雫の快進撃が続いた。
準決勝で強敵である第三高校の十七夜栞と当たったが、大黒竜也の作戦を容れて見事に逆転勝利した。その結果、雫は新人戦女子スピード・シューティングで優勝。2位と3位は明智英美と里美スバルという第一高校メンバーが総なめという形になった。
十七夜栞は三位決定戦ではあり得ないミスを連発し、その結果、4位に終わった。
これは選手の力もあるが、やはり最大の要因はエンジニアである竜也の貢献が大きい。そのため、第一高校陣営では竜也に対する賞賛の声に沸いていた。
それに対し、竜也は
「ありがとうございます」
と、誇るでもなく平然と応じていた。が、市原鈴音の言葉には、さすがに反応せざるを得なかったようだ。
「特に北山さんが使用した魔法は、魔法大学から『インデックス』に正式採用したいとの打診が来ています」
「えッ!?」
真由美や雫は驚き、摩利は絶句した。それも無理はない。
インデックス-正式名称は「国立魔法大学編纂・魔法大全・固有名称インデックス」という。魔法の固有名称の一覧表で、インデックスへの採用は新魔法として正式に認められることを指し、研究者が目指す名誉のひとつである。当然、これを得ることは大学生や研究生ですら並大抵の努力では無理なのだ。なのに、それを一介の高校生が、成し遂げてしまった。
「そうですか……」
竜也はあまり嬉しくなさそうに言う。
「開発者の問い合わせには北山さんの名前を回答しておいてください」
それを聞いて、雫が驚く。
「そんな! だめだよッ!あれは竜也さんのオリジナルなのにッ!」
「開発者の名前に魔法を使用した雫の名前が出るのは当たり前だろ? あれは雫のために用意したもので、俺には使えない。自分で使いこなせない魔法を開発したなんて恥を俺はさらしたくない」
「でも……」
「頼む雫。その代わり、お前が言っていた北山家雇用の件、考えてもいいから」
「!」
それを聞いて、雫がうれしそうな顔になる。そして、
「……分かった」
と、返答して受け入れたのであった。
「とにかく幸先良いスタートを切ったから、この調子で頼むわね、竜也くん」
「はい」
生徒会長・七草真由美の言葉に竜也は頭を下げて答えたのである。
竜也がインデックスに採用されるのを断ったのには、理由がある。
インデックスで採用されれば、当然、自分の素性を探られる。
竜也のパーソナルデータは九島烈により改竄されているため、すぐに素性がばれたりはしないだろうが、四葉の情報力は侮れない。
インデックスに名を連ねるほどのエンジニアとなれば、四葉はどのような素性の人物かと探りを絶対に入れる。そうなれば困るのだ。
(今はまだ……正体を探られるわけにはいかない……少なくとも母上を助け出すまでは……)
竜也にとって、復讐のために障害になることは少しでも避けておく必要がある。これはそのひとつなのだ。
だが、竜也の秀でた才能は、彼の思惑と関係することなく注目の的になっていくのは避けられないのであった。
こちらは第三高校のミーティングルームである。
「まさか、十七夜が負けるなんて……」
「負けたことをあれこれ言ってもしかたがない。それよりも対策を考えなければならないことがある」
第三高校の主将・一条将輝の言葉に全員が改まる。
「確かに優勝した北山って子の魔法力は卓越していた……さすがは、十師族に劣らない魔法師と呼ばれた鳴瀬紅音の娘だとしかいいようがない……だが……一高の二位と三位の選手と十七夜の間にそんなに実力差は無かった。いくら準決勝で敗れて動揺していたとしても上位を独占されることにはならなかったはずだ。つまり、個人技能によるものじゃないとしたら、他に要因がある」
「それは……?」
一条が相棒のジョージこと吉祥寺真紅郎に言葉を譲る。
「エンジニア……だね。相当な凄腕だったんじゃないかな?」
「ジョージ、あの優勝選手のデバイス、気が付いたか?」
「うん、あれは汎用型だったね」
「えッ?」
三高メンバーが一斉に驚く。
「そんな……だって照準補助がついていましたよ」
「どのメーカーのカタログだってそんなの見たことないぜ」
ざわめくメンバーに対し、腕を組んで黙したままの一条が言う。
「商品化はされていないが実例はある」
ジョージが続ける。
「去年の夏にドイツのデュッセンドルフで発表された発表された新技術だよ」
「そんな技術がもう実用ベースに?」
「うん。でも公表された試作品は実用に耐えうるレベルじゃなかったはずだ。と言っても、発表されたのは本当に照準補助と汎用型を繋げただけの物で、実用に耐えるレベルじゃなかったけど」
「しかし特化型にも劣らぬ速度と制度で系統の異なる起動式を処理するものだった・それがエンジニアの腕で実用されているのだとしたら到底、高校生のレベルじゃない。一種の化物だ。デバイス面で2、3世代分のハンデを背負ってると考えて望むべきだ」
「…………」
三高メンバーは、高校生の中でも最強と謳われる一条にそこまで言わせる相手が敵にいることを知り、重苦しい雰囲気に包まれざるを得なかった。
その日の午後。
光井ほのかのバトル・ボード戦。
この時も、竜也の作戦が炸裂している。
ほのかのCADに竜也は光学系の魔法がたくさん用意させた。それは何故か?
試合開始のと同時に、ほのかは光学魔法を放ち、それにより眩い閃光が水面に反射した。光に視界を遮られた他校の選手がバランスを崩した隙に、ほのかはスタートを切った。
これにより、試合はほのかの圧勝。
(まあ……魔法の使い方は工夫次第と言われた閣下の言葉を実現させてみただけだがな……)
そして試合終了後。
「予選を突破できたのは竜也さんのおかげですッ!」
と言って泣きながら竜也の胸にアタックしてきたほのか。それを不機嫌そうに見つめるリーナがいたのはお約束であった。
そしてますます、周囲からの信頼を得ていく竜也が、そこにいた。
その日の夜。
竜也は、端末から報告を聞いていた。
報告しているのは、後方支援を担当しているシルヴィア・マーキュリー・ファーストである。
この場にはリーナもいる。
「そうか……香港系の犯罪シンジケート・無頭竜(NO HEAD DRAGON)がやはり暗躍していたか……」
「はい」
「それで、奴らのアジトは?」
「横浜・中華街です……それからあの……」
「どうした?」
「はい。実は、我々の他に、無頭竜を調べている勢力がいるようです」
「我々以外……にか……」
竜也は腕を組んで目を閉じた。そして、
「そいつらのことをすぐに確認してくれ。できるだけ早急にだ」
「わかりました。それでは失礼します」
そして、シルヴィアからの通信が切れた。
リーナが言う。
「私たち以外にNO HEAD DRAGONを探っている奴ら……何者かしらね?」
「たぶん、あいつだろ」
「あいつって……」
「九重八雲」
「!」
「あいつは俺の素性を知っていた。リーナ、たぶんお前も見抜かれている。今回も俺たちの動き次第で、あいつは出てくるはずだ」
「…………」
竜也はリーナに背中を見せたまま、ホテルの窓から夜景を眺めている。
リーナが言う。
「仮にそうだったら……竜也、勝ち目はあるの?」
「負けるつもりはない……同じ相手に二度もな……」
この時、竜也が握りしめた拳から血が滴り落ちていた。
「それよりリーナ。明日はいよいよお前の出番だ」
「わかってるわよ。負けないわよ私は」
「ああ。お前なら、きっと勝てる」
そして、夜が過ぎていった。
次回は「アイスピラーズ・ブレイク」を予定しています。