あの事故の後、第一高校のバスは無事に九校戦の会場・富士演習場のホテルに到着した。
「では、さっきのあれは事故では無かったのね?」
リーナが竜也とバスを降りて歩調を進めながら話している。
ちなみに事故処理を担当したのは竜也と五十里啓であった。
「あれは事故じゃない。僅かな魔法の痕跡があった」
竜也はリーナのほうに振り向きもせず、前を歩きながら言う。
「魔法式の残留想子も検出されない、高度な技術での魔法発動が3回。タイヤをパンクさせる魔法、車体をスピンさせる魔法、そして車体に斜め上方の力を加える魔法だ。犯人は運転手……つまり、自爆攻撃だ」
「ふ~ん。となると、相手はシルヴィが言っていた奴らかしら、ね……?」
「恐らくは、な。シルヴィアには確認を急げと言っておいた。追々報告は来るだろう」
そして、ホテル内に入ると、そこに思わぬ人物がいた。
「やっほー、竜也くん、リーナ。1週間ぶり、元気してた?」
「エリカ! 何故ここに?」
リーナが驚く。
「あなた、何故ここに?」
「勿論、親友を応援するために決まってるじゃん」
「開会式は明後日よ?」
「だって今日は懇親会でしょ?」
「そうだけど……」
リーナは困惑する。懇親会に参加できるのは九校戦の代表メンバーだけだからだ。
竜也が言う。
「リーナ。俺は機材を運ぶから先に行くぞ。エリカ、また後でな」
「わかったわ」
「えっ、もう……? うん……また後でね」
そこに、
「エリカちゃん! お部屋のキー……って、リーナさん、こんにちは」
「美月、貴女まで来ていたの!? ……なんだか、派手ね……」
駆け寄ってきた美月にリーナはその服装に目をやってから言う。
「そ、そうですか?エリカちゃんが勧めてくれたんですけど……」
不安げに答える美月を見て、リーナがエリカに視線を向けると、口笛を吹く真似をして知らない振りをしていた。
「美月、かわいいとは思うけど……その恰好、派手すぎるわよ」
「や……やっぱり?」
「えーッ、そうかなー?」
「それにそのキー、ここに泊まるの? このホテルは軍の施設でしょ?」
「関係者だし、そこはコネよ」
「さすが、千葉家ね」
千葉家は百家本流の一つで、警察や軍隊とのコネもある。それを利用したというわけである。
「でも、懇親会は関係者以外は入れないはずだけど……?」
「ああ、その点は大丈夫。私たち、関係者だから」
「?」
エリカのその言葉に戸惑うリーナであった。
懇親会会場において。
「お客様、お飲み物は如何ですか?」
竜也に声を掛けてくる女性がいた。
「エリカ?どうしたんだ、その格好」
「アルバイトよ!」
「関係者ってこういうことだったのか」
リーナから聞いていたため、竜也も事情は知っている。ちなみにエリカの恰好はメイドである。
「竜也くん、どう思う?」
「まあ、似合ってるよ」
「ありがと。ミキとは大違いね」
「ミキ……?」
竜也は知らない名前が出てきたため戸惑った。
「あ、そうか。竜也くんは知らなかったんだよね。ちょっと待ってて」
そして、エリカが一人の少年の左手を引っ張りながら戻ってきた。
「はじめまして。僕は吉田幹比古。幹比古と呼んで欲しい」
「俺は大黒竜也だ。俺の事も竜也でいい」
と、互いに自己紹介する。
だがこの時、竜也はひとつの疑問を感じていた。
(吉田……ひょっとして古式魔法の名門・吉田家のことか……? あそこは確か息子が二人いて、どちらも優秀なことで知られていたはず……特に次男は神童と呼ばれていた筈だが何故二科に……)
と、疑問を感じていた。
その間も、あちこちで出会いは始まっていた。
深雪に一目ぼれした一条将輝。その深雪に挨拶を交わす一色愛梨。
三人で楽しく会話を交わす第一高校の三巨頭。
懇親会が中盤を迎えた頃だった。
「これよりご来賓の挨拶に移ります」
と、アナウンスが入る。
「次は魔法師教会理事・九島烈さまより激励の言葉を賜わりたいと思います」
それを聞いて、場が粛然とする。
会場の電気が消える。
そして、しばらくして壇上に電気がともる。
そしてそこにいたのは、
(リーナ……?)
そこにいたのはパーティドレスを纏ったリ―ナであった。その美しさに息を飲む生徒たち。
(なるほど……精神干渉魔法か……)
竜也は即座にそれを見抜いた。
つまり、こういうことである。
リーナの背後には烈が立っている。リーナと言う美少女を立たせて真正面にいる生徒たちの注意をそらすという、些細な魔法、いや手品という程度の物である。
(さすがは閣下……感服いたしました……)
竜也の視線に気づいたのか、リーナの背後に立つ烈が笑みを見せる。竜也は深々と頭を下げる。
そして、烈の耳打ちでリーナが舞台を後にする。
その際、リーナは竜也に目で合図を送り、竜也も目礼でそれを返した。
そして、会場に電気がつく。
烈がマイクを前にして言う。
「まずは悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する。今のは魔法というより手品の類いだ。だが、手品のタネに気づいた者は、私が見たところ五人だけだった。つまり、もし私が君たちの鏖殺を目論むテロリストで、来賓に紛れて毒ガスなり爆弾なりを仕掛けたとしても、それを阻むべく行動を起こすことができたのは5人だけだ、ということだ」
その言葉に、会場にいる生徒のどよめきが発生する。
「魔法を学ぶ若人諸君。魔法とは手段であって、それ自体が目的ではない。私が用いた魔法は規模こそ大きいものの、強度は極めて低い。魔法力の面から見れば、低ランクの魔法でしかない。だが君たちはその弱い魔法に惑わされ、私がこの場に現れると分かっていたにも拘わらず、私を認識できなかった。魔法を磨くことはもちろん大切だ。魔法力を向上させる為の努力は、決して怠ってはならない。しかし、それだけでは不十分だということを肝に銘じてほしい。使い方を誤った大魔法は、使い方を工夫した小魔法に劣るのだ。明後日からの九校戦は、魔法を競う場であり、それ以上に、魔法の使い方を競う場だということを覚えておいてもらいたい。魔法を学ぶ若人諸君。私は諸君の工夫を楽しみにしている」
そして、生徒らが戸惑いながらも拍手を送る。
竜也も手を叩きながら、
(5人か……まあ、俺以外の4人なら、大体の想像はつくが……)
と考えながら、竜也はその頭脳に妹の深雪、十文字克人、七草真由美、そしてこの会場で初めて顔を見たクリムゾンプリンスこと一条将輝の顔を思い浮かべていた。
次回は、「九校戦の開始」を予定しています。