その日の夜。
大黒竜也は、自宅のディスプレイからの通信で定期的な報告を受けていた。
報告するのはシルヴィア・マーキュリー・ファースト。スターズに所属する軍人のひとりで、階級は准尉。年齢は竜也やリーナより9歳上の25歳である。
「総隊長の指示通りに製作を行なっていたサード・アイが、このたび完成しました。後はソフトウェアのアップデートと性能テストを行なうばかりです」
「そうか……技術者たちには俺が礼を言っていたと伝えておいてくれ」
「はい」
サード・アイとは長距離微細精密照準補助機能を強化した小銃形態の特化型CADである。 長距離微細精密照準補助機能と、成層圏プラットフォームや低軌道衛星とリンクし、映像を受信する機能を備えている。竜也は以前、沖縄海戦でマテリアルバーストを使っているが、これをさらに強化しようとの目論見から、USNAの軍に所属する技術者らと新たな開発を進めていたのである。
「それと総隊長……」
「うん?」
「こちらの調査によりますと、九校戦会場の富士演習場エリアに不穏な動きが確認されています」
「不穏な動き?」
「はい。国際犯罪シンジケートの構成員らしき東アジア人の姿が目撃されています」
「どこの組織かはわかるか?」
「まだ確認はとれていませんが、恐らくは香港系の犯罪シンジケート・無頭竜(NO HEAD DRAGON)の構成員ではないかと推測されます」
「ほう……」
竜也は目の前に映っている女性・シルヴィアには厚い信頼を置いている。
戦闘力こそ惑星級で竜也から見れば大したことはない。ただし事務能力、後方支援能力に関してはスターズでも指折りの実力者で、だからこそファーストのコードが与えられているのだ。
ちなみに竜也の相棒であるリーナは戦闘時こそ背中を任せられるほど信頼している実力者だが、逆に事務処理や後方支援になると素人に近いレベルの能力しかない。そのため、後方支援で竜也が特に頼りにしているのはこのシルヴィアであった
「確認しろ。すぐにだ」
「数日中にはご報告できると思います」
「うん。頼りにしている……そうだ、リーナと女同士、話したいこともあるだろう。俺は席を外す。後は二人で好きなように話せ」
と、気を使ってその場を去る竜也だった。
2095年。8月1日。九校戦の出発日。
大黒竜也は炎天下の中、バスの外にいた。人数確認のためである。
ちなみにリーナ、渡辺摩利も外にいる。
そのため、まるでハーレムの中にいる竜也を見て、クーラーのきいているバス内にいながら羨ましそうに竜也を見つめる生徒が実はたくさんいた。
ちなみに出発は遅れている。理由は生徒会長・七草真由美である。
理由は七草家の事情により遅れるという事だった。真由美はそのため、
「先に言って待ってて」
と言っていたのだが、生徒会長を置いて行くのはやはり気が引けたので、待っていたのである。
「ごめんなさ~い」
と、真由美が叫びながら走って来る。
「遅いぞ、真由美。1時間半の遅刻だ」
と、親友の渡辺摩利が言う。
「ごめん、ごめん」
と、真由美が謝る。
そして、竜也に対しても、
「ごめんね竜也くん。私ひとりのせいでずいぶん待たせちゃって……」
「いえ、事情はお聞きしていますので……急に家の用事が入ったとか……」
「本当にごめんね……ところで竜也くん、これどうかな?」
真由美が、肩と腕を出した膝丈の白を基調としたサマードレスに、つばが大きめの麦わら帽子を強調するように見せつける。
「とても、良くお似合いです」
竜也は率直に答えた。それを聞いたリーナが少し不機嫌な顔になる。
逆に真由美は嬉しそうになる。
「そう? ありがとう。でも、もうちょっと照れながら褒めてくれたら言うこと無かったんだけどなぁ」
真由美が上目遣いで手を前で組み、強調させた胸の谷間をのぞかせながらすり寄る。しかし、
「ストレスがたまっているんですね……」
「え?」
「十師族、しかも七草家の御用事ともなれば気苦労も多いでしょう。さ、出発しましょう。バスの中なら少しは休めると思います」
「えッ? ちょっと竜也くん……勘違いしてない?」
そんな竜也の態度に、自分の相棒がそういえばこういうことには朴念仁であることを思い出して苦笑いするリーナであった。
竜也は技術スタッフであるから、選手とは別のバスに乗り込むことになる。
当然、リーナや深雪、真由美とは別である。
「もうッ。竜也くんったら、私を何だと思っているのかしら。席だって隣に誘おうと思ったのにッ!」
出発したバスの中で、真由美が不満げに愚痴をこぼす。
「的確な判断です」
「え?」
「会長の餌食になるのを回避するのは、的確な判断だと申し上げました」
「もうッ、リンちゃん!」
親友・市原鈴音の言葉に不貞腐れる真由美。
そこに服部刑部が加わり、さらに騒がしくなるバス内。
「何をしているんだ、あいつらは……」
と、親友たちのやり取りを呆れた表情で渡辺摩利は見ていた。その摩利の隣にも、これまた不機嫌な女子生徒がいる。
五十里啓の許婚者・千代田花音である。
「花音」
「何ですか?」
「宿舎に着くまでせいぜい2時間くらいだろう。どうしてそれまで待てないんだ?」
「あッ、それ酷いですッ! あたしだってそれくらい待てますッ!」
「でも今年は啓も技術スタッフに選ばれて楽しみにしてたんですッ! 今日はバスの中でもずっと一緒だと思ってたのにッ! なのに何で技術スタッフは別の車なんですかッ! このバスだってまだ乗れるのにッ!」
不満をぶちまける花音。
こちらはこちらで騒がしい。
そして、リーナは自分の前に桜井水波と座っていた司波深雪に声をかけていた。
「はい深雪。ちょっとお話したいんだけどどう?」
実を言うと、リーナと深雪。この二人、生徒会を通じて何度か話したことがあるだけで、あまり親しい仲ではない。
「ええ。いいわよ」
そして、リーナが深雪の後ろに座る。
「深雪。九校戦は共にがんばりましょう」
「ええ。第一高校の一科生としてね」
「…………」
リーナがそれを聞いて、少し顔色を変えた。そして言う。
「ねえ深雪……」
「何かしら」
「深雪は、第一高校の一科生と二科生のこと、どう思ってるの?」
「どう思ってるって、それは一科生は二科生より優れている……それだけよ」
「…………」
リーナは愕然とした。
今の深雪にまるで、自分の7年前の姿を重ねてしまったからだ。7年前のリーナも、今の深雪のように恵まれた魔法力にうぬぼれて天狗になっていた時期があった。だが、そんな自分の目を覚まさして世界が広い事を教えてくれた存在、かけがえのない相棒がいるから、今の自分があると思っている。
(……今の深雪は、7年前の私そのものだわ……。いくら魔法力に恵まれていても、これじゃあ……)
そのときだった。
「危ないッ!」
不満をぶちまけて外を眺めていた千代田花音が、真っ先にそれに気づいた。
対向車線を近づいてくる大型のオフロード車が傾いた状態で路面に火花を散らしているのを。
しかもその車はハイウェイの対向車線からスピンし始めてガード壁に激突し、そして宙返りしながら自分たちのバスめがけて飛んできた。運転手が急ブレーキをかける。
バスの進路上に落ちた車は、炎を上げながら向かって滑って来る。
「吹っ飛べ!」
「消えろ!」
「止まって!」
千代田花音、森崎駿、北山雫がパニックのあまり、無秩序に魔法を発動させる。発動された魔法が無秩序な事象改変を同一の対象物に働きかけ、全ての魔法が相克を起こしてしまった。
「バカッ、止めろッ!」
「みんな落ち着いて!」
渡辺摩利と七草真由美が叫ぶ。そして、
「十文字、押し切れるか?」
と、渡辺が十文字克人に尋ねる。だが、
「防御はできるが、消火までは無理だ」
と、普段は冷静な十文字に苦悩の色がある。
そこに、
「私が火をッ!」
立ち上がったのは深雪である。
そのときだった。
サイオンの嵐の中では魔法の発動は不可能である。いや、不可能なはずなのだ。
ところが、無秩序に発動された魔法が全て一瞬でかき消され、その直後、燃え上がっていた火も消え、そして、バスに向かっていた車まで動きが止まった。
「え……?」
誰もが驚いた。事故は避けられないと誰もが思っていた。だが、それが避けられて逆に唖然としていた。
「何が起こった……?」
渡辺摩利が呟く。
そして、その答えを知っているただ一人の女性・アンジェリーナ=クドウ=シールズは、
(グラム・ディスパージョン……さすがね竜也……)
と、心の中で相棒に賞賛を贈る。
そして、深雪と十文字、それに真由美は、
(あの無秩序に発動された魔法を一瞬でかき消した……そんなことができる魔法師がいるとしたら……)
と、ある人物の顔を思い浮かべる3人が、そこにいた。
次回は、「九校戦懇親会へ」を予定しています。