思い付きのネタ集   作:とちおとめ

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いつ振りのあかねだろうか……。

割と本当に亜弓の扱いが難しい。
嫌いなキャラではなく寧ろ好きなんでどうしたものか。


姫宮あかねの場合3

 朝の早い時間、麻人はゆっくりと目を覚ました。

 まだ起きかけということもあり頭がボーっとして思考が定まらないが、麻人は少しずつ昨夜の記憶を取り戻していく。仕事の帰りに亜弓に出会い、そのまま成り行きで家まで連れてきてしまったせいであかねと壮絶な修羅場を繰り広げることとなったのだ。

 亜弓とは別に誰か来客が来たような気もしたが、あの後特に二人とも気にしていなかったので麻人の気のせいだったのかもしれない。

 

「……あぁ徐々に思い出して来たぞ」

 

 風呂から上がった後も、結局亜弓は帰ることなくあかねとガンを飛ばし合っていた。胃が痛くなる思いではあったが麻人が仲介に入ることにより何とか二人は争いをやめた。まあその後に何故だか分からないが酒の飲み比べなんていう不毛な争いに発展したのだが。

 言い出したのは亜弓で乗ったのはあかねだ。普段から酒を飲んでそこそこ強い亜弓に対し、あかねは普段あまりお酒を飲まないのでかなり弱い……はずだったのだが、不思議なことにあかねは亜弓に食らいついていた。一体どんな執念を宿して酒を喉に通していたのかは分からないが、その争いの中心にいるのは少なからず自分だという認識が麻人にはあったため、本当にヤバそうな状況になったらしっかり止めるつもりではいたのだ……残念ながらここまでしか麻人の記憶は残っていない。

 普段ここまで記憶が残らないことはないのだが、どうやらあかねや亜弓に触発されて結構な量飲んだらしい。救いなのは二日酔いのように頭痛がしないことくらいか、二日酔いの辛さを知っている麻人にとってあのような経験は二度としたくないと思うほどである。

 さて、本日は休日だが朝早く目を覚ますのは眠くはあるがやはり気持ちがいいものだ。掛け布団を被っている隣の膨らみ、あかねもまだ夢の世界のようで布団がゆっくりと上下している。こうしてあかねより先に起きたのは珍しいこと、麻人はこういう機会はそうないとして愛する恋人の寝顔でも眺めようと……ゆっくりと布団を捲るのだった。

 

「良く寝てるな」

 

 麻人から顔を背けるように寝ているあかねはここまでされてもまだ起きない。麻人はあかねが起きないように頭を優しく撫でながら、その表情を幸せな笑みへと変化させ……たかのように見えたが、彼女の体に触れた瞬間麻人に謎の電流のようなものが駆け抜けた。

 同じベッドで隣に寝ていたものだからあかねと思い込んでいたが……よくよく見てみると若干あかねより髪が長い気がした。その瞬間麻人はまさかと、背中を嫌な汗が流れるのを感じた。

 

「……ぅん……すぅ……すぅ……」

 

 麻人の不安なんて何のその、その女性は麻人の方へと寝返りを打ち幸せそうな寝顔を見せた。そう、この女性はあかねではなくその姉の亜弓である。この場所は夫婦の寝室であり、しかもベッドの上だ。着ているのはおそらくあかねに借りたのかパジャマだが、胸元のボタンが外れその豊満な胸が覗いているのは目の毒だ。麻人はすぐに目を逸らして一体どうしてこんなことになったのかと頭を抱える。

 

「……嘘だよな? もしかして……そういうことなのか? ……え、マジで?」

 

 正常な判断ができないのか目がグルグルと回っている麻人である。まだ真相は謎の中だが、もし万が一にでも間違いを犯してしまっていたのならあかねに何て言えばいいのか、少し前に彼女を寂しがらせて泣かせてしまったというのにまた泣かすのか、しかも最も最悪な形で……と、もう駄目かもしれないと麻人は不安で胸が一杯になる。

 呆然としてベッドの上から変わらず動けない麻人、顔がビックリするくらいに真っ青だ……まあ、そんな麻人の不安はすぐに解消されることになるのだが。

 

「大丈夫だよ麻人。何も起きてないから」

「……え?」

 

 突如声が聞こえた方向へと麻人が顔を向けると、そこには部屋の扉を背にしたあかねが腕を組んで立っていた。亜弓に対して殺意……は言い過ぎかもしれないが鋭い視線を投げかけ、次に麻人に向けた彼女の顔は姉に向けたものとは全く違う慈愛の籠ったものだった。

 あかねは真っ直ぐに麻人の元へと向かい、彼の隣に座るようにベッドに座り込む。

 

「帰らせようとしたんだけどさ、先に寝ちゃった麻人の隣に寝転んで全然離れなかったんだよ。……本当に忌々しい」

 

 最後の言葉は聞こえなかったことにした。

 

「私が先に起きてお手洗い行ってたから不安にさせちゃったね。お姉ちゃんだけじゃなくて、私も麻人の隣で寝てたから何もなかったって言えるの。だから安心して?」

 

 顔を両手で包まれ、優しくそう言われたことで麻人の抱いた不安は消え去った。そっかと小さく呟き、頬に当てられた手に触れてあかねの温もりと感触を確かめる。思えばいつだって麻人が不安な気持ちを抱いた時はあかねが傍に居てくれて、こうして安心させてくれていた。至近距離で見つめるあかねの笑顔は本当に綺麗で、このままずっと見つめ合っていたいとさえ思ってしまう。

 

「……麻人」

 

 愛し合う恋人が見つめ合っていたらどうなるか、当然のことながらお互いの距離が0になる。寝ているとはいえ亜弓が傍にいるため少し触れるだけのキスで済ませるのは致し方ない。

 キスを終えた後、あかねは何かを思い出したのかクスクスと笑いながら口を開く。

 

「それにしても麻人ったらあんなに頭抱えちゃって。ちょっと可愛かったからもう少し見ていたかったかなぁ」

 

 どうやら先ほどの麻人の反応を見てツボに入ったみたいだ。正直麻人からしたらあかねとの関係が終わってしまうかもしれないとさえ思ってしまったほど、何もなくて笑い話になったこと自体は嬉しいがそれでも勘弁してくれと麻人は溜息を吐く。

 

「本当に色々終わるかと思ったんだぞ……寿命が縮んだ気がする」

「あはは、ごめんごめん。でもその程度……って言えなくもないけどさ、私が麻人を嫌いになったりすることは絶対にないよ」

 

 どこまでも麻人を安心させるような笑みであかねは続ける。

 

「私は麻人を絶対に嫌いにならないし裏切らない。私たちの関係が終わる時があるとしたらそれは……麻人が私に愛想を尽かすか、飽きてしまった時だと思うな」

 

 そんなもしもがあるとしたら……というあかねの言葉に麻人はすぐに言葉を返す。

 

「なら、俺たちの関係が終わる時は永遠に来ないかな。残念だなあかね、あかねはずっと俺と一緒に生きて行くことになりそうだよ」

 

 あかねとしては冗談交じりに言った言葉だったのだが、麻人からこんなにも愛の深い言葉が返ってくるとは思っておらず、不意打ちを突かれたように目を丸くしたがすぐに理解できたのかボンっと顔が赤く染まった。そしてその赤くなった顔を見られたくなかったのか麻人に抱き着き、彼の胸に顔を埋めることで何とか恥ずかしさを紛らわせようとする。

 

「い、今は駄目だよ……私さ。今麻人に見せられないくらい顔真っ赤だから……すっごいニヤけちゃってふにゃふにゃになってるから」

「え、何それ見たい」

「見ちゃダメ!」

 

 可愛く抗議するあかねに苦笑し、麻人は分かった分かったと頭をポンポンと撫でる。暫くそうしていると、麻人は横からジーっと音がするほどの視線を感じ何気なしにそちらに振り向いた。

 

「おうふ……」

 

 亜弓だ。

 彼女がジト目で麻人とあかねを見つめていた。穴が開くのではないかと言わんばかりに強い目力に麻人は目を泳がせる。反対にあかねはと言うと……。

 

「……ふっ」

「っ!!」

 

 ドヤ顔だ。それはもう勝ち誇る女のドヤ顔だ。

 あかねのそんな顔を見た亜弓はキッと睨みつけるように更に眼光を鋭くするも、あかねからしたらそんなもの怖くも何ともない。姉妹の間で静かに行われる争い、麻人は最後まで気づくことはなかったのだった。

 ……まあ。

 

(……空気が死んでる気がする)

 

 意外と気づいているのかもしれない。

 

 

 

 

 あかねの策略……とも言えるのだろうか、麻人と改めて心を通わせたあの一夜が明けてからのあかねは本当に幸せそうである。こうして麻人が仕事に行って距離が離れていても、もう不安なんて何も感じることはない。それほどに心の奥深くで麻人と繋がっているのが分かるからこそ、あかねはこうして美しい笑みを浮かべることができるのだ。

 麻人と共に送る日々は幸せ溢れる最高の日々、そんな幸せを肌で感じているあかねは一段と綺麗になっていく。溢れんばかりの魅力は周りに振りまかれ、彼女とすれ違う多くの異性が振り向くほどだ。時には声を掛けられることもある。もちろんあかねはそれに対し麻人という愛しい恋人の存在を匂わせてお断りをする。中には強引な男もいるが、その男が後にどうなるかはあかねのみぞ知るというやつだ。

 さて、そんな幸せに溢れる日々を送るあかねは今日もバイト先の家へと向かう。

 あかねがやっているバイト、それは家庭教師だ。相手は大学に落ちた浪人生の男性、そんな人の力になれるなら……なんていう理由なら綺麗なものだが、あかねがその家を選んだのは単純にバイト料が高かったからに他ならない。

 ……とはいえ、だ。

 

「……はぁ。めんどくさ」

 

 浪人生の男性――名前は佐々木亮太と言うのだが、彼はあかねに対して邪な感情を抱いている。それは出会った当初からあかねは気づいていたし、万が一を考えて必ず家庭教師をする日は家族が家にいる日でしかやらないという条件も付けていた。

 このような条件を付けて何と言われるか最初はヒヤヒヤしたものだが、亮太の母親はそれはもう厳しく息子と言えど容赦はない。それで学力が伸びるのならと喜んで了承した。

 

「……よし」

 

 家の前に立ち、呼び鈴を鳴らすと出てきたのは母親だった。

 母親はすぐにあかねを亮太の自室へと案内し、そこであかねに対し一言。

 

「それにしても残念ね。今日で最後なんて、亮太の成績も上がってきたのに」

 

 そう、この家庭教師のバイトは今日が最後なのだ。もちろんこれは母親にだけ言っているだけで亮太には伝えていない。めんどくさいことになるのが分かっているからだ。

 母親と短く言葉を交わしたあかねは亮太の自室へと入る。

 

「あ、あかねさんいらっしゃい」

 

 中に居たのは当然亮太で、彼は爽やかにそう声を掛けてきたがその瞳の奥には隠し切れないほどのあかねに対する情欲が見えていた。あかねは一瞬無表情になりかけるが、すぐに取り繕って笑顔と言う名の仮面を張り付ける。この笑顔が仮面だと気づけるのは麻人、そして姉の亜弓くらいなものだろう。それほどにあかねは麻人の前以外では何枚もの仮面を被っている。

 

「こんにちは亮太君。それじゃあ今日もお勉強頑張りましょうか」

 

 そう言って家庭教師の時間が始まった。

 いつもと変わりなく、時折見つめられる亮太からの不快な視線に我慢しながら時は過ぎていく。顔、胸、腕、太もも、足と色んな場所に向けられる彼からの視線に手に持っている辞書に力が入りそうになるが大きく息を吸って吐くことで何とか落ち着きを取り戻す。

 そのように不愉快な時間を過ごし、終わりが見えてきたところでふと亮太がこんなことを言い出した。

 

「ねえあかねさん。もしいい成績が取れたらさ、お願いがあるんだけど」

「お願い?」

「うん。ご褒美が欲しいんだよね。それもちょっとエッチなやつが」

「……は?」

「そうすれば凄く頑張れると思うんだけど……ダメかな?」

 

 ダメに決まってんだろうがカスが、とは心の中で留めておく。

 あかねはその言葉に何も答えることなく、腕時計で時間を確認し持ってきた参考書を纏めだした。そして能面のような表情で淡々と口を開く。

 

「今日はもう終わりね。あぁそうそう亮太君。次から私はもう来ないから、別の家庭教師を雇ってね」

 

 何の感情も浮かんでないような声音で放たれた言葉に、亮太は一瞬何を言っているのか分からなかったが、すぐに理解したのか何故と口にした。

 

「そういう約束よ。今日が最後っていうのもお母さんは了承済みだわ」

「な……なんだよそれ……」

 

 あかねからすれば予定調和のようなものだが、そんなあかねに対し執着とも言える劣情を抱く亮太にとっては寝耳に水な内容だった。立ち上がったあかねを何とか引き留めようと亮太が彼女の腕を掴もうとしたが……。

 

「触らないでくれるかしら」

 

 彼女の眼光をその身に受け、亮太はビシッと体が動かなくなる。それは紛れもないあかねから与えられる恐怖だった。

 しかし、それでもずっと動けないというような情けなさを見せないのは流石男だからだろうか。亮太はすぐに母親の元へと走って行った。あかねはそんな亮太に対し、やはり何を考えているのか分からない無感情な瞳を向けるだけ。

 荷物を纏め、帰る準備が出来たあかねは亮太と母親が居るだろうリビングへ向かう。

 

「どういうことだよ母さん! あかねさんが辞めるなんて聞いてないぞ!?」

「あかねさんから頼まれていたのよ。余計な気を遣わせたくないって」

 

 近所迷惑になりそうなほどの亮太の声に、あかねは本当に男って屑だなと吐き捨てるように心の中で呟いた。亮太と母親、二人が居る部屋にあかねが入ると母親はすぐに笑顔になってあかねの元に歩いてきた。

 

「今までありがとうあかねさん。私としても貴女は気に入ってたから寂しくなるわね」

「私も同じ気持ちです。お母さんには本当に申し訳ないですが……」

「そんなことはないわ。あぁそうだ。はい、お給料よ」

「ありがとうございます」

 

 あかねは母親からそこそこに重さのある封筒を受け取り鞄にしまう。

 このまま後は帰るだけだ、なんて都合よく行くはずもなくやはり亮太が噛みついてきた。

 

「あかねさん! 俺を見捨てるのかよ!?」

 

 ブンブンと飛び回る蚊のような鬱陶しさにあかねはついに隠すことのない溜息を吐いた。

 

「亮太黙りなさい!!」

 

 母親の一喝に亮太は黙り込んだが、すぐにまた何かを言おうと口を開きかけたその時だった――あかねが語り出したのは。

 

「お母さん、次に雇う家庭教師の方は男性の方がよろしいかと思います。それか予備校に通わせればよろしいでしょう」

「あかねさん?」

 

 目元が隠れてあかねの表情は見えないが、やっと我慢してきたものを吐き出せる……そんな解放感さえ感じさせる声のトーンだった。

 

「私のように女性の家庭教師では、良い成績を取ったご褒美として“性的な要求”をされてしまうかもしれません。そうなってはその女性の方が気の毒でしょうから」

「なっ!?」

「っ!!」

 

 母親はまさかの言葉に驚きを隠せず、亮太に関してはまさか母親の前で言われると思っていなかったのか目を見開いていた。

 

「あぁ言い方が悪かったでしょうか。私は別に何かをされたということはありませんよ。要求されただけで応えてはいませんので」

「……………」

 

 母親は口をパクパクとしながら、あかねと亮太を交互に見ていた。流石に母親としての立場としては、亮太がそんなことを言ったと信じたくないのだろう。そこであかねは駄目押しとして、スマホを取り出してある音声を再生させる。それは先ほど亮太があかねに対して口走った内容そのままだった。

 

「……亮太……あなた!!」

 

 怒りに震える母親に対し、亮太はただ俯いているだけで何も答えない。

 あかねは努めて和やかな口調で最後にこう言ったのだった。

 

「以下の理由から男性の家庭教師か、予備校に通わせるのをおススメします。何かあってからでは遅いと思うので」

 

 その言葉を最後にあかねは佐々木家を後にした。

 家を出てからすぐに、母親のヒステリックな叫びが聞こえてきたが特にあかねに思うことはない。何故なら、自分でも不思議に思うほど何も思わなかったから。

 

「さてと、良い時間だし帰ってくる麻人のためにご飯作らなくちゃ」

 

 どこまで行っても、あかねの頭の中に居座れるのはいつだって恋人である麻人だけなのだ。

 


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