捻くれた俺の彼女は超絶美少女   作:狼々

30 / 43
どうも、狼々です!

さて、このタイトルの天網恢恢疎にして漏らさず。
意味は、かなり平たく言えば、『悪人は必ず罰を受ける』的な感じです。

では、本編どうぞ!


第30話 天網恢恢疎にして漏らさず

「……勿論。こいつは、私が言っても絶対に聞かない。差し出がましいことを言うことになるが……わからせてやってくれ」

「外に出ても?」

「あぁ。どこでも自由に使ってくれて構わない」

 

 真弥さんの許可ももらった。俺の心は決めた。決意は飲み込んだ。だったら、やることは一つとして変わらない。俺は小鳥遊の手を引いて、リビングを出る。草薙は真弥さんが連れてきているようで、俺達の後に廊下から足音が二人分聞こえる。軽快とは言えないそれらが、広々とした箱の中に反響して消えた。

 

 それが数分続いて、外に出た。灰色の雲は厚く空に掛かって、ただでさえ暗い時間帯の空気全体をさらに暗く染め上げている。太陽は元より顔を出しておらず、遮られる光さえも存在しない。冬の寒冷な風が吹き付けたことと、草薙が外に出てこちらを向いたことを合図に、俺が口を開く。

 

「……どうだよ、今の気分は」

「どう、って……何が?」

 

 まだ、こんな口を利くのか。隣には真弥さんがいて、彼も口を開きかけた。が、それはすぐに閉じられる。俺の言葉を。『二人で話をしたい』という言葉を思い出したのだろう。俺としても、そちらの方が好都合というものだ。

 

「自分の行いの卑劣さが、どれだけのものかわかったか? って言ってんだよ」

「僕は間違ったことはしていないよ」

 

 イラついて膨らみ続ける気持ちを抑えつけ、極めて冷静に。ここで心を乱したなら、相手にペースを奪われる。ペースの掌握を忘れては、自分に優位性など欠片も存在しなくなる。

 

「そう思うか。現にボイスレコーダーは親父さんにはバレてるじゃないか」

「……あれは、まぁ。でも、いいよ。わかる人にだけ、わかってもらえればいい」

「とんだ自己満足じゃないか。そのふざけた幻想、脆いとは思わないか?」

「思わない」

 

 即答。これが最善の選択なら、俺から言うことは何一つもない。が、生憎これは最善どころか最悪だ。どこまでも傍若無人な言動は、それはもう醜かった。隣の小鳥遊は、俺の手をきゅっと握って斜め後ろに隠れ気味。

 

「……ねぇ、そろそろ音葉を離さない?」

「どうしてだよ。離すわけね~だろ。こんな犯罪者の前で」

 

 俺は言う、犯罪者だと。例えそれが、親御さんの前だろうとも。間違ったことではない。どんよりと曇った灰空も、それを肯定しているかのようだった。

 

「言っとくが、俺はお前に関しては遠慮しない。どんなことも思ったことはそのまま言うし、失礼だと欠片も感じない」

 

 こんなことで躊躇っていては、彼女も報われない。逡巡の迷いでさえ、介入する余地はない。介入してたまるか。そんな余裕はない上に、介入すること即ち萎縮を示す。迷いが駆けるということは、そこに相手に対する恐怖が隠れていることだ。それが筒抜けだということは、相手を調子付けることに他ならない。

 

 誰が、こんな野郎に萎縮するんだ。振り切る以前に、迷いそのものもありゃしない。

 

「そう。僕もそれで構わないよ。他に、何か言いたいことはあるの?」

「はっ、そっちこそ。早いこと自分の誤謬(ごびゅう)を認めたらどうだ?」

「だから、僕は間違ってないんだって何回言えば……」

 

 それはこちらの台詞だ。あと、俺も何回言えばいい。そう口から出かかった。慌ててそれを制する。ここで声を上げても、無駄なことは確かだ。きりがない。だったら、早めの決着を望むというのならば。こちらこそ望んでやろう。自分の行いを悔いるときは今だということを、教えてやろう。

 

 自分の口角が釣り上がるのを感じて、草薙の後ろに立っていた真弥さんに問いかける。()()()()()、というわけだ。最も、今回の出来事の終始全てを知っているわけではない。だが、この人物の持つ情報と、()()()()()()()持つ情報が、草薙にとっての大きな計算外決定打となることだろう。

 

「真弥さん、草薙のボイスレコーダー、『壊されていた』、と言っていましたよね?」

「……あぁ、そうだ。確かにそう言った。事実そうだ」

「そのボイスレコーダー、()()()()()()()()()()()()()?」

 

 そのボイスレコーダーがあれば。その形跡は残り過去のメッセージとなって、現在の証拠となり、未来の道筋となる。拾い集めた物は(すべか)らくそうだ。嘘は虚像となって、例外なく見透かされる。ミラーガラスなんぞ、存在しない。都合よく一部の事実だけを透き通すことは無理だ。

 

 それをわからせてやろう、根底から。どれだけ二律背反(アンチノミー)だったとしても、徹底的にわからせてやろうじゃないか。歪まない事実は、事実と認めざるをえない。全ての生き物がそうであり、人間もそうだ。その中の一人の草薙も、例外的ではない。

 

「……わかった。持ってくるよ」

 

 それだけ短く言って、玄関の先へと消えていった。さて、この間ずっと待つのもいいが、それでは勿体無い。こちらはかけがえのない今日という時間を割いてここに来ているんだ。暇だとか余裕な時間などはない。短時間さえも、俺は動く。

 

「なぁ、さっき謝っていたのは何だったんだ? 明らかに()()()()()謝っている気しかしなかったんだがな?」

 

 小鳥遊ないし俺さらにないし二人共に謝罪の意を述べるはずだった。実際、その状況だけ見ればそうだったのだろう。だが、一部始終を見るどころか体験している俺から見れば、あの謝罪こそ虚像だった。謝罪の意思は、どちらかと言うと、と迷うこともなく真弥さんの方へと向いていた。

 

 でなければ、あんなに屈辱を顔に出した謝罪など、できないだろう。嫌々としたあの顔は、見るこちらとしては大いに不快だった。むしろあんな謝罪など必要ないどころかしてほしくなかったまである。

 

 先程まで薄かった灰雲は、厚い黒雲へと成長していて、今にも空だけでなくこの空間全体を飲み込んでしまいそうだ。湿気を多大に帯びた空気に緊張は走り、大詰めに入っていることを否応なしに感じさせる。

 

「うん、そうだよ。だって僕は悪くないからね」

「……そうかよ。だったら、今に見ていろ。その言葉、後悔させてやるよ」

 

 不敵に笑いながら、言葉を投げかける。あからさまに不機嫌そうな顔をして、俺を睨む。そして、その目つきのまま後ろの小鳥遊を見据えた。怯える彼女は、当然俺の後ろに隠れる。俺の体で遮断される彼の眼光は、依然として鋭く尖っていた。暫く待っても、その視線の鋭さが衰弱することはなく、結局真弥さんが戻ってくるまでそれは続くことに。

 

「……お待たせ、柊君。これが、そのボイスレコーダーだ」

 

 帰ってきた真弥さんが、手に持って一目見ただけで壊されているとわかるボイスレコーダーを俺に手渡す。素直にそれを受け取って、確認。まず間違いなく、このボイスレコーダーは吹雪にもらった二つのうちの一つであることを。

 

 ――そして、()()()()()()()()()()()

 

 ボイスレコーダーは、惨状だった。多数の大打撃痕が残っていて、ボタンは凹み、割れている。数カ所に至っては欠けており、この状態で壊れていない、とはお世辞にも言い難い状態だった。親友の吹雪にもらったものなので、憤慨の意が湧かないわけではなかった。陰ながらに心配してくれた彼を、思い出す。そして、決意は硬度を増す。

 

「……なぁ、このボイスレコーダー、お前が壊したのか?」

「……だったら、どうする? 僕かもしれないし、僕じゃないかもしれない」

 

 この期に及んで、これだ。もう救いようもないのだろう。残念なことに、俺は救いの手を差し伸べることは絶対にないので、あいつが救われることは何があってもない。俺達には関係のないことだ、この事件が終わったならば。関わりたくもない。顔も見たくないし、名前さえも一生聞きたくない。

 

 だから、さっさとこいつの口は塞いでやろうか。

 

「そうか。じゃあ、これは()()()()()()()なんだな。『うっかり壊れた』、じゃなくて」

 

 そう、これが故意に壊されたものか、否か。これによって話の展開のされ方は大きく異なってくるだろう。先程の草薙の言葉を言い換えるのならば、「壊されたものだけど、それが僕かどうかは教えない」、だ。壊した奴はともかく、それは誰かの手によって、意図的に壊されたものだということ。

 

 偶然に偶然が重なって、幾重にもひどい傷が入ることなんて、普通はありえない。ましてや、打撃痕だ。何度も強い力で何か()打ち付けたり、何か()打ち付けたりしない限りは、こんな傷は入ることはない。さらに言うならば、()打撃痕だ。相乗効果がある。

 

「……そう、だが」

「ふ~ん、じゃあ、どうして?」

「ん? 何が、どうして?」

「そのままだよ、そのまま。くはっ……どうして、壊したんだ?」

 

 あまりに面白くて、こんな状況だと言うのにも関わらず、乾いた笑いが溢れてしまった。さて、この質問の答えが俺の思う壺となる答えだったとするならば、勝ちは確定したも同然だ。早くも。

 

「…………」

「ほら、どうしたよ? 応えてみろよ。言葉、話せるだろ?」

 

 くっくっく、とさらに乾いた笑みは、喉に引っかかりながら意地悪にこみ上げる。途中、後ろから制服の袖を引っ張られ、彼女の方を振り向いて視線を合わせる。幾つもの感情が入り乱れた瞳は、陰りがあった。らしくない。

 

 純粋に笑いながら、肩を叩く。安心させる。俺には、小鳥遊には今これくらいしかできない。現在進行系で障害物の排除は行っているのだが。さて、では除去に戻ろうか。視界の確保は、何事においても大切だ。

 

「あぁ、応えられないよな。だって、自分の行為が悪であると認めてしまうからなぁ?」

「……ッ!」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をした彼を見て、心でも顔でもほくそ笑む。笑いに嗤いが重なり合い、深みを増していく。草薙の後ろに控えている真弥さんも、本当に何も言うつもりはないらしい。ただ腕を胸の前で組んでこちらを見ながら仁王立ちしている。

 

 壊した理由。それは勿論、バレないように証拠隠滅するため。その証拠隠滅を認めた時点で、間接的に自身の犯罪行為を認めることに等しくなるわけだ。あれだけ自分だけわかっていればいい、等と言った手前、自分で墓穴を掘るような言い方はするわけにはいかない。だが、もう遅い。

 

 応えようとも、応えずとも、結果は変わらない。応えたなら、さっきの間接等式を突きつける。応えないなら、この状況へ。どちらにせよ、結果は変わらない。そう、まるで入り口だけが分かれた、後に合流地点がある迷路のように。そんな迷路の紛い物は迷路でも何でもなく、須らく意味がない。

 

「で、何で壊そうとした? 壊す依頼にしても、自分で壊すにしても。データ破棄をしようとしなかったことは何故だ?」

「……そ、それ、は……ッ」

 

 まぁ、これに至っては完全に推論でしかない。俺だって、元は知らなかった。もらう時に吹雪に教えてもらったんだ。同世代であれば、可能性は十分にある。決定的、とは少し外れるが、そこは俺の演技力が試される。……俺の得意分野の見せ所だ。コールドリーディング応用の人心掌握術、見せてやるよ。

 

 わざわざこうして機械自体の破壊に達した理由。データだけ消去すればいいが、それをしなかった理由。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――いや、()()()()()()()()

 

「……お前さぁ、このボイスレコーダーの()()()使()()()()()()()?」

「……ッ」

 

 図星だった。先程までとはいかないが、かなり苦しい表情を浮かべている。その瞬間に、俺は勝ちを確信した。邪悪な笑みを浮かべながら、俺の理論は次々に展開し、紡がれていく。このどんよりと暗い空気の中、颯爽と。

 

「精々わかって録音の開始・停止くらいだろ。今の若者が取扱説明書もなしに、データの消去ができたとは、とてもじゃないが思えない」

 

 世代差。ジェネレーションギャップ。今の時代、ボイスレコーダー単体を使う若者は珍しい。なにせ、他の録音機能がある機械が使いやすく、さらに普及したのだから。現に、真弥さんは問題なくボイスレコーダーのデータコピーを行っている。まさか、録音専用の機械であることが、こんな形で功を奏するとは。

 

 理由がないのだ。破壊する、理由が。物理的に抹消だなんて物騒な方法、証拠が残らないわけがないのにな。根本から全てを消そうとすればするほど、確証は積もり積もる。もしそんなに単純明快な方法で証拠が抹消できたならば、この世の犯罪件数は今よりもさらに大幅に増加していることだろう。

 

「……ッ、大体、音葉を脅しているのはお前だろ!? さっさと離せよ!?」

 

 おっと、これは出ましたねぇ。追い詰められたら露骨に話題を変えにきた。面白すぎる。じゃあ、もう終わりみたいなものだ。対面する時が来た。

 

「……音葉、正直にあいつに自分の気持ち、言えるか?」

「へっ? い、いや、おと――あっ、う、うん。……わかった」

 

 突然の要望に戸惑いつつも、返事をしてくれる彼女。俺の後ろから出て、俺よりも前に。目線はしっかりと草薙の方を向いていて、目に怯えや陰りはなくなっていた。

 

 雲は大空を遮っていた。が、夜になりかけの光が一瞬、地上に届いた。

 

「草薙君……貴方のことは、好きじゃない……()()()()()()!」

「…………」

 

 お、おう、そこまで言うとは予想外だった。が、これくらい言ってやっと黙り込んだ草薙。やはり、言ってみるものか。

 

天網恢恢(てんもうかいかい)()にして漏らさず、って知ってるかよ。今のお前のことだよ……真弥さん、ありがとうございました」

「いや、こちらこそ礼を言おう。ありがとう。楓弥はもう、君達の前に姿を現させないと約束しよう」

 

 真弥さんのお礼を受け取って、約束も守ってくれるとのこと。となれば、俺達がここにいる理由はない。後ろの彼女の手を引いて、最後に草薙を見た。俯いていて表情は見えないが、あからさまに元気はなくなっていることは見て取れた。正直、間違った選択はしたつもりなどさらさらない。これが正解だと、信じている。彼女を救えたのなら、それが正解なのだろう。

 

 真弥さんに軽く会釈をして、その場を立ち去ろうとしたとき、戸波さんが。

 

「お疲れ様でした。ご自宅まで送りましょう」

 

 正直、夜が更ける頃合いだろう、今の時間は。家までの道のりが正確にわかるわけでもなかったので、ここは頼むとしようか。

 

「はい、お願いします」

「お願いします。……ねぇ、柊君」

 

 袖を引っ張られ、後ろを振り返る。そこには――彼女の笑顔があった。

 

「――ありがとう」

 

 あぁ、この笑顔のために、俺は頑張ったのだと。そう思えた。

 

 車に乗り込んで、微弱な揺れを感じ取る。そして右手には、確かな暖かさ。この暖かさを感じることができただけで、俺は報われた気がした。




ありがとうございました!

推理に穴が空いてそうで怖い。

突然ですが、告白話が近づいてます。
どのくらいかと言うと、あと二話くらい、早ければ次回。

そして、第3章はこれにて終了です!

ではでは!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。