思い付きのネタ集   作:とちおとめ

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姫宮あかねの場合2

 麻人があかねの大切さを再認識してからというものの、二人の仲は今まで以上に深まった。まず変わったことと言えば、麻人が毎日夜は必ず家に帰るようになったことだ。仕事で疲れて帰り玄関を潜った時、夕食の美味しそうな匂いがまず麻人を出迎え、そして愛しい存在であるあかねがおかえりなさいと言ってくれる。どこの家庭にも普通の光景だが、麻人にとってこの普通が何よりも幸せを感じさせてくれた。

 二つ目に変わったことは、麻人が手掛ける仕事に今まで以上に身が入るようになったことだ。今までと違いずっと家に帰宅しているからこそ作業の遅延があるかと思われたが、実際はそんなことはなかった。それどころか逆に今まで浮かばなかったアイデアがいくつも浮かんできて、作業効率は一気に跳ね上がり仕事の成果としては十分以上のモノを出せるようになった。この原因は一体何か詳しいことは分からないが、予想できるとすればそれはあの夜の語らいと心の再認識、あれが麻人の心に余裕を生み仕事に対する力を生んだのだと思われる。

 このように麻人の生活はあの夜から劇的に変化した。そして今日も麻人は愛する恋人が待つ我が家へと帰る……のだが。

 

「……? あれは……」

 

 その時、麻人の目の前に一つの影が現れた。その影はフラフラとして今にも倒れそうであり危なっかしい。麻人はその人影を見て心配する素振りは……見せなかった。逆に呆れたように溜息を吐いていた。一体どうして麻人がそんな反応をしたのか、それは単にその人影が麻人にとって知り合いだったからだ。

 

「……うぅ、きもちわる~」

 

 声からして女性で、どうにも酒の飲みすぎでダウンしているようだった。麻人はその人影の元に向かい声を掛ける。

 

「……何してんですか、亜弓さん」

「うぇ? ……あ、麻人君じゃん」

 

 麻人が声を掛けた女性の名は姫宮亜弓、名字から分かるように彼女はあかねの姉にあたる女性だ。恋人の姉であるから当然麻人にとって亜弓は親しい存在にもなる。だからこそ、こうして酒を飲み過ぎてダウンしている姿を見るのも不思議ではないのだ。というか寧ろ見慣れている、もっと言えば吐くところを見たこともある。

 美人なあかねの姉だけあって亜弓も相当な美人だ。だが……流石にこう何度も嘔吐する姿を見せられれば変な気を起こせるわけもなく、最初はドキドキしていた麻人だったが今となっては――。

 

「また飲み過ぎたんですか? まだ8時ですよ?」

「しょうがないじゃない……私だって色々あるのよ~」

「全く……ほら、肩貸しますよ」

「ありがと~麻人君!」

 

 亜弓の扱いもこの通り、お手の物である。

 肩を貸すという行為から麻人と亜弓の体は当然密着する。柔らかな胸の感触と甘い香りが麻人を襲うものの、麻人はあかねという最愛の恋人がいるため特に反応はしない。表情を変えない麻人の様子に亜弓は面白くなさそうに唇を尖らせ、その瞳から一瞬光を失くすがすぐに元に戻る。

 

「麻人君は優しいねぇ。あかねが羨ましいわ~」

「あかねと亜弓さんを一緒にしないでくださいよ」

「ひどい言い方ね……ねえ、私とあかねってそんなに違う?」

 

 後半の声はやけに暗く沈んでいたため、麻人は違和感を感じ亜弓の表情を盗み見たが、下を向いていてその表情を窺い知ることはできない。少し感じた違和感を頭を隅に置き、麻人は亜弓の言葉に答えるのだった。

 

「まあ違いますよね。あかねと亜弓さんじゃ色んな部分が……例えば酒癖の悪さとか」

「ガクッ……まああの子に比べてお酒を良く飲むから認めるわそれは」

「後は派手好きな所とか、ぐうたらな所とか……」

「もうやめて! 分かったから!」

 

 どうやら亜弓のライフは0のようである。

 分かりやすく落ち込む亜弓の様子に麻人は少し苦笑して、でもと続ける。

 

「でも……優しい所は一緒ですね。亜弓さんには何だかんだ助けられていますから……だから、ありがとうございます。これでも俺、亜弓さんには凄く感謝してるんですから」

「麻人君……」

 

 麻人の真っ直ぐな言葉は酒の入った亜弓を更に溶かす。酒の酔いが生易しいほどに、麻人の優しさは亜弓の心をこれでもかと溶かしてしまう。亜弓は頬を染めて、情欲の籠った視線を麻人に向けるが当の本人は全く気付かず笑顔を絶やさない。

 麻人の心にはいつだってあかねがいる……それは亜弓も分かっていること。妹を大切にしてくれる麻人のことを亜弓は好いていた……大切“だった”妹を必死で愛そうと努力する麻人の姿に寂しさと羨ましさを密かに感じてもいた。

 

「亜弓さん?」

「……うん? どうしたの?」

「いえ、いきなり黙り込んだものですから」

 

 そりゃあ黙り込みたくもなると、察しの悪い麻人が若干恨めしく思えた。

 それから流れるままに辿り着いたのは麻人とあかねが住む愛の巣である。別段あかねの姉であるのだから亜弓がこの場所に訪れること自体珍しいことではない。ただ……麻人にとって一つだけ気がかりなのは、仲が良かったはずの姉妹なのに、どうしてか最近は会うと言葉数が少ないなと思うようになったことだ。別に喧嘩をしているわけではない、それなのに一体どうしたのだろうか……その理由が終ぞ分かることはなかった。

 亜弓に肩を貸しながら玄関まで歩き、扉を開けるとバタバタと駆けてくる足音が聞こえる。どうやら麻人が帰ってきたことにあかねが気づいたようだ。

 

「麻人! おかえり!」

 

 満面の笑みで麻人を出迎えるあかね……しかし、次に麻人の隣に立つ亜弓を見た瞬間表情が消えた。いくらか温度が下がったと言わんばかりに冷たい空気が麻人の頬を撫でる。

 

「やっほ。お邪魔するわよあかね」

 

 嫌な汗が流れる麻人とは別に、亜弓は何食わぬ顔であかねへと声を掛ける。その瞬間あかねの目が鋭く光った気がしたが、すぐに先ほどまで浮かべていた笑顔となって口を開いた。

 

「いらっしゃいお姉ちゃん。麻人、お風呂湧いてるから先に入っちゃって?」

「あ、あぁ分かった」

 

 麻人はあかねに促されるままに浴室へと向かった。

 服を脱ぎシャワーを浴びて体を洗い、ゆっくりと湯船に浸かる。温かいお湯に満たされた湯船に浸かることで、体に蓄積された疲れが一気に取れていくのを感じる。

 

「……はぁ~。いい湯だなぁ」

 

 爺臭いことを言いながらふと、一つ気づいたことがあった。

 

「そういえば今日の亜弓さん、あれだけ酔ってるにしては酒の匂い……あまりしなかったな」

 

 それは麻人が気づけた鋭い点、しかしそれもすぐに気にすることはないかと深く考えるようなことはしなかった。ゆっくりとお風呂に入っている麻人は気づかない――あかねと亜弓、彼女たちがどんな会話をしているのかを。

 

 

 

 

 

「わざわざ酔った振りまでして麻人を困らせるなんて……お姉ちゃん、一体どういうつもりなの?」

「さあね。別に深い意味はないわよ。ちょっと麻人君に構ってほしかっただけだし。何? もしかして嫉妬? 姉の私に麻人君が取られちゃうかもしれないって」

 

 亜弓の言葉を聞いた瞬間、あかねの纏う空気が変わる。

 チリチリと空気が震える様に、あかねの眼光は亜弓を射抜く。しかし当の亜弓は特に気にすることはなく、射殺しそうなあかねの視線を受けてもどこ吹く風だ。

 

「麻人は私の恋人、お姉ちゃんが間に入る隙なんてない」

「試してみる?」

「……………」

「……………」

 

 この場に他人が居たら絶対に関わりたくない空気を醸し出す二人、正に一触即発……そんな時だった。

 ガタンと、大きな音を立てて玄関のドアが開いた。入ってきたのは一人の男性、髪を染めた如何にもチャラそうなイメージの男である。

 その男は突然入ってきて早々こんなことを言い出した。

 

「あ、あかね! 頼む、助けてくれ!」

「……?」

 

 そこで初めてあかねはその男を目に留めた。

 

「京ちゃん?」

 

 神坂京介、それがこの男の名だった。京介はあかねにとって幼馴染で親しくない仲ではない。麻人と付き合うようになって交流は減ったが、それでもあかねにとっては知った顔……だが、麻人という大切が居る以上あかねにとって幼馴染であろうと邪魔な男の部類に違いはなかった。

 故に。

 

「出てって」

「……へ?」

「出ていけと言ったの」

「あ、あかね……?」

 

 ただでさえ亜弓のせいで気が立っているのだから、これ以上イライラさせるなと暗に言っているようなものだ。京介としては今までに見たことのないあかねの姿に動揺してしまうが、すぐにここに来た原因を口にする。

 

「借金があるんだよ。それで追われてて……頼む! 2週間程度でいいんだ! 泊めてくれ」

 

 優しいあかねなら絶対に断らない、幼馴染なのだから尚更。京介は絶対に許してもらえると考えていたようだが現実はそう甘くはない。京介の知るあかねはもういない、今ここにいるあかねは麻人以外に目を向けることはないのだから。

 

「そんなの知らないから。出て行って」

「な……はは、なあおい。あかね?」

「出ていけ」

「……………」

 

 それは完全なあかねの拒絶だった。

 決してあかねが言いそうにない厳しい言葉に京介は悔しそうに唇を噛み、次いでもう一人の存在に目を向けた時――京介の表情は恐怖に染まった。

 

「久しぶりね京介。でも今はあかねの言葉に賛成よ。大切な話をしてるの、出て行きなさい。さもないと――」

 

 耳元で小さく、殺すと亜弓は囁いた。

 効果はそれだけで十分だった。京介は亜弓の言葉に確かな殺意を感じたのか一目散に逃げだした。邪魔者が居なくなったことで、残されたのは当然のことながらあかねと亜弓の二人。

 本来の物語ではここが一つの分岐点、その一つの懸念は回避された……のだが。

 

「……………」

「……………」

 

 睨み合うあかねと亜弓、色んな意味で何も解決はしていなかった。

 




寝取られものでも主人公が屑だった場合、あぁこれなら寝取られて当然かと思う作品があるにはあるのが不思議です。

カガチ様奉り
オトメドリ

この辺の作品は主人公が好きになれなかったのでダメージが少なかった。

昔の好きだった人を取り戻すために、今の妻を凌辱の生贄にするとかもうね……

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