思い付きのネタ集   作:とちおとめ

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途中で若干の胸糞があります。

ご注意を。


陽ノ下心春の場合5

「ふんふふ~ん♪」

「ご機嫌だな」

「うん。何たってあっくんと放課後デートだからね!」

 

 とある日の放課後、沢山の食材が集まる商店街に新と心春の姿はあった。基本今の朝岡家の食卓は心春がほぼ全てを担っている。新も手伝いはするが、逆に手伝うことで心春の邪魔になってしまうのでは思ってしまうほどには心春の手際はいい。まだ学生だというのに心春の作る料理は美味しいのももちろんだが栄養もしっかりと考えられており、心春がどれだけ新のこと想い献立を考えているかがよく分かる。

 さて、そんな二人だが心春が言ったように放課後デート……なんて甘酸っぱいモノではないのが少し残念な所だ。休日であれば四六時中イチャイチャしてるような二人だが、今は二度目になるが学校終わりの放課後である。そこまで時間が取れないのは当たり前だし、一番の目的は夕飯の買い出しだ。

 今日新は家に義父が居ないことを伝えられており、せっかくだから豪華な食事を作ろうかと心春が口にしたため、こうして二人で買い出しに向かったのだ。

 

「う~ん。お肉とお野菜と……お魚はどうかな。あ、安い!」

 

 完全に主婦目線で食材を選び出した心春に新は苦笑した。

 心春が食材を選び、時折新も欲しいモノを手にするというこの何でもない時間。イチャイチャと甘く過ごすわけではないが、二人でこんな時間を過ごすのも新は好きだった。

 心春から目を離し、周りを見れば多くの人で賑わっている。

 新や心春と同じように夕飯の食材を買っている人たち、そんな人たちを必死で呼び込んでいる店の人たち、お菓子を買ってと母親か父親に強請る子供たち……本当に平和でどこにでもある光景が新の目の前にはあった。おそらくこれが普通なんだろう……否、これが普通でなくてはいけないのだ。新の家庭のように歪んでいてはならない、決してそうであってはいけないのだ。

 

「……………」

 

 でもこう考えた場合、新は思うことがある――何故自分の家はあんな醜悪な人間たちが居るのかと。

 一度考えてしまったら気持ちが沈んでしまうのは新のいけない部分だ。隣に愛する存在が居るというのに、過去に植え付けられたトラウマはここまで新の心を乱す。

 新の傍には誰も居なかった。

 義父は見向きもしない、義兄もそうだ……そして、母親もそうなってしまった。

 家では誰も新に構わなかった。話を聞いてくれもしなかった……新の存在を誰も見てはくれなかった。

 しかし、今はそうじゃない。新を愛し、ずっと傍で見てくれている存在がいる。

 

「あっくん」

「……心春?」

 

 新の不安を敏感に感じ取り、手を優しく握りしめてくれたのは心春だ。心配そうに新を覗き込む心春の様子に新は申し訳なさと同時に感謝の気持ちを抱く。いつもいつも、本当に新は心春に助けられている。こうして実感させられるたび、新の想いは強くなる――何があっても、心春を想い守り続ける覚悟が。

 特に理由はない、でも新は心春を感じたかった。

 心春の体を抱き寄せれば、彼女は嫌がることなくその身を許す。心春としてもやはり、新の心の動きが分かるのか優しく抱きしめ返す。

 

「あっくん、温かい」

「うん。温かい。凄く安心するよ」

「あっくんが安心するならいつでもいいよ? 私はもう、あっくんだけの心春だから」

 

 ……本当に、なんて愛らしい子なのだろうか。

 見上げてくる心春が愛おしくて、新は顔を無意識に寄せる。心春も新を受け入れるように瞳を閉じてその時を待つ……のだが、ご両人……ここはどこか覚えているのだろうか。

 

「……うん?」

「……はっ!?」

 

 新が気づき心春も気づく……そういえばここは商店街だったと。

 正気に戻って辺りを見回すと、老若男女問わず二人の成り行きを見守っていた。これには流石に新は赤面し、心春でさえも恥ずかしさが勝ってしまう。周りの人たちはそんな照れた二人が可愛いのか暖かい眼差しを向けるのだった。

 

「若いわねぇ」

「本当じゃなぁ。わしらもあんな頃があったのぉ」

「リア充爆発しろ。末永くな!」

「ねえお母さん、あれ何してるの~?」

「見ちゃいけません! さ、行きましょ」

「……そう言いつつもガン見してるじゃん」

 

 多くの視線と声を聞いて、たまらず新と心春はその場から離れた。もちろんお互いの手は離さずに繋いだままで。

 ある程度離れた所で新と心春は息を整え、次いで笑みが零れた。

 

「やれやれ、参ったな」

「ほんとだね。続きは帰ってから……だね♡」

「お、おう……」

 

 どうやら今晩は寝るのが遅くなりそうだと新は思うのだった。

 それから無事に夕飯の献立も決まり、食材も買って帰路に着いた。徐々に家に近づく中で、新は気づく――家の明かりが点いていると。

 

「……あれ」

「……明かりが」

 

 おかしい、今日は誰も居ないはずだ。そう聞いていたのだ。

 新はまさかという気持ちになって急いで家に帰ると、鍵を掛けたはずの玄関は簡単に開き、リビングからは誰かの気配がした。

 新がリビングに向かうと居たのはやはり……。

 

「新か。実は仕事が早く終わってな。遅くならないうちに帰れたよ」

「……………」

 

 新の義父、源蔵だった。

 暫く仕事の都合で顔を合わせていなかった源蔵に、新はどこか得体の知れない寒気を感じる。

 

「……あれ、お義父さん帰っていらしたんですね」

「おぉ心春ちゃん。久しぶりだね、すまないが私の夕食も用意してくれるかな?」

「……分かりました」

 

 心春の落胆が声を通じて新に伝わる。

 夕食の用意をするために心春がエプロンを身に着ける中、源蔵はやはり……心春の体を舐めるように見ていた。愛らしい顔を、大きく実った胸を、ハリのある尻を、スカートから覗く綺麗な足を。その様子はかつて覚えがある。新の母親を見ていた目と全く同じだ。

 新はとにかく心春を守るため、彼女の傍に向かおうとしたその時だった。

 

「新、少し話があるんだが。部屋に来なさい」

「……え」

 

 それは初めて、源蔵に新が部屋に来いと言われた瞬間だ。

 新の動揺を他所に源蔵はズカズカと自室へと向かった。新も暫くして源蔵に続くように歩き出すのだった。

 

「………………」

 

 その姿をジッと、心春が見つめていたのに気づかずに。

 

 

 

 源蔵の部屋に入った新は最大限に警戒していた。

 一体今になって何の用があるのかと。嫌な汗が流れる中、源蔵は座りなさいと言って部屋に設置されていた冷蔵庫からジュースを取り出しコップに注ぐ。未成年の新でも飲めるオレンジジュースだ。

 

「……………」

「ふん。随分と嫌われたものだな」

 

 どの口が言うんだと、新は声を荒げたくなったが心春に心配は掛けさせたくなかったため何とか押さえ込む。源蔵が出してくれたジュースを喉に通し、新は一気に踏み込んで聞くのだった。

 

「一体、何の用ですか?」

 

 家族とはいえ、そこまでの接点はない。交わす言葉が敬語であるのが新が示す一つの拒絶である。新の言葉を聞き、源蔵は醜悪な笑みを浮かべてその問いに答えるのだった。

 

「そろそろ私に心春ちゃんを貸してはくれないか?」

「…………は?」

 

 新は何を言われたのか理解できなかった。

 心春を貸せ、貸せとはどういうことか。言葉を失った新を気にせず源蔵は言葉を続ける。

 

「何、私も最近ご無沙汰でな。若い子を味わいたいんだよ。心春ちゃんは新を好きでいるようだが、あれを私の色に染めるのも楽しそうだからな」

「……けるな」

「うん?」

「ふざけるな!!」

 

 ついに我慢できず、新は声を荒げて源蔵を睨みつけた。

 考えてみれば新が源蔵に対しこのような行動を取ったのは初めてだ。だがそれを気にする余裕は今の新たにはない。新に睨みつけられても源蔵は気にした様子は全くなかった。

 

「所詮女は玩具だ。男を喜ばせるだけの存在だろう。私は今までそんな女を多く見てきた――お前の母親もそうだったようにな?」

「っ!?」

 

 思い出されるのは忌々しい記憶、新のトラウマ。

 過去のトラウマが刺激され、しっかり呼吸をすることすら怪しいほどに新は動揺している。そんな新を面白そうに眺めながら、源蔵はリモコンを手に取り一つのボタンを押した――再生ボタンを。

 いきなり映像が再生されれば必然と目が向くのは仕方ないこと。

 新の視線が向いた先に映し出されたのは一人の女性、新の母親が多くの男に蹂躙される姿だった。

 

『いや……いやあああああああっ! 助けてよ! たすけてええええええええっ!!』

 

 涙を流し、助けてと懇願する母親。

 

『新……ごめんなさい……あなた……ごめんなさい』

 

 ただただ懺悔を告げる母親。

 

『……ダメよ……ダメ……ダメなのに……どうしてこんな……』

 

 抗いの感情が段々と消えて行く母親。

 

『なります……なりますから!! 皆さんの奴隷になります! だからもっと気持ちよくしてください!!』

 

 裏切ることへの涙と、これから行われることへの歓喜の涙が混ざった母親。

 

『もうどうでもいいのぉ♡ ごめんなさい新、あなた。私、皆さんの奴隷として幸せになりますぅ♡』

 

 両手でピースをしながら完全に堕ちた母親。

 

「……かあ……さん……っ!」

 

 ニヤニヤと画面を眺める源蔵とは反対に、新は大粒の涙を流す。

 過去のトラウマは最悪の形となって芽吹いた。一体どこにこんな映像を見て耐えられる人間が居るだろうか、幼い頃に大好きだった実の母親のこの姿を見て、平気で居られる人間なんて居はしない。

 全て奪ってきたのだ、この源蔵と言う男が。

 

「いつ見ても愉快だな。最初はお前や当時の夫に謝罪を繰り返していたよ。それがどうだ。ここまで堕ちて従順になりおった! 思う存分犯してくれと懇願する様は本当にいい。実にお前の母親は調教のし甲斐があった」

 

 腐れ外道ここに極まれりとはこのことか。

 トラウマを抉られ、悲しみに包まれた新だったが完全に折れてはいなかった。何故なら心春が居るから、彼女の存在がいつも新の心を支えている。折れないからこそ、新はこれからどうするべきかを考えた。心春を連れて、どこか遠くへ行こう。こんな薄汚い家族の魔の手が決して届かない、そんな遠くへ。

 すぐに行動に移そうとした新だったが、ふと頭がボーっとした。段々と眠くなるような感覚にまさかという気持ちが強くなる。

 

「お前が飲んだ物に少し薬を入れてな。何、害のあるようなものじゃない。少し眠くなるだけだ。ではな新、目が覚めた時にはお前の愛した女は私のモノになっているだろう。楽しみにしていなさい」

「……こ……はる……っ」

 

 薄れていく意識の中で、新が最後に見たのは汚く笑う源蔵の姿だった。

 

 

 

 

 

 眠った新を見て源蔵は嗤う。

 これでようやく心春が手に入ると。そして目が覚めた時、心春が自分のモノになっていることに絶望した顔を見るのが楽しみで仕方ない。これが源蔵と言う男の本性だ。

 今まで多くの女を奪い、蹂躙してきた。

 だから今回も同じことをするだけ、心春を自分の女にして奴隷とする……源蔵は心春の元へと向かうために歩みを始めたその時だった。

 ガランと、音を立てて部屋のドアが開いた。

 

「……おや、どうしたんだい心春ちゃん」

「……………」

 

 入ってきたのは夕食の準備をしているはずの心春だった。

 だがどこか心春の様子がおかしい、先ほどまで笑顔を浮かべていたのが別人と言えるほどに無表情なのだ。その感情の起伏のない姿は一種の恐怖を覚えさせる。……まあ、それも仕方ないのだろう。何故なら心春は全部聞いていた。ここであったやり取りを全て。故に、今心春の中では激しく感情がごちゃ混ぜになっている。怒りと憎悪、殺意の衝動がこれでもかと。

 新はとにかく家庭の裏を知られるのを恐れた、だから心春は途中で止めに入ることをしなかったのだ。追い詰められた新の叫びは心春の心に響き、それは新を心配する気持ちから源蔵への憎悪へと変化する。

 

(明日終わらせるつもりだったけど、今日にしよう。こんなゴミはいちゃいけない、あっくんを救えるのは私だけだ)

 

 眠ったままの新を見た心春は、再び源蔵に視線を戻し口を開く。

 

「あっくんが眠っているなら私としても助かります。これからすること、あっくんにだけは見られたくありませんから」

 

 新への想いが強すぎるからこそ、新に対する悪意には行き過ぎるほどの憎しみが沸く。

 今の心春にあるのは如何に源蔵を苦しめてダメにするかだ……生半可なことでは終わらせない。勝とは比にならないほどの苦しみを与えてやると心春は今決めた。

 今ここに来て、相対する源蔵も気づいたのだろう――心春の持つ異常性に。

 一歩下がるがここは部屋の中、逃げ場などありはしない。

 

「お父さん、覚悟してください。今の私は手加減、できそうにありませんから」

 

 そう言って心春はゆっくりと歩みを進めた。

 今まで新を苦しめてきた元凶を完全に消すために。

 




次回で心春ちゃん編は最終回となります。

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