渡辺摩利が目を開けた時、最初に視界に入ったのは天井であった。
「う……ん……」
「摩利ッ! 気が付いた?」
「ここは……病院か?」
「ええ。裾野基地の病院よ。よかった……」
起き上がろうとする摩利。それに対して真由美は、
「待って。一日は安静にしておくようにとの診断よ。おとなしくしてて」
と、押しとどめる。
「全治はどれくらいだ?」
「医師は3日もあれば大丈夫って言ってたわ」
「そうか……なら、ミラージ・バットには間に合うな」
「ええ。でも3日間は大人しくしててよ」
「……わかった……それで、レースはどうなったんだ?」
「七高は危険走行で失格。決勝は三高と九高よ。うちは二高と三位決定戦よ」
「そうか……」
悔しそうにシーツを握りしめる摩利。そんな親友に真由美が言う。
「……ねえ摩利。あの時、貴女、第三者から魔法による妨害を受けなかった?」
「……確かに、ボードが沈み込む直前、足元から不自然な揺らぎを感じたが……」
「そう。あの時、貴女の足元には魔法特有の不連続性があった。だけど貴女も七高の選手もそんな魔法を使っていなかった。だとしたら残る可能性は第三者による魔法。これは竜也くんも同意見よ」
すると、摩利の顔色が変わる。
「何故、そこでアイツの名が出てくる?」
「貴女が七校の選手と激突して投げ出された時、真っ先に駆けつけて応急処置を施して九校戦スタッフに指示を出したのも、ここまで貴女を運んだのも竜也くんよ」
「な……?」
「ちなみに、貴女を対物障壁でかばったのは竜也くんの指示を受けたリーナさんの魔法によるものらしいわ」
「…………」
「あとで、あの二人にはお礼を言っておかないとね」
「ああ……」
「それと竜也くん、今回の件の水面の解析もしてみるそうよ」
「…………」
改めて、あの後輩たちの行動力の凄さ、判断力や分析力の高さに驚く渡辺摩利であった。それは七草真由美も同じ気持ちだった。
同じ頃。
大黒竜也は、渡辺摩利の事故の解析を進めていた。
この場には、1年年上の五十里啓と千代田花音の婚約者コンビのほか、リーナに司波深雪、桜井水波がいる。全員、竜也の行動の速さに改めて関心を寄せていた。
そして、五十里が竜也のまとめ上げた映像を検証する。
「予想以上に難しいね、これは」
「どういうことなの、啓?」
「花音は知っていると思うけど、会場には不正防止の為に優秀な魔法師が大会委員として各競技場に配置されているし、監視装置も大量に設置されているんだ。それに引っ掛からなかったということは、この水面を陥没させたのは外部からの魔法でや他の選手の魔法ではないし、ましてや自然現象でもない。でも竜也君の解析によると水面を陥没させたのは明らかに魔法によるもの。しかも水中で生じているんだ」
「…………」
愛する婚約者の難しい説明に、花音はついていけなくなる。
代わって、リーナが言う。
「でも、水中でどうやって!?」
「水中に工作員が潜んでいたというのはあり得ない……と思う……大黒くんはどう思ってるの?」
「人間以外の何かが水中に潜んでいた、と考えるのはどうでしょうかね?」
「人間……以外?」
その言葉に、誰もが驚く。そこに、ドアをノックする音がした。
桜井水波が、ドアを開けに行く。そこには竜也の友人である吉田幹比古と柴田美月が立っていた。
「先輩、紹介します。俺の友人で吉田は精霊魔法を得意としている魔法師、柴田は霊子光に対して鋭敏な感受性を有しています」
そして、竜也が両名に経緯を説明する。
「まず美月に聞く。あの事故の時、精霊の活動を見なかったか?」
「ごめんなさい。私、眼鏡を掛けていたから……」
「なら幹比古、お前に聞きたい。精霊魔法で水面を陥没させる遅延発動術式は実現可能か?」
「可能だよ。地脈を通して水の精霊を送り込み、レース開始時間と水面上の人間の接近を発動条件に命令すればいい。ただし、地脈を調べるのに半月は掛かるし、術者の思念が余程強くない限り猫だまし程度にしかならないよ。七高の選手が突っ込んで来なければ事故にはならなかったはずだ」
「七高の選手が突っ込んで来なければ、か……」
そして、竜也は事故の映像を再度見る。
「これを見ろ。七高の選手は最初のカーブで減速しなければならない場面でスピードを落とすどころか逆に加速してしまっている」
「本当だ……こんな単純なミスをする人が選手に選ばれるわけないわッ!」
千代田花音が叫ぶ。
「おそらく七高の選手のCADに細工をされていたんでしょうね」
「!!」
その竜也の一言に、誰もが驚愕した。
「そんなバカな……竜也くん……君は……この九校戦の生徒の中に、裏切り者がいるとでも言いたいのか……?」
「何も生徒とは限りませんよ。大会委員に工作員がいる可能性だってあります」
「…………」
五十里は、改めて目の前にいる後輩の頭脳の回転の速さに驚く。
「でも竜也さん……」
これは、リーナの隣にいた司波深雪である。
「競技用のCADは各校が厳重に保管しているわ。仮に貴方の言う通りだとしたら。大会委員はいつ、どうやって細工をしたというの?」
「CADは必ず競技前に一度、検査の為に大会委員に引き渡されるのを忘れたのか?」
「ッ……」
「だがどういう細工をしたのかは俺にもわからない……それが厄介だ……」
技術者としては超一流の彼をもってしてもわからない細工。それに厄介な気持ちを抱くと同時に興味も抱く竜也が、そこにいた。
九校戦は4日目を迎えた。
この日から1年生が出場する新人戦が始まることになる。
新人戦1日目に行われる種目は、スピード・シューティングとバトル・ボードである。
この時、CADの調整を行なっていたのは大黒竜也である。
「コンディションはどうだ、雫?」
CADの最終調整を行なった竜也が、北山雫に尋ねる。
「ん……万全。……むしろ快適……」
「そうか……それはよかった」
「ねえ竜也さん、やっぱり、ウチで雇われる気はない?」
「……それは光栄だが……お断りする」
「なんで? これだけの腕を持ってて……もったいない。専属じゃなくてもいいし、お金なら用意するから」
雫の実家は、大富豪の北山家である。
「金の問題じゃない。俺はまだライセンスを持ってないし、北山家にはそれなりの魔工師を雇っているはずだろ?」
「そうだけど……竜也さんの調整はウチの魔工師なんかより遥かに優れてるよ……だから……」
すると、竜也は手で話を制する。
「わかった。その話は俺が資格をとってから、改めて話をしよう。今は競技に集中する時だ……違うか、雫?」
「……うん……わかった……でも、考えといてよ……」
「ああ。なら行ってこい。お前の実力を皆に見せてやれ」
「うん!」
撃ち漏らしは一つもなかった。
競技が終了し、結果はパーフェクトだった。
それもそのはず。竜也が発案した能動空中機雷(アクティブ・エアー・マイン)を使っていたからだ。ただし、これは大きな機動式なので、雫の処理能力があってこその魔法である。
とはいえ、この短時間でそんなオリジナル魔法を発案し、そして渡辺摩利の事故の調査と事後処理を行ない、そしてエンジニアとして調整を行なう。まさに八面六臂の大活躍を見せる竜也に、誰もが驚愕と信頼を向けるようになっていったのは、事実であった。
長くなりそうなのでここでいったん終わりにし、次回は「得られていく信頼、その2」にします。
なお、今のところは原作寄りにしてますが、次の横浜から一気に動乱に持ち込みオリジナル展開にしていきますので、これからもお願いします。