今回は草薙君の家にご訪問の回です。
が、ポケモンが私の邪魔をするんです。やっ、やめろー!(´・ω・`)
では、本編どうぞ!
丁寧な運転で揺れる車にさらに揺られて、執事さんの向かうところへと。車窓から覗く夕立は既に消えかけて、ゆっくりと箱の中の風景はスクロールを繰り返す。俺はそれを目の端で捉えながら、小鳥遊の様子を見守っていた。
俺は左座席に、小鳥遊は右座席に座っていて、今に至るまで終始無言。重苦しい雰囲気が漂い始めることに違和感を感じつつ。今は車に乗って十分ほど経った時。今から五分前……車に乗ってからも五分経ったあたりから、手を繋がれた。その時は驚いて横の彼女を見たけれども、目を伏せて俯いていた。
かける言葉があるはずもなく、結局そのまま今までの五分を過ごしている。以前までにも何度か手を繋ぐことはあったのだが――
「……お待たせ致しました。到着です」
いつの間にか聞こえた戸波さんの声は静かだったが、この静寂の箱に響くには十分だった。先に降りた彼に後部座席のドアを開けてもらい、彼女の手を引いて箱を抜け出す。そこには広々とした辺り一面緑色の庭が広がっていた。豪邸一歩手前であろうという、一般家庭の住居とは到底思えないくらいの広さだ。
思わずそれに圧巻してしまっていると、執事さんから声がかけられる。
「どうぞこちらに。旦那様の元へお連れ致します」
お辞儀をこれまた丁寧にされて、広い庭を先導してもらう。さすがに手は離して、お互いに執事さんに付いていく。庭を歩いて暫くして、タイルの玄関に。靴を履き替えて、執事さんに再び付いていこうとしたとき。
「貴方達が、柊君と小鳥遊さんだね。この度は突然にも関わらずここに来てもらったこと、感謝しているよ」
バリトンボイスほどに低い声が響いた。その声に呼ばれた名は、明らかに俺達のものだった。声のした方を見ると、一人の初老男性が立っている。笑顔は一切見せていないが、きつい人格そうでもない。真面目を絵に描いたような、きっぱりとした厳しそうな男性、という印象だろうか。
そしてこの台詞。どう考えても、ここの屋敷の主なのであろう。相応しい雰囲気を漂わせている、という素直な感想が胸中で浮かぶ。それが消えると同時に、俺と小鳥遊は慌てて、その言葉に対して会釈を返す。
「旦那様、お連れしてきました」
「あぁ、わかった。ご苦労。早々で悪いが、お茶を用意してくれ」
「かしこまりました」
厳粛そのものを体現させたような、威厳のありそうな人物。そんな主を持った執事の戸波さんは、主であろう男性とこちらにそれぞれお辞儀をして、屋敷の奥へと消えていった。彼の背後が見えなくなって、再び低音が響く。
「遅れてすまないね。私は
手で促されて、俺と小鳥遊は真弥さんの後に続いて長々とした廊下をひたすらに歩く。規則的な歩音が、先程に出されたスリッパから聞こえる。空間の広さからも、どうにも落ち着かない。それはきっと、空間などという空虚な理由や根源ではないのは、既にわかっているのだが。
外を歩いているのでは、と錯覚しそうになってようやく、リビングと思わしき部屋のドアが開かれる。三人でそこに入ると、既にお茶の準備ができて運んできた戸波さんと鉢合わせた。
「座ってくれ」
「「はい」」
静かに俺と小鳥遊が声を揃えて、隣り合って座る。その対面に真弥さんが座り、向かい合う形となる。横から音もなく白色のテーブルに紅茶が置かれて、自然とカップに目を向ける。フルーティーな香りがする赤の紅茶だが、アップルではなさそうだ。種類まではわからないのだが。しかし、種類がわかっても、味を確かめようなんて気は起きなかった。
「どうぞ、よかったら飲んでくれ」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとう、ございます」
味を確認することはないと思っていたのだが、こう言われては仕方がない。カップを手に取って一口だけ口にするが、味は全くわからなかった。良さがわからないという意味ではなく、
戸波さんは無言で腰を曲げると、足音なしにリビングから立ち去った。この部屋には、俺と小鳥遊、それと目の前の真弥さんのみとなる。静寂の齎す緊迫感に、固唾を呑むことを余儀なくされたようだった。先程までかけていた椅子の背もたれから、無意識に腰を伸ばしてしまう。
「……早速本題に入るようで申し訳ないのだが、よろしいかね?」
「えぇ、俺はそのつもりですから」
「わ、私もです」
ようやくまともな言葉を紡いだ隣の少女は、緊迫感を俺以上に感じ取っている。声は震え、動揺が前面に出てしまっている。それらを合図にして、再び彼の口はおもむろに開かれる。
「……この度は、息子が大変な迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ない」
座ったまま、深く頭を下げる彼。額はテーブルについてしまっているのかと思うほどに、深々と。それを見た俺は――
隣からは「えっ、その、あの……」と、焦りがそのまま声に出てしまっているのが聞こえた。
「い、いえその、私はだいじょう――」
「小鳥遊、やめろ」
俺が鋭く制して、出かかった謝罪を中断させる。驚きの目を向ける小鳥遊を一瞥して、下げられた頭へと視線を送る。やはり、俺はこういう人間のようだ。
「俺達は完全に被害者側だ。そんな薄い謝罪なんて、ない方がいい。第一、俺達が謝られるならまだしも、謝る義務なんてない」
「……柊君の、言う通りだ。頭が上がらないよ」
未だに下げたままの頭と同様に、声も下がっている。テーブルに反射した低声は、このリビング中に響くこと無く霧散した。
「……頭を上げてください。真弥さんは、もうボイスレコーダーを聞きました?」
「……重ねて申し訳ないのだが。私が見つけた時には、既に壊されていた」
……なるほど。随分と大胆な証拠隠滅なことだ。それは自分の首を絞める行為であるだろうに。大人しくデータのみを抜き取るなり削除なりすればよかったものを。大方、壊した見慣れないボイスレコーダーを発見され、問い詰められて吐くしか選択肢がなかった、というところだろうか。
「俺が今、そのボイスレコーダーに入っていた内容と同じデータが入った、全く同じものを持っています」
「……再生しては、もらえないだろうか」
「今、ここで?」
「そうしてもらえるとありがたい」
隣には小鳥遊。ここでボイスレコーダーを再生することは、その状況がそのまま音声で伝わる、ということだ。真弥さんは勿論、小鳥遊にも。何のために隠したのかわからなくなる。少々渋るが、どうにも完全な証拠を提示した方がよさそうだ。
現場を見ていない以上、彼には言葉の伝達しか行われていないわけだ。その場にいた者は俺と草薙のみ。真弥さんの耳に届くとしたら、消去法も使わずに草薙からだと想像できる。が、本当にそれで本物の情報が入るのだろうか? 決定的証拠がないということは、便宜を図ることだって十分に可能。
吐くというだけで、素直に吐いたとも思えない。ぼかした部分や嘘を吐いた部分などなど、釈然としない場面もあるはずだ。
「……わかりました」
通学用カバンからボイスレコーダーを取り出し、再生する。本来、予定としてはまず片岡先生にこれを聞かせて状況説明の後、草薙家に突入、という流れだったのだが、思いの外結果だけは上手いこと進んでいたようだった。
俺と草薙との会話だけでなく、草薙の怒鳴り声、地面が激しく蹴られた音、俺が殴られた音も当然情報化されていて、音声として再現される。隣を見ると、今にも泣き出しそうな顔で俯いて、制服のスカートの裾をキュッと強く握り締めていた。それを見て、思わず溜め息を吐きそうになった。
病室のように静けさを醸し出したこの部屋に、たった一種の機械音がつらつらと。それが居心地が悪く、座る位置を何度も変えていた。……きっと、この居心地が悪い感覚の原因は、この機械だけではないのだろうが。
最後まで音声が流れきると、物音が一切ない、色素の抜けきった空間へと回帰した。気まずい、なんてものじゃない。空気自体に重さが加わったような、どんよりとした空気が流れていた。流れるというよりも、落ちる感覚の方が正しいだろうか。最後に一つ、自重していた溜め息を解き放ちながら、ボイスレコーダーを回収しようとして。
「――ちょっと待ってほしい。そのデータを、コピーさせてはもらえないだろうか」
「……えぇ、どうぞ」
念のために、家にあるPCにバックアップは保存済み。消されたとしても、なんら問題はない。ありがとう、と一言断ってから、棒の機械を手に取って、立ち上がってこのリビングを去る彼の背中を見送る。
ドアが開かれた音のすぐ後に、閉められる音が対応して響いたのを最後に、再び無音に包まれた。隣を見るのが、少しばかり怖かった。どんな顔をすればようのだろうか、という疑問だけがひらひらと巡っていた。
「……やっぱり、その傷って……」
「……気付いてたんじゃねぇかよ。そうだよ、そん時の」
ここで包み隠す必要もない。下手に隠して叱られるよりもよっぽどマシだ。気まずい空気を割りながら、同じく自分の口と腹も割った。数瞬とも数分とも思える静寂に見舞われた後、小鳥遊の口も開かれる。
「……ありがとう」
ようやく微笑とはいえ笑いを浮かべた小鳥遊の目には、涙は溜まってはいなかった。
暫く待っていて、ドアが開く。待っている間の空気は、そこそこ軽くなっただろうか。
「待たせたね。……今、楓弥をそこに呼んである。そちらがよければ、直接謝罪させたいのだが……」
それを聞いた小鳥遊は、鋭く息を呑んだ。見ると、スカートの裾は先程よりも強く握り締められていて、息遣いも多少は荒くなっている。すぐ隣だからわかることだ。手はテーブルに隠されていて、息遣いは対面までには届かない。
「……お願い、します」
「いいのか?」
「うん……大丈夫。いつか、絶対にもう一度向かい合って話さないといけないし」
それを聞いた真弥さんは頷いて、背もたれ側に座ったまま振り向いて、忌まわしきとも言える彼の名を呼ぶ。
「楓弥」
直後、無音でドアが開いた。つい昨日会った顔が、そこにはあった。隣からは荒れる息遣いを正そうと、小さく深呼吸する音が聞こえてくる。こちらまで歩いてきた草薙は、下唇を小さく噛み締めていた。そして、向いた顔の先は――真弥さんの方向だった。徐に開かれる口からは、どんな言葉が紡がれるのだろうか。
「……父さん、僕は――」
「謝るんだ。お前のとった悪質行動は、間違いなくストーカーのそれだ」
「で、でも――」
「おい!」
突然の怒号に、俺と小鳥遊は肩を思いきり揺らした。それは草薙も例外ではなく、目には怯えを孕んでいる。開きかけられた口は閉じられ、先に増して唇が噛み締められる。苦虫を噛み潰したような顔が広がって、その顔は俺らに向けられた。
――かと思いきや、その顔は一瞬にして怒りへと変わっていた。口には出さないだけで、眼力、歯ぎしりやそもそもの表情から、怒りで震えたそれとなっていた。
「ひっ……!」
完全に怯えを、恐怖を形にさせて鋭く息を呑んだ小鳥遊は、俺に少し寄って、椅子を後ろへと下げていた。それを見た真弥さんが、先程にも増して怒りを声に乗せる。
「おい、いい加減にしろ! まだわからないか!」
「……ッ!」
怒りの表情は収められたが、隣の彼女の震えと恐怖は収まりそうにもなかった。二度目の怒号が響き渡った今だが、もう一度肩を跳ねさせることはなかった。
「……迷惑を、かけてしまい……ッ……本当に、申し訳、ありませんでした……」
頭を下げている彼を見下ろして、俺の気分は晴れるどころか、怒りが募っていった。この謝り方は間違いなく――
「息子が犯罪行為をしたことを、私からも重ねてお詫びしよう」
二人の下げられた頭を見て、ただ一つの点を視線を移して俺は言った。ただ無気力に。
「……とのことだが、小鳥遊はどうする」
「も、もう、大丈夫です」
震えた声が、それを悟らせまいとしているが、隠せた部分なんて何一つない。
「今後、俺達に一切関わらないと約束するならば、俺も大丈夫です、真弥さん」
「……本来、こういうことは君達のご両親にも話をしなければいけないのだが――」
「ほ、本当にいいんです!」
身振りを加えながら、首を横に振る小鳥遊を冷静になって目の端で見つめる。
「……それと、もう一つだけいいですか?」
機を見て、口を開く。俺の募った様々な想いが爆発しそうになるのを、理性で括り付けにする。暴れ狂わないように、押さえつける。さっきから、俺はずっと、一点を集中して見ていた。その一点とは――
「あぁ、私達にできることなら、どんなことでも」
「はい、では、そうさせていただきます。一つは、さっきも言った俺達に関わらないこと。もう一つは――
――
ありがとうございました!
途中から情景描写が消えましたが、こちらの方が誠君の気持ちを表現できるか……?
という意図のもとです。
敬語の使い方に誤りがある可能性が極めて高いです。
申し訳ありません(´・ω・`)
ではでは!