思い付きのネタ集   作:とちおとめ

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寝取られ原作だと、絶対に訪れないだろう夫婦生活。
絶対にないからなのか書くのが凄く楽しかったです。

そして最後のは個人的に心春編を書き始めた段階でいつか書こうと思っていたシーン。


陽ノ下心春の場合 after episode

 朝岡新と陽ノ下心春が結婚して数年が経った。学生時代から付き合い、色々なことがあったが晴れて結ばれた二人の日常は常に幸せで満ち溢れていた。新と心春、学生の頃から甘々な関係を周囲から揶揄われるほどだったが、結婚してからも彼らのそれが変わることはない。どんなに年月が過ぎ去っても、まるで新婚かと言わんばかりに周囲を砂糖地獄にしてしまうほどだ。

 さて、そんな風に幸せに過ごしている新だが、今日は仕事が休みということでいつもより深く寝入っているよう。夫婦の寝室に置かれている大きなベッドの上で、新は布団に包まりながらまだ夢の世界に旅立っていた。そんな新が居る寝室に、忍び寄る小さな一つの影。

 

「……そ~っと……そ~っと」

 

 足音を立てないように慎重に歩を進めるその影はとても小さい。少なくとも妻である心春でないのは確かだ。その影はゆっくり、ゆっくりと新の傍まで接近し、その顔を覗き込んでニマニマと悪戯っぽい笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「凄いぐっすり寝てる……よし、ツンツン」

 

 小さな人差し指で新の頬を突くと、当然新は顔の位置を変えるように体勢も変えた。体が反対に向いたことで、その影もむむっと愛らしい声を出しながら反対側へと回った。やっとここでその影の正体も明らかとなる。その影はまだ幼い少女だった。言うなればそう、新の妻である心春が小さくなったらこんな感じだろうか。それほどに心春の容姿に似ている少女だった。

 少女は更に新に悪戯をするためなのか、今度はベッドに上がった。四つん這いの体勢になりながら、音を立てないように最小限の動きで新に近づく。やっと触れられる距離になり、にししと笑みを深くしながら少女は再び指を伸ばした――その時だった。

 

「……フ、甘いぞ“春香”」

「ふぇ? わわっ!?」

 

 春香、そう呼ばれた少女は新の布団の中に引きずり込まれた。実を言うと新はずっと起きていたのだ。悪戯好きなこの少女を懲らしめる……とまでは行かないが、まだまだ黙って“自分の子供”にしてやられるほど衰えてはいない。まあ当然まだ若いのだから衰えるもクソもないのだが。

 

「いつもいつも悪戯ばかりするからなぁ。そんな悪い子にはこうだ!」

「ちょ、ちょっとやめてパパ……あはははっ!!」

 

 秘儀、くすぐりの刑が発動された。

 新にくすぐられている少女をここで紹介しておこうか。この少女の名前は春香、新と心春の間に生まれた最愛の娘だ。両親の愛情をたっぷり受けて育った春香はとても心優しい少女に育っている。見た目は心春にそっくりなのもあり美少女と言っても過言ではない。将来の夢はパパと結婚すると言って新を感動で泣かせたり、少しだけ心春を妬かせたりもする年相応元気いっぱいの女の子だ。

 新がくすぐるのをやめると、春香は目元の涙を拭いながら大好きな父の胸に抱き着く。新も春香の体温をしっかり感じるようにぎゅっと抱きしめた。誰が見ても仲睦まじい家族の姿、でも忘れてはいけない。春香は新を起こしてくるという任務を受けていたのだから。故に当然――。

 

「もう二人とも、いい加減に降りてきなさい。春香、パパを起こしてとは言ったけど遊びなさいとは言ってないでしょう?」

 

 寝室を覗きに来てこう言ったのは心春だ。陽ノ下心春改め、朝岡心春となり学生時代に比べて遥かに大人としての色気を増した女性である。学生時代に比べて顔立ち等にあまり変化はないが、新と変わらぬ愛を育み、子にも恵まれて幸せの中に居るせいか心春は更に美しくなる一方だった。そんな心春は近所では美人妻として有名で、新はよく近くの男から睨まれたりすることもしばしばだ。その都度傍に居る心春の射殺すような視線(死線ともいう)を受けて男共はスゴスゴと退散していくのだが、新が心春を見ても彼女は幸せそうに微笑むだけ。真相は新にとって闇の中、最近は春香も心春を彷彿とさせる鋭い視線をすることもあるのだが、流石にまだまだ子供なのだからその視線も可愛いものだ。

 困ったように腰に手を当てている心春を見て、新と春香は互いに笑い合いながらベッドから出た。

 

「顔を洗ってから行くよ。春香、先に椅子に座っていなさい」

「は~い!」

 

 新の言葉を聞いた春香は元気に返事をしてリビングへと向かっていった。

 

「本当にあの子はもう」

「はは、元気でいいじゃないか」

「あっくんは春香に甘すぎるよ……そこがあっくんの魅力でもあるけど」

 

 口を尖らせながらそっぽを向く心春を見て、新は苦笑しながら彼女を抱きしめた。そして互いに顔を見合わせ、ゆっくりとお互いの距離が零になった。唇と唇が触れるだけの簡単なキス、一度として欠かすことのない二人にとっての朝の約束の一つだ。

 

「おはよう心春」

「おはようあっくん」

 

 笑顔の新に負けない満面の笑みの心春。今日も嫁さんは可愛い、それだけで一日の活力が生まれてくる……そこ、休日だろっていうツッコミはやめておけ。

 抱きしめ合いキスをしていた二人、そこでじーっと見つめてくる視線のようなものを感じた。二人がそちらに視線を向けると。

 

「………………」

 

 春香が顔を半分出して覗き込んでいた。実の娘にキスをしていた瞬間を見られるのは、別に嫌ではないが何とも言えない恥ずかしさを感じるのも確かだった。新と心春はすぐに離れ、朝食を食べるためにリビングへと向かうのだった。

 それから朝食を終え、春香が歯磨きに行ったところで新が口を開いた。

 

「もうキスが気になる年頃なのかな?」

「もう小学生だもの、気になると言えば気になるんじゃない? どうするあっくん、そのうち春香がボーイフレンドを連れてきたりしたら」

「……え」

 

 愛しの娘がボーイフレンドを連れてくる……だと!? 新の心が騒めいた。大きくなったらパパと結婚すると言っている愛娘が彼氏を連れてくる光景……それを思い浮かべると新の心に何とも言えない切なさが込み上げた。駄目だダメだ、愛しの娘はやらん! そんな風に表情が物語っていたのか心春がクスクスと笑いだした。

 

「あっくんもやっぱりお父さんなんだねぇ」

「……だって心春ぅ」

「はいはい。泣かないでね。よしよ~し」

 

 思わず心春の胸の中で涙を流す新であった。学生の頃よりも若干ボリュームを増した心春の胸は柔らかい、同時に何とも言えない安心感を感じるのはいつまで経っても変わらない。心春の胸の感触を顔面に感じ、更に頭を撫でられて新の表情はもうご満悦の様子。

 

「……まあでも」

「??」

「恵令奈ちゃんのようにはならないようにしないと」

「……あぁ」

 

 恵令奈、その名前を聞いて新もそうだねと神妙そうに頷いた。今心春が口にした恵令奈とは、名字も合わせると佐山恵令奈といい春香と同い年の少女のことである。名字から分かるように、新と心春にとって友人である佐山和弘とその妻である恵梨香の間に生まれた娘だ。春香同様に心優しい少女に育ったのだが……この恵令奈という少女、少々困った悪癖とも言えるモノをしっかりと両親――正確には恵梨香から存分に受け継いでしまっていた。

 新と心春が思い出すのは少し前、隣に住む佐山家から恵令奈が遊びに来た時のことだ。

 

『実は相談があるんです』

 

 まだ幼いながらしっかりと敬語を身につけている礼儀正しい恵令奈、いい教育をしてるんだなと感心した。最初は……だ。次に続いた言葉が新と心春の表情を凍り付かせた。

 

『お父さんのお父さんをお風呂で見ると……こう、キュンってお股が感じるんです。新さん、心春さん、これって何なんでしょうか』

 

 その発言を聞いた瞬間、もうブリザードである。まだ小学生になりたての少女が頬を赤くしてこのようなことを口走るのだ。しかもまだ小さい、そう、小さい少女なのに放つ色気が半端ないのだ。

 

『お股を触るとジンジンってするけど、凄く気持ちよくて……気持ちよくなるとお父さんが……ふふ、欲しくなると言いますか、体を触ってほしくなると言いますか』

 

 ……こんなことを小学生が言うわけがないだろうと、新と心春は声を大にして叫びたかった。だが同時に理解することもある。間違いなくこの子は恵梨香の血を引いたある意味で立派な子供なんだと。

 当時は何とかいい感じに誤魔化したが、それからというものの恵令奈の和弘を見る目が危ない。あれは明らかに実の父親を見る目じゃなかった、正に恋する乙女の目なのだから。それを和弘に言っても見間違いだろと言って取り合わない、だが逆に恵梨香に言ってみると……もうね、原因は彼女かも分からんね。

 

『妻の私と実の娘を交えて3P……すっごいドキドキするね!!』

 

 興奮しながらそう話す恵梨香を見て新と心春は説得を諦めた。せめて和弘が恵令奈を誤った道に進まないように寸でのところで踏み止まることを願うだけだ。

 

「春香は大丈夫だよきっと」

「きっとじゃダメだよ! 私が許さないからね!!」

 

 必死に言う心春、きっと彼女は娘に誤った道に進んでほしくないから必死になっているのだ。決して恵令奈のように父親を狙われるかもしれないという嫉妬心から来るモノでは断じてない。決して、絶対、確実に。

 

「あっ!! またパパとママがイチャイチュ……イチュイチャ……あれれ??」

 

 おそらくイチャイチャと言いたかったのだろうか、言い間違えて首を傾げる愛娘の様子に新と心春の悩みだった佐山家の事情は綺麗に吹き飛んだ。

 あまりに可愛い間違いに頬を緩んでしまうのは親馬鹿の証。

 

「春香おいで」

「いらっしゃい春香」

「うん!!」

 

 名前を呼ぶと、春香は新と心春の間に入るように飛び込んできた。

 

「ねえパパ、ママ。ぎゅってして~」

「了解。ぎゅ~」

「ふふ。ぎゅ~♪」

 

 両親に左右から抱きしめられて春香は本当に嬉しそうで幸せそうな表情だ。新にしても心春にしても、娘のこの表情を見るだけで幸せになれる。それこそ何があっても娘を守っていこうと誓えるのだ。

 まあ、この家族に限って不安になることなどないだろう。それは何故かって? だって――。

 

 

 心春がいるし。

 

 

 

 

 その日のことを新は忘れないだろう。

 愛する妻が傍に居て、娘も居て、友人にも恵まれた彼の人生は本当に素晴らしいモノだった。目を伏せたい過去はあれど、それを乗り越えたからこそ掴み取った幸せなのだ。

 そんな幸せの中で、その瞬間は訪れた。

 心春と春香、家族揃って公園に遊びに行った時のことだ。少し目を離した一瞬で、春香がどこかへと行ってしまったのだ。迷子になったら大変だと、すぐに探そうとしたが幸運なことにすぐに春香は見つかった。妙齢の女性と楽しそうに話していたのだ。

 

「あ、パパ! ママ!」

 

 二人に気づいた春香がそう声を大きく上げると、傍に居た女性も釣られて顔を上げた。その女性の顔を見て、新は自分の中でずっと止まり続けていた最後の時間が動くのを感じたのだ。呆然とする新を見て、その女性も驚きに目を見張るように動かなくなってしまった。

 

「あっくん? ……っ!?」

 

 そして心春も、その女性を見て目を見張った。何も分からないのは間に居る春香だけ。春香はどうしたんだろうと視線を行ったり来たりしているが、最初に正気に戻ったのは女性だった。女性は春香に小さく何かを言うと、そのまま背を向けて歩き出してしまう。新も正気に戻り、心春に春香を頼むと言って走り出した。

 

「あっくん! きっと大丈夫だよ。頑張ってね!」

「……っ! ああ!」

 

 心春の声を背に受けて、新はその女性に向かって走り続けた。流石にそこそこ年を取っているせいか女性は走るようなことはできないようで、すぐに新は女性に追い付けた。

 

「待ってください!」

 

 新のその声に女性はビクッと体を震わせ、ゆっくりと振り向いた。優しさを感じさせる顔立ち、けれどもその表情はとてつもない悲しみと後悔に染まっている。断言できる……女性は新を知っている。そして新自身も女性を知っていた。幼いころから、忘れられない最後の優しい記憶に残り続ける女性のことを。

 女性を呼び止めたものの、中々言葉を発することが出来ない。そんな中で、近くのベンチにその女性が腰を下ろしたので新も腰を下ろした。最初に口を開いたのは女性だった。

 

「あの子は……貴方の子供なの?」

「……ええ。自慢の娘です。春香って言うんですよ」

「春香……いい名前ね」

 

 しみじみと、どこか眩しそうに遠くで遊んでいる心春と春香を見つめる女性。

 

「そしてあれが、まあ分かっていると思いますけど妻です。心春って言うんです」

「心春……ちゃんか。とてもいい奥さんみたいね」

「ええ、本当に」

 

 消え入るような声の女性に、新も心が苦しくなった。でも、それでも新は話さないといけないと思った。今を逃したら、絶対に後悔すると思ったから。

 

「……貴女には……その、お子さんとかは」

「……………」

 

 女性からの返答はない、時間に数十秒経ったくらいだろうか。その辺りで女性が口を開いた。

 

「息子が居たわ。とても可愛くて、優しくて、自慢の息子がね。もう会えることはないでしょうけど……本当に自慢の息子だったの」

「……………」

「あの子がどんなお嫁さんを迎えるだろうかとか、いつこの腕にその子の子供を抱けるだろうかって……色んなことを夢見てた。でも……私の弱さが全部失わせた……ふふ、最低の母親にはお似合いだと思うわ。薄汚れた私に……もう息子に会う資格なんてないもの」

 

 なんとか涙を流さないようにしている女性を見て、新の心は悲鳴を上げそうになった。でも、その前に……動き出す前に伝えなければならないことがある。まだ絶望から抜け出せていないこの女性に、新はずっと伝えたかった言葉があるのだ。

 

「……俺にも母が居ました。幼い頃から大好きだった母です……色々あって会うことはなくなりましたけど」

「っ!!」

「でも、会えたら絶対に伝えなきゃって思っている言葉があるんです――俺を生んでくれてありがとうって」

「……え」

 

 そこでやっと、女性の視線は新へと向いた。信じられない、そんな愕然とした表情を浮かべている。

 

「確かに母が居なくなってから大変なことがたくさんありました。心が壊れてしまいそうになるような……辛かった時期がたくさんありました。でも……母との優しい記憶が俺を生かしてくれた。そんな俺は心春に出会えて、春香も生まれて、本当に幸せになれたんです。ご飯を用意する時、お箸を並べただけでも頭を撫でて褒めてくれたあの優しい母との記憶があったから……っ!」

 

 新は女性の手を優しく握りしめる。そこで女性はもう涙を我慢することができないのか、ボロボロと手を当てることもなく涙を流し続けていた。

 

「最低なんかじゃない……汚れてなんか居ない……俺にとって、どこまで行っても母さんは母さんなんだ!」

「……あら……た」

 

 女性も新の手を握りしめ、その場に居ることを確かめるように強く、強く握る手に力を込める。

 

「その夢は叶わないなんてことは絶対にさせない。俺たちの最愛の娘、抱きしめてあげてくれよ――母さん」

「……あぁ……ああああっ!!」

 

 新の言葉は女性の心を縛っていた鎖を壊す。これから先も、この後悔と悲しみを背負って生きて行くのだとそう思っていた。そんな女性を今、新は確かに救った。

 新と女性の元に心春が春香を抱えて歩いてきた。

 

「妻の心春です。初めまして、新君のお母さん」

「……ふぇ? パパのお母さん??」

 

 頭を下げる心春とは別に、何のことかよく分かっていない春香の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいるようだ。心春に促され、春香はゆっくりと女性の前に歩き出す。目の前に春香が来たというのに、後一歩を踏み出すことが出来ないようだ。

 

「ほら母さん。もう逃げられないよ」

「ふふ、そうですよお母さん。私からもお願いします」

 

 新と心春の言葉を受けて、女性は恐る恐る手を伸ばす。

 

「……えい!」

 

 何を思ったのか、春香が先に女性の胸に飛び込んだ。女性はいきなり訪れた胸の衝撃に驚いているようだが、すぐに実感が来たのか優しく、優しく春香を抱きしめた。

 

「……おばちゃん……パパと同じ感じがする!」

「!! ……そう……そうね……っ! “家族”……だからね」

 

 女性は春香の存在をしっかり感じるように、涙を流しながらも嬉しそうに抱きしめ続けるのだった。

 

 新と心春の間に生まれた春香の導きとも言える今回の出会い、これはきっと偶然ではないのだろう。在るべくして在った再会、こうしてようやく……新のずっと止まっていた最後の時計が動きだした。

 この日を境に、朝岡家のリビングに飾られている写真が一枚増える。

 それに写っていたのは新と心春に春香――そして、満面の笑みを浮かべて新の隣に並ぶ母だった。




佐山家の日常は気になりますかね(笑)

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