。事件が起こったのは。
…………。
その日、沖縄にある情報機器の全てから、緊急警報が流れた。そして国防軍により、大亜連合軍が侵攻して来たことが聞かされる。
深雪たちは直ちに、国防軍の基地に避難することになった。
だが、そこで待っていたのは。
国防軍内で裏切りが起こり、それに巻き込まれてマシンガンの掃射で撃たれる、というものだった。
それより後は、何も覚えていない。
確かにあの時撃たれたはずなのに。
深雪も、深夜も、黒羽姉弟も、みんな無傷で生きていた。
いや、あの時わずかに見たものがある。
白銀の色の髪をした何かを。
一体、何だったのかあれは。
同じ時。
沖縄の戦場で、異変が起き始めていた。
大亜連合は沖縄周辺の制海権を掌握し、那覇から名護までの間で内通したゲリラの活動もあり、圧倒的に有利な状況を作り出していた。
あと少しで、沖縄の中枢を占拠するはずだった。
なのに。
(なんなんだ…………なんなんだよ、あれはッ)
その状況がひっくり返される悪夢が、始まろうとしていた。
今回はここまでです。相変わらずの駄作ですが、よろしくお願いします。
次回は、「オキナワ その2」を予定しています。