理不尽外道神話録   作:EX=ZERO

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より上質な保存食を

「干し肉、ビスケット、炒った豆・・保存食もありきたりだよなぁ」

 

『銀騎士』は革袋に入った旅先で購入したばかりの保存食を見て独りごちた。

贅沢を言えばもう少し新鮮な野菜とかあってもいいじゃないかと

保存食に対して魔法の存在しない世界で無茶ぶりを始める。

 

《やあ、保存食がなんだって?》

 

そんな銀騎士の後ろから鈴のような複数の声が重なるように聞こえてくる

振り向いて見れば紅い眼をした銀髪の少年がやたらご機嫌な笑みを浮かべていた。

『影の怪物』、死の世界の主にして銀騎士の友であり敵であり相棒となる存在

 

「こいつを見てくれ、どう思う?」

 

そう言って影に袋の中身を見せる。

 

《そのへんで買ってきたものかい?

 確かこの世界は今戦争中じゃなかったかな?それだけ買えれば十分じゃないか》

 

あれをごらんよと影が指差す方を向けば

さっき保存食を購入した街が燃えて人の軍隊に蹂躙されている光景が見えた。

 

「戦争があろうがなかろうが旅の最中で食う飯の質は変わらんだろ?

 それともなにか?戦争がなきゃ旅先の野営で豪華なディナーが食えるってか?」

 

《この前食べてたじゃないか、森の中であんなもの食べるのは君くらいだよ》

 

樹海のど真ん中で銀騎士が魔法で生み出された食材と眷属の影メイドを召喚して

贅沢なコース料理を堪能していたのを思い出す、どうやら彼は忘れているらしい。

 

「あれは森の中でうまいものが食いたいと最初から目的があったからしたんだよ」

 

《わざわざ白骨死体の前でかい?》

 

「ああ、そいつもありがたく食材にさせてもらった、いい出汁が出てたぜ」

 

おそらく餓死した口減らしの子供と思われる遺骨を前に豪華な飯を食べ

あまつさえ骨を食材として使う、まさに神をも冒涜する所業である。

対する影の怪物は、仮に子供が生きたまま食料にされていたら

どれだけいい悲鳴が聞けだろうかと、どっちもどっちな感想を抱いていた。

 

「でだ、話は戻るが保存食の質をどうにかしたいんだよ俺は」

 

《だったら戦争を終わらせてみたらどうかな?

 争いに使う労力が少しは食糧生産に回せるんじゃないかい?》

 

それを聞いた銀騎士は「ちょっと戦争終わらせてくる」と

すぐさま軍隊に向かって駆け出していく

その結果、戦争の終結に三時間ほど時間が費やされ

戦争していた両国が滅びるという悲惨な結果で締めくくられた。

 

―・・・―

 

「さあ戦争は終わった、これでうまい保存食が食えるだろう?」

 

《うんそうだね、戦争『は』終わったね 両方の国滅ぼしてどうするのさ

 回せる労働力どころか畑一つ、それより人一人すら残ってないよ?》

 

銀騎士はしたり顔で報告しているが周囲は死屍累々のクレーターだらけ

戦時とはいえそれなりに栄えていたであろう二つの王国が

辺境の領地含めて全てが瓦礫の山になったのである。

ついでに艶のできた銀騎士の顔を見て

影の怪物は国を滅ぼす最中に彼が何をしてきたのかも察した。

 

影の怪物は銀騎士が暴れまわるその光景を爆笑しながら見ていたとはいえ

冷静になって考えればさすがにこれはないだろうと突っ込みを入れた。

食糧生産に回すべき人間すら一人残らず灰にするなど誰が想像しただろうか?

 

「全部更地になったならちょうどいい、人間全部蘇生させれば労働力も問題ない

 後は全部畑にでもしちまえば食糧生産は捗るだろうよ」

 

《やめておいたほうがいい、どうせ生き返らせたところで

 また戦争するだけだよ、人間なんてそんなものだ》

 

「なら仲間意識が強い生命体に改造するのはどうだ?

 それなら互いに争うことはない、実に平和的に飯を作ってくれるだろうさ」

 

《国が君が潰した二つだけだと思わないほうがいい、侵略は避けられない

 まだ北にある連邦や西の大国、他にも多く残っているんだから》

 

さあどうするんだい?と影の怪物は大げさに両手を広げておどけてみせた

それを見て、次に滅ぼした国を見て、銀騎士は目を閉じて少し考えてみる。

 

「ならいっそ人類滅ぼした方がよさそうだな

 そうして新たな人類は食糧生産に命を欠ける優しい世界を作って行くのさ」

 

考えた結果、人間を全て滅ぼすのが一番楽だと認識したらしい。

 

《もう趣旨変わってるね、君は魔王にでもなるつもりかい?》

 

「旅先で食うビスケットが美味しくなるためには必要な犠牲なんだよ」

 

《ああ変わってなかったのか、ならよし》

 

保存食の質を上げるために人類を滅ぼして魔王になる

そんな奴に滅ぼされる世界があってたまるものかと

しかし止められる者が誰一人としていないのは悲しい事である。

 

 

―・・・―

 

「人類滅ぼしてきたぞ、さあ次は保存食だ」

 

ビスケットのために世界を滅ぼした奴の第一声がこれである。

 

《思ったより早かったね、軽く億は超える魂があの世に行ったよ

 器用に人間だけ狙って滅ぼしたね》

 

それをやはり爆笑しながら見ていた奴の第一声がこれである。

 

「さて、邪魔者は消えた、次に始めるのは新人類を生み出す事だ」

 

《具体的な案はなにかあるのかい?》

 

「決めてるわけねえだろこれから考えるんだよ」

 

《そりゃそうだろうね、数時間前の君は

 美味しくない保存食をどうしようかって悩んでただけなんだから

 できる限り手先の器用な人類がいいんじゃないかい?》

 

「それに加えてできる限り目の保養になるような美形美女がいいよな

 汗水たらして働いて、泥にまみれても尚美しい、つまみ食いも可だ」

 

《エルフみたいな?》

 

「・・エル=フ?、んでこれから更地になった世界は緑化させる必要がある

 自然の恵みと常に寄り添う、そんな種族であればいいよなぁ?」

 

《エルフみたいな?》

 

「エル=フねぇ、そんでこれからはもう魔法を取り入れる必要もあるだろう

 俺の魔力を世界中に放出すれば新人類の消費魔力には事欠かなくなる

 故に、故にだ、魔法に長けたような種族である事が好ましい」

 

《もうそれエルフでいいよね?

 さっきからちょっとピンポイントすぎないかい?》

 

容姿端麗で自然の恩恵を糧に生きる魔法種族に長けた新人類

後は耳が長ければ役満でエルフの完成である。

 

「お前がエル=フエル=フ言うから新人類のイメージがそっちに重なったんだよ

 エル=フってあれだろ?あの頭がデカくて単眼で触手が生えてて宙に浮く・・」

 

《君はエルフを何だと思ってるんだ、何と間違えてるんだ君は》

 

銀騎士の言う謎の異形の外見は前の世界で旅していた時に見たエル=フの情報だ

当人たちが口を揃えて自分の種族をエル=フと言っていたのだから間違いない。

 

《みなよ、これがいわゆる一般的なエルフだよ》

 

そう言って影の怪物は虚空から目が虚ろな金髪碧眼で耳の長い少女を呼び出した。

一糸まとわぬ姿でその場にへたり込むエルフの少女は言葉を介さず

ただただ虚ろな目で感情もなく地面を見つめていた。

 

「なるほどエルフか、実に美味しそうじゃないか

 ちなみに俺が言ってるエル=フはこんなんだぞ?」

 

そう言って銀騎士は指をパチンと鳴らして魔法陣を展開した。

次第に二人の眼前に魔力が終結していき一つの命が生み出されてゆく

そして銀騎士の説明した通り人類というにはあまりにもかけ離れてた

それこそクから始まる神話にでも出てきそうな怪物の姿が現れた。

 

《これのどこがエルフなんだただの邪神じゃないか》

 

「せっかく生み出したんだ、こいつを世界の管理者にでもしようじゃないか

 これからエルフを創って遠い未来に戦争されても困るしな」

 

新人類が争いを起こさないように見守る神が異形の邪神であろうと

無駄に争わなければそれでいいのだ。

 

《既に管理者がいただろう?

 確か女神だったはずだ、彼女はどうするつもりなんだい?》

 

「神は死んだ、俺が殺した」

 

世界をここまで好き勝手できる原因はこれである。

この世界に訪れた時に性的欲求を発散させたかった銀騎士と

豊満な身体の女神が出会ってしまったのが運の尽きだ。

 

「で、今お前が異世界から拉致したであろうこのエルフと

 俺が生み出したこいつを融合させれば目の保養にもなる女神が誕生するわけだ」

 

《単眼なのと触手はそのままなんだね、それで目の保養になるのかい?》

 

「誰が見ても美味しそうだろ?んで・・

 ・・・あー、そういや俺何しようとしてたんだっけか」

 

エルフと邪神を融合させてなにかが満足したのか

本来の目的を忘れてしまった銀騎士だった。

 

《ついに呆けたのかい?ビスケット欲しさに人類を滅ぼしたばかりじゃないか》

 

「ああそうかビスケットか、忘れてたぜ

 んじゃさっそく女神にビスケットを無限に生成する能力を与えようじゃないか」

 

《うん、目的変わっちゃったね、それよりどうするのさ?

 君はビスケットの質を上げるつもりだったはずだよ?》

 

「添加魔法はあんまし使いたくないがまあ・・この際妥協してもいいだろう

 魔力を摂取したところで魔法が使えるくらいしか効果はないんだ」

 

科学的に食品に付与する添加物は魔法技術にも存在する

防腐処理、酸化防止、味の追加、栄養の追加・・それらも魔法で可能なのだ

科学よりも安全とは言え世界によっては魔力の直接的な摂取は害にもなりえる。

世界に蔓延している魔力が魔素と呼ばれるものの場合がそれである。

 

「しかしビスケットだけじゃ物足りない気もするな

 保存に困らないのならもっと色々試したいな

 例えば野菜ステックとかケーキとか・・」

 

《君は元々保存食が美味しくないって理由でこれらを始めたんだよ?

 その日その日を必死に生きてきた彼らの未来を無駄にしてしまったんだ

 それで振り出しに戻るなら最初から魔法を使えば良かったじゃないか》

 

死んでいった人間たちが浮かばれないだろう?と心にも無い事を言いながら

影の怪物は隠そうともしない満面の笑みで銀騎士を責め立てた。

だが実のところ銀騎士に蹂躙され死んでいった人間たちを見て

一番楽しんでいたのは他でもないこいつなのだ。

 

 

 

 

その数日後、邪神に更なる力を与えて新人類たるエルフを大量に創造し

良質な保存食を作る事にだけ特化した文明が生まれ大量生産が軌道に乗った頃には

銀騎士は突然『綺麗な貝殻が欲しくなった』と言い出して

生産された保存食を手に、残りの全てを放置して異世界へと旅立ってしまった。

 

置き去りにされた影の怪物は、生まれたばかりでまだ物心もついていない邪神に

とりあえず言語から覚えさせようと虚空から分厚い絵本を取り出した。

 

 

 






*キャラ解説*

【銀騎士】
本名『ミラージュ=ルナーティクス』
本作の主人公であり異世界を渡り歩いて好き勝手に生きている外道
外見は黒鎧に身を包みサングラスを掛けた銀髪の女騎士
常識の狂った異世界で旅をし続けた影響か価値観がだいぶおかしい

【挿絵表示】


【影の怪物】
本名は不明
もう一人の主人公であり、死の世界を根城にしている漆黒の化物
外見は紅眼で金髪の胸以外が幼い幼女
または紅眼で銀髪の幼い少年のどちらかの姿を取っている
他者の負の感情を見るのがとても好きで隙あらば世界を混沌で包もうとする
互い互いにボケとツッコミが入れ替わる

【挿絵表示】


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