思い付きのネタ集   作:とちおとめ

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これにて美咲のお話は終わりです。

ありがとうございました。



姫川美咲の場合 Ending

 それは突然のこと、全くの予期せぬ言葉だった。

 

「あ~、皆さんに報告です。小堀君が家庭の事情で転校することになりました。挨拶を出来ないのは残念でしたが、何かご家族の方で色々とあったみたいでその余裕もないみたいです。先生の方でも――」

 

 小堀が転校する……その言葉はまるで波紋のように亮太の鼓膜を震わせた。亮太を悩ませていた小堀が理由も明らかにせずに転校する。家族の方で何かあったとのことだが、亮太にとってはどこかホッとすることでもあった。何か悪いことがあったかもしれないのに、心配よりも嬉しさが溢れた辺り亮太は己を最低なやつだなと苦笑した。

 

(……美咲)

 

 まあでも、それは表に出さなければ批判されることはない。亮太にとって美咲を汚そうとした時点で小堀は憎むべき悪だった。あの薄汚い話を聞いてからの転校という何とも言えないタイミングの良さを感じるが、今の亮太はそのことに関して深く考えることはなかった。

 そして――。

 

(……どういうこと?)

 

 亮太とは別に美咲も事が上手く行ったことに対する達成感を感じると共に、一つの違和感を感じていた。確かに小堀に直接手を下したのは美咲だが、家族に何かがあったというのは想定外だった。二度目になるがあくまで美咲が手を下したのは小堀のみ、小堀の家族など見たこともないし知ろうとしたこともないため、その家族に何かがあったという部分が美咲の中で引っ掛かった。

 一体何があったのか、少し思考しようとしたその時だった。

 

「フフ」

「っ!?」

 

 キュッと、心を鷲掴みにされるような悪寒を美咲は感じた。反射的に美咲が目を向けたのは左隣の席、そこに座っているのは美咲の友人である綾乃である。

 美咲の視線を受けた綾乃は先生から視線を切り、ゆっくりと美咲を視界に入れて口を開いた。

 

「良かったじゃない。色々と掃除する手間が省けたでしょう?」

「……あの屋上の言葉、撤回するわ。えげつないってもんじゃないわねアンタ」

 

 不気味に紡がれた綾乃の言葉は美咲にしか届いていない。綾乃の放つ雰囲気、凍てつくようなソレは美咲しか感じている者は居ない。今回小堀に手を下したように、愛する者の為ならば冷酷になれる美咲であっても、このように本性を露わにする綾乃は恐怖を感じる相手でもある。

 とはいっても、綾乃の悪意が美咲に向かうことは決してない。何故なら綾乃にとって美咲は友人だから。更に言えば大切な人との仲を引き裂かれるかもしれない、美咲と綾乃の性質上それはあり得ないことなのだが、醜い男共の欲望の対象になったというのは一つの親近感を覚えさせることになるのは当然だった。

 

「……まあでも、感謝するわ。近くにあいつらが居ないってだけで、リョー君の幸せは約束されるもの」

「立花君だけでなく、あなたも幸せになりなさい。決して、“夢”のようにはならないようにね」

「……何のことか分からないわ。でも……もちろんよ」

 

 これ以上この話題について話すとおかしくなりそうだと、美咲は綾乃から視線を外した。綾乃から視線を外した瞬間、怖がらせちゃったかしらとか呟きが聞こえたが、正直に言って怖かったのは言うに及ばず。綾乃は絶対に敵に回してはいけないと再認識した瞬間だった。

 

(……少し前までは“誰もが彼女を狙っている”って感じだったけど、蓋を開けてみれば“誰も彼女を狙えない”って方がしっくりくるわね。だって手を出したら終わるもの文字通り)

 

 そこまで考えて美咲は廊下側の席に座っている亮太に目を向けた。亮太の姿を見てしまえば、美咲が感じていた綾乃への恐怖も綺麗に消えていく。何はともあれこれで不安要素は全て消えたのだ。亮太と美咲を脅かす存在はもういないし、何よりこれで亮太が夢を諦める必要もない。美咲としても、夢に邁進する亮太の姿を傍で見れることに思わず笑みが零れる。

 

(リョー君……リョー君リョー君リョー君リョー君リョー君リョー君♪)

 

 大きな仕事を成したせいか、亮太に対する想いが天元突破してしまった美咲である。もうこうなってしまっては今も尚話し続けている担任の言葉なんて耳に入ってはこない。美咲の頭の中にあるのは全部が全部亮太のことだけだ。ずっと見つめ続けたせいか、はたまた美咲の熱い想いが届いたのかは分からないが、亮太が美咲の視線に気づき視線を向けて来た。

 あっと声を上げそうになったが寸でのところで踏み止まる。踏み止まったのだが……。

 美咲の視線に気づいた亮太は照れくさそうに頬を掻きながら、美咲に対して笑みを浮かべた。もうそれだけで美咲の心はズキューンとマグナムで撃たれたかのような衝撃を受ける。亮太の笑顔など今までに何度も見てきたが、今の亮太は不安から取り除かれたおかげか全く陰りがない。美咲の大好きな愛する人が心からの笑みを浮かべている……これで喜ばないなんて是非もないよねってやつだ。

 頬に手を当てていやんいやんと最低限の動きで感情を露わにする美咲の姿、そんな彼女の姿に流石の綾乃も――。

 

「……恐るべし立花君の笑顔」

 

 ……美咲を見て若干引いていた。

 美咲を遥かに凌ぐ知る人ぞ知る容赦な無さ、そんな裏の顔を持つ綾乃であっても気持ち悪いモノは気持ち悪いとちゃんと言えるのだ。そう、その対象が無二の友人であったとしても。

 結局、亮太の笑顔にやられた美咲は終ぞ先生の話は耳に入ってこなかった。ついでに一限の授業も全く身が入らず、ずっと頭の中は亮太の笑顔とこれから過ごす彼との甘い日々の妄想が絶えなかったとかどうとか。

 

 

 

 

 それからも日々は過ぎた。

 結局亮太と美咲は部活を辞めることはなく、残り続ける情熱を野球に注ぎ続けた。もちろん美咲に対して不快な視線を投げかけていた少人数の部員は排除され、本当の意味で亮太と美咲が不安に脅かされることはなくなったのだ。

 学校では勉学と部活に励み、プライベートでは今まで以上に二人は愛を育む。お互いが望み、焦がれた日常が当たり前の光景となって定着した。

 

「……リョー君、好き」

「俺もだよ。美咲」

 

 そして今日もまた、二人は激しく愛し合った。

 ベッドの上で一糸纏わぬ二人は互いに強く抱きしめ合い、お互いの体温を交換するかのように体を密着させる。亮太と美咲、二人が浮かべている笑顔は本当に幸せそうで充実した日々を送っているのが分かるというものだ。亮太が美咲の頭を撫でると、彼女はもっと撫でてというように体を更に強く押し付けてくる。まるで甘えてくる猫のようだなと亮太は苦笑するが、美咲の行動の全てが愛おしいと感じてしまうせいか顔がニヤけてしまって結局彼女の望むようにしてしまう。

 

「リョー君に撫でられるの好きだなぁ」

「俺も美咲に甘えられるの好きだよ。本当に幸せだ」

 

 思えばここまで心が穏やかになったのは久しぶりな気もすると、美咲は亮太の腕に抱かれながら思った。確かに体を狙われるという事態に見舞われはしたが、美咲には亮太を裏切るつもりはなくそうならないように対処できる自信もあった。大凡亮太との日常を守るという意味で美咲に出来ないことは少ないが、それでもやはりどうにも出来ないモノはある。

 それは一重に、美咲が愛する亮太の気持ちだ。出来ることならこのまま一生愛して続けてほしい、他の女に目を向けることなく自分だけを見てほしい、そんな独占欲を常に美咲は抱き続けている。人は万能ではなく、欠点をいくつも持った不完全な生き物だ。自分のダメな部分、醜い部分を知られ失望され亮太が離れて行ってしまう……そんなことは絶対に考えたくない。だからこそ、美咲は亮太に相応しく在ろうと今まで精いっぱいに生きてきた。

 

「……ねえリョー君」

「ん? どうしたんだ?」

 

 名前を呼ぶと、亮太はその目を真っ直ぐに向けてくれた。美咲はそれだけで心が温かくなるも、どうにか伝えたい言葉があった。それは美咲の心の叫び、亮太しか聞くことはないだろう彼だけにしか言えない弱音。

 

「私はね、リョー君が思っている以上に醜い女だよ。リョー君の傍にずっと居たい、リョー君に一生私だけを見てほしい……そんな独占欲をいつも持ってるの。リョー君が私から離れて行っちゃうなんて考えたくない、もしそうなったら私は自分が何をしちゃうか分かんない」

 

 言葉にする中で本当に嫌な女だなと美咲は思ったが、好きな人にずっと傍に居てほしいと願うのはおかしなことではない。その気持ちの大きさに個人差はあれど、大半の人は美咲と同じことを考えるはずだ。

 

「だからリョー君……お願い、私を……捨てないで」

 

 醜い自分をどうか見捨てないで、そう言葉にした美咲を見て、亮太は馬鹿だなと苦笑して上体を起こした。寝たままの美咲は亮太を見上げる形となって彼からの言葉を待つ。亮太は静かに美咲へと言葉を口にした。

 

「美咲はさ……凄い美人で、優しくて、俺のことを一番に考えてくれて……本当に俺には勿体ないくらいの素敵な人なんだ。寧ろ、俺の方がいつ美咲に愛想尽かされてしまうのかって怖がっているくらいだよ」

「そ、そんなことないよ!」

 

 亮太に対し愛想を尽かすなんて絶対にあり得ない、それこそ世界がひっくり返ってもあり得ないことだと美咲は声を大にして否定した。

 起き上がって顔をこれでもかと近づけて否定してきた美咲に亮太は目を丸くしたものの、すぐに笑みを浮かべて美咲の頭を撫でながら言葉を続けた。

 

「俺も独占欲なんていっぱいあるさ。出来るなら美咲を部屋に閉じ込めて、誰の目にも触れさせたくないとか馬鹿なことを考えたことがあるくらいにはね。それほどに……俺は君という存在を手放したくないんだ」

 

 結局の所、相手を独占していたい気持ちはお互い様なのだ。美咲にしても亮太にしても、相手に抱く愛は一般に比べて遥かに重たい。亮太の為ならば美咲は冷酷な一面をこれでもかと見せるし、反対に美咲の為ならば亮太は教師にさえ躊躇せずに手を出してしまう。

 

「美咲は俺にとって太陽みたいな人だ。君という温もりがないともう生きて行けないほどに君が大切なんだ……あはは、どうだ? 俺の方が醜いし気持ち悪くない?」

 

 亮太の自虐するような笑みに、美咲はそんなことないと首を振ってその胸に飛び込んだ。野球をする上で鍛えられた固い胸板の感触、それでも美咲という存在を柔らかく受け止めてくれる優しさ、美咲はこうして亮太の胸元に顔を埋めるのが好きだった。亮太の温もり、感触、包んでもらっているという幸福、その全てを一度に感じることができるから。

 

「気持ち悪くなんてない……私も……私もリョー君が居ないと生きて行けないよ。だからリョー君、これからずっと……リョー君を私に縛り続けてもいい?」

 

 美咲の問いに、亮太は深く頷きこう答えた。

 

「ああ、もちろんさ。その代わり、美咲も俺の人生に縛り続けてもいいか? 君という存在を、死ぬまでずっと何があっても俺の傍に」

 

 亮太の問いに、美咲も深く頷いた。

 断る理由なんてない、亮太の傍に生き彼の為に生きることこそが生き甲斐なのだから。いつも想いは通じ合っていた……でも今の問いかけはこれからの未来を永劫に渡り傍に居続けるという契約の儀式。何があっても、どんなことがあっても、絶対にお互い離れないという約束。二人で永遠に続く束縛という名の牢獄に入ることを決めた瞬間だった。

 

「美咲」

「リョー君」

 

 互いに顔を見合わせ、次第にその距離は零になる。胸に燻る想いを互いにぶつけ合うように、お互い舌を絡ませながら再び横になった。

 

「ごめん美咲、始めちゃうと当分止まらないかもしれない」

「いいよ。リョー君の全部受け止めるから。その代わり、私も思いっきり求めちゃうからね」

 

 愛欲に染まるように、この日二人は部屋から出てくることはなかった。

 これからの未来、この二人の仲が引き裂かれることはおろか、どちらかが離れることも決してないだろう。それほどに二人の愛の繋がりは強く、間に誰かが入り込める隙など存在しないのだから。

 

 

 

 

 

 茹だるような暑さ、球児たちの立つグラウンドを灼熱の暑さが襲う。スコアボードに記されているのは一点差というまだどちらに転んでもおかしくはない勝負。

 最終回、ツーアウトランナー満塁という場面で一人の少年がバッターボックスに立った。バットを握り、ピッチャーを見据える彼の手首には手作りのミサンガが巻き付いていた。この少年は一度、甲子園に行くという夢を諦めかけたものの、紆余曲折あってその夢を続けることができた。

 

「……………」

 

 そう、少年は今夢の場所に辿り着こうとしている……多くの想いを背負って。

 ピッチャーがボールを投げ、その勢いは最終回となっても衰えることなく適格なコースを突いてくる。ボール球は見逃し、ストライクになるボールはカットし、気づけばフルカウントになっていた。

 ピッチャーも、バッターの少年も尋常ではない汗を搔きその場に立っている。さあ次のボールが勝負だ……そんな中、少年はベンチに居る一人の少女に視線が向いた。

 

「………………」

 

 メガホンを片手に、スコアブックを力の限り握りしめて見守っている少女が居た。彼女はバッターの少年から目を離さず、一心に見つめ続けている。そんな少女の姿を見て少年は笑みを浮かべ、そしてピッチャーに視線を戻した。必ず打ってやる、そんな強い意志を宿して。

 ピッチャーが振りかぶり、少年は構える。そして――。

 

「……ッ!!」

 

 投げられた勝負の一球、少年は力強く、全てを込めるように思いっきり振り抜いた。

 

「……あ」

 

 その声は誰のモノだっただろうか、でもその声の出所はすぐに分からなくなる。

 何故なら、バットにボールが当たった音の後に響いたのはグラウンドを震わせるほどの大歓声だったのだから。少年も良く覚えていない、でも無我夢中で一塁ベースまで走ったのは覚えている。少年が振り向いた時、それは逆転勝ちとなる二塁ランナーがホームに帰ってきた瞬間だった。

 ベンチから皆が走ってくる。でも一番にヒットを打った少年に駆け寄ってきたのはマネージャーの少女だ。彼女はその勢いのままに少年に抱き着き、涙を流しながら笑みを浮かべていた。

 

 花の咲いたような笑顔、それは少年がいつも好きだった愛する少女の心からの笑顔だった。

 

 

~姫川美咲編 fin~




次回辺りはちょっと心春とか百合華のアフターみたいなの考えています。
百合華に関してはちょっと一度寝取られているという点で評判が悪かったですけど、まあ幸せな彼女を書ければなと思っています。

なろうの方の小説も好きで感想もよく目を通すんですが、どんな事情があるにせよ主人公じゃない別の男に処女奪われた時点でそのヒロインに対する痛烈な言葉を良く見かけますけど、やっぱヒロインが処女がそうでないかって大切なんですかね。
自分は特にその辺は気にしないですが(笑)

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