リーナにとって、そんな相棒の姿は初めて見る姿だった。
謎の坊主に完膚なきまでに敗れた竜也は、家に帰ると、家の中の物を手に取っては投げつけ、そして暴れまわった。
そんな相棒に対し、リーナは何も言わない。言ったところで逆効果だろうと思ったからだ。
そして暴れるだけ暴れると、竜也は自分の部屋に引っ込んだ。
リーナは破片や物が散らばっている中でひとり、ソファに座り込んでいた。
(あの竜也があそこまでやられるなんて……初めて見たわ……あの坊主はいったい……)
すると、突然のように部屋から竜也が飛び出してくる。
再成能力で、すぐに自らが破壊した物を元通りにする。
そして、リーナにバイクのヘルメットを渡す。
「行くぞリーナ」
「え? 行くってどこに?」
「生駒だ」
「生駒って……」
「閣下のもとだ」
「……おじいさまに会って、どうするの?」
正確に言うとリーナにとって九島烈は大伯父にあたる。
「お願いしたいこと、お聞きしたいことがある。それだけだ。ついてこい」
「あ……ちょっと……」
そのままズカズカと家を出ていく竜也に慌ててついていくリーナが、そこにいた。
バイクで二人乗りして奈良の九島本邸までやって来た竜也とリーナ。
事前にリーナを通じて九島家には連絡を入れているため、突然の来訪ではない。
竜也がインターホンを鳴らすと、使用人らしき女性が出てきて挨拶をする。
この本邸は、門の外から見れば、豪華ではあるがそれ以上の異常な点は無い三階建ての洋風建築である。だが一歩門の中に入れば、招かれざる客を拒む絡繰り屋敷、あるいは城塞建築が本格化する前に見られた、軍事的な意味を兼ねる領主の館にも見える。
それはさておき、竜也とリーナは使用人の案内で大広間に通された。そこは日本風の和室で少なくとも50畳の広さはあるだろうか。
竜也とリーナは、使用人に示された場所に着座する。すぐに茶が運ばれてきた。
そこに、上座につながる障子が開けられて、白髪の老人が入って来た。
竜也とリーナが平伏する。
老人が上座に着座する。
「面をあげなさい」
「はッ!」
竜也とリーナが、同時に頭を上げた。
「久しぶりだな。リーナ。それに司波達也くん」
「はい。閣下もご壮健で何よりです」
普段は目上だろうと年上だろうと横柄な竜也こと達也が、九島烈に対しては礼を尽くしている。自分を拾い育ててくれた恩義があるだけに、他の人間とは違うのだろう。
「それで、私に何用かな? ……挨拶だけで来たとは思えないのだが……」
「はい。閣下に、お聞きしたいこととお願いがございます」
「ほう……」
九島烈が、脇息に置いていた左腕を上げる。
「聞かせてもらおうか」
「はい」
そして、達也が自分が謎の坊主に肉弾戦で手も足も出なかった経緯を話す。
「そうか……お主でもかなわぬ相手か……」
「はい」
達也が膝に置いていた拳がわずかに震えているのを、烈は見逃さなかった。
「それは恐らく、九重八雲だな」
「九重八雲……何者ですか?」
「天台宗の僧侶で九重寺の住職、そして高名な「忍術使い」だ」
「……忍術……使い……」
「ああ。しかし、お主が手も足も出なかったとは……信じられんな……」
「閣下ッ!」
達也が再び深々と頭を下げる。
「どうかもう一度、私に鍛錬をつけて頂けませんかッ!」
「…………」
「私はもう一度、あの男と戦い、今度こそ雪辱を果たしたいのです。それにはまだまだ鍛錬が必要です。何卒、何卒もう一度……ッ」
すると、烈が穏やかな口調で言う。
「面を上げよ。達也。残念だが、わしがこれ以上、お主に教えることは何もない」
「は?」
達也が驚いたように、ガバッと顔を上げる。
「お主の力は既にわしを超えておる。そのわしがお主に教えることなど何もないということよ」
「かつての『最高にして最巧』と謳われ『トリック・スター』とまで評された閣下が、何を申されます」
「達也よ……もし仮に、わしがそう謳われていた頃にお主と戦っても、恐らくわしが負けるだろう。ルール無用の殺し合いならな」
「…………」
「お主の力はそれだけ強大だということよ。それがわからぬか?」
「わかりません。ならばなぜ、私は九重八雲に負けたのですか?」
「八雲も言っていたというではないか。お主には心にゆとりがないと。お主に足らぬのは力ではない。ましてや経験でもない。お主に足らぬのは、心だ」
「…………」
烈が脇息に再び左腕を置いてもたれかかる。
「お主はあせっておる。急いでおる。それは何故だ? 深夜を早く救いたいからか? それとも四葉への復讐を早くやりたいからか?」
「…………」
「お主はまだ若い。老い先短いわしと違い、まだまだ先がある。それなのに、何をあせっておる?」
「…………」
達也は黙って聞いている。
「お主は八雲に敗れたことで雪辱を果たしたいと考えているようだが、別に敗戦は恥ではない。むしろ、わしにとってはこの敗戦はお主にとってよい薬になったと思うがな……」
「薬……?」
「お主は強すぎる。12歳で世界最強の魔法師の地位を手に入れ、何者もかなわない強大な力をもっておる。だが、それが故に敗北を知らず、傲慢になっていた……違うか?」
「…………」
「達也よ。敗北することで得るものは少なくない。むしろ敗北とは勝利より得るものが多い。このわしとて、かつて戦場に立っていた時に何度も敗北を経験した。だが、敗北を知ることで強くなった。知ることも多かった」
「…………」
「お主はどうなのだ? 敗北から学ぶことは何もないのか?」
「…………」
「達也よ……ひとつ聞きたい」
「はい」
「お主が今、その背中を任せられる信頼できる人間や友人はおるか?」
「…………」
「わしはかつて、お主の祖父である四葉元造がその一人だった。お主はどうだ?」
「……ここにいるリーナは、俺が背中を任せられる人間です」
「ならば他にはどうだ?」
「…………」
達也は答えられない。
リーナ以外のスターズの中にも信頼できる人間はいる。しかしリーナのように背中まで任せられるほど信頼できるかと言われれば、そこまでの信頼は置いていない。
ならば第一高校の友人はどうか? エリカ、レオ、美月、鋼と友人はいるが、まだ背中を任せられるほど信頼は置いていない。
「おらぬようだな……達也よ。それがお主の弱点だ」
「…………」
「お主の心には余裕がない。それが弱点だ……まずは、心に余裕を持たせることからはじめよ……それができるなら、お主はあの八雲にも勝てるかもしれぬ」
「…………」
「達也よ。今のまま力だけ欲しても、それはお主にとってはためにならぬ……まずは、お主が人であることを磨くがよい」
「…………」
そして、対面は終わった。
東京への帰りのバイクで。
「なあ、リーナ」
「何よ?」
「もし俺が復讐を果たそうと行動を起こしたとき、お前は俺についてきてくれるか?」
「…………」
「俺は復讐に手段を選ぶつもりはない。だがそのために、どれだけの血が流れるかわからない。それでも、お前は俺についてきてくれるか?」
「……竜也、ちょっとバイクを止めて、ヘルメットをとってくれる?」
そして、竜也がバイクを道路上の端に停めて、ヘルメットをとる。
その竜也の左頬が途端に熱を持った。
リーナが右手で竜也の頬を叩いたのである。
「あんた、いつまでくよくよしてんのよ。あんたは私の総隊長でしょッ! いつもみたいに私に命令したらいいのよ。「ついて来いッ」って!」
「…………」
「ついてきてくれるか、ですって? 私はあんたの相棒よ。言われなくても、どこまでもついていくわよ。そんなこともわかんないのッ!」
左頬を抑えながら、竜也はリーナを見つめる。
そして、竜也はリーナを思いっきり抱きしめた。
「そうだな……そうだな……うん……相棒……これからも頼む……」
「任せなさいよ。あんたの背中は、私が絶対に守るわよ」
「ああ……」
そして、バイクに乗って家への帰路につく二人であった。
次回は「九校戦にむけて」を予定しています。