理由を言うとデータが吹っ飛んだのもあるしそれ抜きにするとあまり内容を覚えていないという。
なので今回は番外編。
作品名は“都会の色に染まる彼女”
同人の作品かな? 絵が凄く綺麗だったのが印象に残っています。
田舎の学校に通う少年――正人はある命題について考えていた。机に座りながら顎に手を当て、手に持ったボールペンをクルクル回しながらノートに書かれた文字と睨めっこをしている。そのノートに書かれている文字はというと。
「……寝取られか」
そう、何をトチ狂ったのか正人少年……必死に寝取られというモノについて考えていたのだ。事の発端はとある小説サイトを見たのがきっかけだった。勇者や悪魔が現れるネット小説を好む正人は、ほぼ日課になりつつあるスコップ作業を行っていた。その中で見つけた正人の好みにあった作品の概要欄に、R18版もありますという言葉を見つけた。それがきっかけで正人はその好みに合った小説のR18版を見たのだが、内容は思わず砂糖を吐きたくなるほどの純愛モノだったので大変満足だった。
互いに惹かれ合う男女が一途に愛し合うその物語はとても美しく、同時に愛おしい彼女が居る正人にとっても純愛の素晴らしさを今一度確認できた良い時間だったのだ。
さて、問題はここからである。
ネット小説とは目次の下に、読者が好む他の小説の候補が検索できるようになっているのはご存じだろうか。今回正人が見ていたこの小説の目次下にもそれはあった。そしてその中で正人が気になったのが所謂寝取られ物の小説だった。愛し合った恋人の仲を引き裂くように、チャラ男が女の子を快楽堕ちさせる話である。興味本位で読んだ小説だったのだが、いくら物語の世界とはいえ胸糞悪くなったのは当然だった。
結局最終的な終わりはその女の子とチャラ男がセックスしている場面の映像を主人公に送り届けて終わるという……まあ寝取られ作品の中では比較的メジャーなエンディングだった。
「……不思議なモノを好む人がいるよな……俺は嫌いなジャンルだけど、下半身は正直だわ」
嫌いなジャンルだった……でも読み進める手は止まらず興奮もして、人間の体は単純で正直だというのも再認識だ。確かに興奮はしたが虚無感のような得体の知れない気持ち悪さも抱えた――その結果が今の寝取られについて考えている正人の図が出来上がったというわけである。
正直何でこんなモノについて真剣に悩んでいるのかと思ってしまうが、一度考えてしまうと中々頭から離れないのも確かである。そんな風に考えていた正人の部屋にノックの音が響いた。
『正人~? 入るよ?』
「? あぁ薫か。いいよ」
正人の返事を聞き部屋に入ってきたのは一人の少女だった。長い髪を一本にまとめ、服の上からでも分かってしまう二つの大きな膨らみ、そしてスカートから覗く綺麗な素足は健康的で思わず目が向かってしまう。そんな彼女の名は薫、正人の幼馴染であり恋人でもある少女だった。
正人は薫が来たといっても特に変化を見せることなく、変わらず寝取られという言葉について考える。薫もそんな正人の様子が気になったのか、正人の後ろから抱き着くようにして机の上を覗き込んだ。その拍子に薫の豊かな胸が正人の頭に押し当てられ、むにゅりと形を変えているが薫には気にした様子はない。反対に正人は相変わらず素晴らしい感触だなと思っているが、お互いにお互いの変態な部分は既に知り尽くしている。正人にしても薫にしても、この程度の触れ合いは日常茶飯事だ。
机を覗き込んだ薫は寝取られという言葉を見つけ、目を白黒させながら呟いた。
「寝取られ?」
「あぁ。興味深いジャンルがあると思ってさ」
そこから正人が語ったのはこのジャンルの小説を見る切っ掛けになったことだった。興味本位で見てしまったこと、胸糞悪くなったこと、それにも関わらず不覚にも興奮してしまったことを伝え終わると、薫は我慢することなく面白そうに笑い出した。
「あはははは! 何を真剣に悩んでいるかと思ったらそんなことを悩んでたの? ていうか馬鹿真面目に恋人に寝取られについて語るってどうなのよ」
「……まあそれもそうか」
「そうそう……それに」
「? ……っ!?」
ふと正人の視界が黒く染まった。何かと思いモゴモゴと動かすと、顔に感じる感触は柔らかく温かかった。そう、薫の豊満な胸である。左右から柔らかい胸に包まれるサンドイッチな状態、正人は至福の時を味わいながら頭の上から聞こえて来た薫の言葉を聞いていた。
「こ~んなにいつも尽くす恋人が居るのにさ。物語の世界とは言え私じゃない何かに興奮させられたのって気に入らないなぁ」
「エロい物を見たら興奮するのが男の性だってずっと言われてるから」
「分かってるけど……? クンクン」
「……どしたの?」
「一人で処理したかどうかの確認。匂いで分かるもん」
「……………」
お前は犬か、なんて言葉は呑み込んだ正人だった。
離れたくはなかったがずっと胸に顔を包まれているというのもアレな話なので、正人はゆっくりと薫の胸から顔を離した。そこでふと、薫がこんなことを呟く。
「正人はさ……もし私が寝取られちゃったらどうする?」
「……は?」
その薫の問いかけに正人の顔から表情が消えた。目の前に居る何よりも大切で、何よりも愛おしい恋人が他の誰かのモノになる。自分の知らない所で股を開くようなことがある……そこまで考えて正人は頭が沸騰しそうなほどの怒りを感じた。
そんなことがあってたまるか、そう声を大にして言おうとしたその瞬間――正人は薫のキスを受けた。突然のことで驚いた正人だったが、驚きの声を上げる隙すら与えないと言わんばかりに薫は舌を正人の口内に侵入させた。正人の全てを奪おうとするかのごとく激しい口内の蹂躙、それは時間にしておよそ30秒ほど続いたのだった。
お互いの顔が離れると、間にあるのは橋のように掛かる唾液。ぷつっと音を立てるように唾液の橋が切れ落ち、薫は正人の顔を真っ直ぐ見つめながら口を開いた。
「その様子だけで十分だよ。私は正人に愛されてる……この上ないくらいにね」
「薫……」
「そして私も正人を愛してる。正人無しじゃ生きていけない、私の全ては正人。正人以外の男なんて知らない。正人っていう恋人がいるのに、下種な視線を向けてくる男を見ると殺したくなるわ」
先の正人同様に、表情を消した薫は淡々とそう囁いた。結局の所この二人は同じなのだ。互いを互いに思い合うその一途さは変わらないし、過剰なまでのお互いがお互いに対する独占欲がある。ただこれは正人は気づいていないことだが、薫の正人に対する愛情は常人のそれではない。正人の為ならば何でもできる……前提条件として正人が確実に傷つかないという条件があるが。それでもそのためなら手段を択ばない薫の愛はやはり恐ろしささえはらんでいた。
殺したくなる、その言葉に薄ら寒いモノを正人は感じたがすぐに薫は笑顔になったため気にすることもなかった。というかさ、そう前置きして薫は言葉を続けるのだった。
「そもそもさ、こんな風にご都合主義よろしくに寝取られが成功するのって物語の中だけだよ? この女の子みたいにご主人様~とか言うことまずないし、そもそも犯される前に脅された時点で脅迫だよ? 警察もそうだけど、親に言った時点でも一発アウトじゃないの」
……これ以上ないほどの正論だった。
確かに薫の言う通り、よく見る快楽堕ちのヒロインみたいに狂ってしまうのは物語の中だからこそあり得るのであって、現実でそのようなことはあり得ることではない。よほどのビッチなら分からないが、概ね薫の言う通りなのだろう。
正人は薫の言葉を聞いてしょうもないことに悩んでいたのが馬鹿らしくなったのか、やめだやめだとノートを閉じてベッドに寝転がった。そんな正人の様子に薫は苦笑し、次いでえいっと可愛い声を上げながら正人に跨るようにポジションを取る。
「ふふ、ごめん正人。さっきのキスで私、スイッチ入っちゃった」
そう言って服を脱いで下着姿になり、最後の防波堤でもある下着も取っ払った。薫の言葉を裏付けるように、ジワリと薫の股を雫が垂れて落ちる。まだ時間は昼過ぎほど、しかしそんな時間に似つかわしくない嬌声がこの後響くのだった。
色んな液でグチャグチャになったベッドの上で、正人の腕に抱かれながら薫は思う。
(あの時の正人の怒り、凄い心地よかった。私が誰かに奪われるかもしれないって考えて、あそこまで怒るなんて私本当に愛されてる。素敵……素敵よ正人。でもそれは私も同じ……貴方が私から離れるかもしれないって考えると何するか分からないわ)
光の消えた目で薫は正人を見上げる。結構激しく動いたせいか眠たそうにしている正人は薫の目に気づかない。正人と薫、二人にとっての理想的な日常を作り上げるために、邪魔になるモノは全て排するという残酷な考えを滲ませる薫の目に。
「……まあそうなるように仕向けた面もあるんだけどね。誰にも渡したくなかったんだもん……正人、愛してるわ」
誰にも渡さない、そのためなら愛する恋人の価値観さえ無意識に内に壊して見せる……本当に薫は狂っていた。計算高く、正人の為ならば何をするのも厭わない……そんな薫でさえ予測できなかったことが一つある――それは。
「別にいいさ。薫が俺の傍に居てくれるなら。俺も君を愛してる――薫はずっと俺だけのモノだ」
「っ!?」
もしかしたら……薄々正人は気づいていたのかもしれない。薫の持つ異常さを。そして何より、そんな薫さえも愛おしいと感じ受け入れていることを。
薫は今の正人の言葉、ずっと俺だけのモノだという言葉を聞いて盛大に濡れた。それこそすわ大洪水か、と言わんばかりに。ピクピクと体を震わせる薫は再び正人を見つめる。そんな彼女の瞳は大きなハートマークに染まっていたと後に正人は独り言として呟いたとかどうとか。
「ねえねえ聞いた? 下田のやつ、薫さんを下着姿にさせたんだって」
「聞いた聞いた。マジ最低だよね。下着姿の写真撮られたみたいだけど、その時のボイスレコーダーが証拠になって下田のやつ退学になったらしいよ」
「いいザマだし。ていうか取り返しの付かないことにならなくて良かったよ本当。薫さんって私たちの中じゃ憧れじゃん?」
「まあね。あ~あ、私も薫さんみたいに恋人とイチャイチャしたいなぁ」
「その言い方はアンタに恋人がいるような言い方だからやめときな」
「居るよ? 恋人」
「……は?」
「恋人居るよ私、もう半年になるかな」
「……………」
「やっほ、どうしてその子固まってるの?」
「やっほ~。う~ん、私に恋人が居るよって言ったところからこんな感じ」
「……あぁなるほど。ねね、それよりビッグニュース」
「?? 何々~?」
「下田のやつ、今朝自殺したって先生たちが話してるの聞いちゃったわ」
「……うわぁ、それ本当?」
「マジマジ。ヒソヒソ話してて詳しくは知らないけど、間違いはないと思う」
女子たちのヒソヒソと囁かれる話、その話が聞こえたのかどうかは分からないが……一人の女子生徒が怪しく嗤うのだった。