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1000まで折り返しですね!(狂乱)
いける気がしません。話数が多くなるとお気に入り入らなくなるのは、魂恋録が証明してますし。
では、本編どうぞ!
目まぐるしく移り変わる思考と景色を追い払い、急ぎ足でマンションへ。俺が小鳥遊を多少強引に引っ張るように先導して、小鳥遊は力なく、抵抗も全くせずに引かれるままについてきている。握った右手は震えていて、俺の右手にもその震えが、思いがけない重圧となって襲い掛かってくる。
もう、季節は夏を通過したはずだ。そのはずなのに、暑かった。思考と対策を講じようとして空回りし続ける脳内も、焦りからどうしようもなく早く、大きくなる歩速と歩幅も、それに応じて間隔が狭くなる呼吸も、全て全て、全てが暑く感じた。けれど、どこかが、自分の何かが冷ややかだった。
結局その正体はわからないまま、マンションへと着いた。エレベーターに乗った瞬間、繋がれた右手がきゅっと強く握られた。その手の、弱々しいはずの力が、自分の胸を否応なく締めつける。それはきっと、自分の犯した罪への
――無知とは、本当に罪だ。知らなかった。聞いていなかった。言われていなかった。いくらでも逃げの言い訳が用意されていて、それに逃げ込ませるような、ねずみ取りなんだ。畢竟、本当の意味で逃げられるわけではない。ねずみ取りに挟まれる痛みに苛まれ続ける。
人間は、持続する痛みにひどく弱い生き物だ。小さな痛みでも、それはどんどんと大きく穴を開けて、傷跡を広げていく。
お互いの部屋に分かれる前、俺が閉ざされていた重い口を開く。
「……小鳥遊。明日の放課後、落ち着いたら話してくれ。今無理にとは言わない」
「……うん。わかった。明日の、放課後ね」
視線も落とされて、そのまま去っていく小鳥遊。彼女との距離は、一メートルくらいなはずだ。部屋が隣なのだから。けれども、俺には遠ざかる彼女の背中が、恐ろしく小さく思えた。静かに扉が開いて、同じく閉まる。その合間に見えた彼女の泣きそうな顔に一層胸が締めつけられる。
俺は、こんな顔を見たかったのだろうか? いや、違うだろう。どれだけ捻くれた考えを持っていようとも、間違っている考えをしていい時と悪い時、そのくらいの区別はつく。今は、後者だ。絶対に偽ってはいけない。その気持ちを忘れずに。しかし俺には、彼女を癒やすことはできない。
彼女の入った扉の閉まる音が、やけに耳に響いて残る。自然と溜め息を出しながら、自分の部屋の玄関を解錠し、扉を開ける。照明の点いていない暗い部屋に入って、扉の閉まって外の陽光が遮断される。
……俺には、何ができるのだろうか。
翌日の朝、二人で一緒に登校する間も、足取りと気持ちは重いままだった。鎖に付けられた鉄球が足に括り付けられたように。溜め息こそ吐かなかったものの、朝の空気が淀んでいる気がして、自分の溜め息が間接的に発生したようだ。同じく淀んだ俺の目は、一体何が映っているのだろうか。自問自答するが、答えは出なかった。
ずるずると鉄球に引きずられながら、そのまま昼休みになった。その間も対抗策を考えてはいたものの、昨日見たストーカーには見覚えがない。そう思ったが、緑髪の奴を一回だけ、見たことがある。いつしかの、夏休み前に向けられた冷徹な視線。怒りに震えるような、鋭い射抜く目線。あの目を俺に向けた奴は、緑髪だった。
ただ、個人の特定ができない以上、どうしようもない。小鳥遊でもう一度おびき寄せるのも、彼女の様子からして無理。いくら手段を選ぶべき状況じゃないにしても、渇しても盗泉の水を飲まずという言葉がある。小鳥遊自身が再び深く傷ついたら、それはもう失敗と同義なのだろう。
もう、俺の考えは固まりつつあった。自分には、一体何ができるのだろうか。問い、答えよう。
――問題と脅威の排除。小鳥遊を癒せないのなら、その傷をつくる要因を抹消しよう。
そう考えたはいいものの、全くと言っていい程良案が浮かばない。思考と脳内架空検証を繰り返していると、もう放課後になった。詳しくは彼女から話を聴こうと考えにケリをつけ、下校の準備のために自分の机の中の勉強道具の諸々を、通学用カバンに入れる。と、その時。
手のひらサイズのメモ帳の一枚が、ひら、と取り出した教科書の山から落ちて床に居座った。俺の机の中から落ちたものだが、見覚えがないことに不信感を抱きつつ、メモ帳を拾い上げる。
そして、息を呑んだ。唖然とした。言葉が出なかった。全身に緊張感の雷光が駆け巡った。裏には乱雑に文字が書き殴られていて、注意して読まないと何が書いてあるのかわからない。が、その文字列の雰囲気だけでわかる。自分の中で渦巻く怒りを、全てペンに乗せて、字に載せて書いている、と。書いてある内容は、こうだった。
『今日の十八時、お前の家の近くの公園に来い。』
ゾッとした。背筋が凍った。このタイミングでこの差出人不明のメッセージは、偶然ではないことは確かだ。ほぼ確実にあのストーカーとこのメッセージの差出人は同じだろう。……無視するわけには、いきそうにない。ここで無視したとして、状況は何も変わらない。乱暴に書き殴ってあるので、筆跡から人物を特定できそうにもない。
咎人が法で裁かれることは、必然だ。受け入れるべき事実であり、与えるべき判決だ。
その裁判、ノッてやろうじゃないか。俺と、アイツの裁判に。どちらが被疑者となるのかも含め、どちらがどれだけ有罪か、決めようじゃないか。無罪なんて生ぬるいものは、今の状況では一切許されない。
そうとわかれば、今すぐに小鳥遊と帰って、話を聞くべき、か。
「……待たせたな。すまない」
「うん……行こうか」
至極沈んだ彼女の声に、自分の罪悪感が募る。どうせ、あのメッセージを見せたら、行かないで、とか言うんだろう。小鳥遊 音葉とは、そういう人間だ。自分の不幸と他人の不幸は、自分が原因だとわかったら、自分の不幸をとる。それは賞賛されるべきことなのだろう。が、それは行き過ぎると傲慢でしかない。
小鳥遊は、傲慢だ。正直言って。自分だけで他人の不幸も背負える、なんて考えは、傲慢にも程がある。篤志家でもそんなことはしない。幸不幸というものは本来、他人のそれを肩代わりするものではない。それを履き違えると、その重みに潰されてしまう。
昨日と同じく、ローファーがコンクリートを蹴る音が、静かに残って消える。けれど昨日と唯一違っていたのは、帰り道の長さだった。延々と続いていくと思われたそれも、今日はいつも通り。そして、この隣にいる彼女も、いつも通りにしてみせる。俺が、回帰させる。
エレベーターで八階に上がり、扉が開いて箱から出て、目で小鳥遊に合図を送る。迷ったように視線を動かしたが、やがて視線は俺の視線とかち合う。
「……で、いつからなんだ」
「夏休みの少し前。告白されて、フッた日から。ストーカーに気付いたのは、つい最近」
なるほど。つまりは嫉妬か。全く、情けない。小鳥遊がフッて、拒絶の意思表示をしたのにも関わらす? 『僕の』小鳥遊? 呆れてものも言えないどころか、気持ちが悪い。
そして、ここ最近妙に登下校時に周りをキョロキョロしていたのは、あのストーカーがいるかの確認と警戒だった、と。
「……どうして、言わなかった」
「…………」
小鳥遊は、答えない。バツが悪い顔をしていながらも、視線は決して逸らさない。
「信用、できないか。俺が」
「……! ち、違っ、そうじゃなくて――」
またしても、言葉が詰まる。顔は悲痛で歪められ、今にも泣き出してしまいそうだ。口は忙しなく動くだけで、声が発せられることはない。外れなかった視線も、いつからか下を向いてしまっている。そんな小鳥遊を見ながら、近くのエレベーターの昇降音を遠くで聞く。それを暫く続けて、ようやく。
「……迷惑、かけるから。私のことだから、私で解決しなきゃいけない」
「そうか。で、どうしたい? このまま放っておくか? 一人で解決できる問題でもないように思えるが?」
俺は、小鳥遊を助けたい。しかし、あくまでそれは彼女の意志の尊重でしかない。一から十まで、何から何まで救う。何も頼まれていないのにそんなことをするのは、逆に相手の意志への冒涜だ。助けを求めない人間に差し伸べる手は、必ずしも救いの手となるわけではない。自分の意志を阻害する、邪魔者の手となりえる。
意志を聞いていない以上、俺は動かない。意志を聞いて、それなりの対応を、不言実行する。公では何もせず、静かに影で実行する。それが、どんな結果だとしても。
なので、一つ訂正しようか。俺は、小鳥遊を助けたいんじゃない。小鳥遊の意志を尊重したい。状況の停滞を求めるも、否も、俺は受け入れる。
「…………」
しかし、小鳥遊は答えない。彼女は、賢い人間だ。自分がここで頼ってしまえば、他人に責任が分散されることを重々とわかっている。助けを求めることが、彼女にとってどれほど難しいだろうか。引っ越して、ずっと一人で頑張ってきた、という話はついこの間聞いた。
今までを単独で頑張って、ここにきて、俺に頼る。それが、どれほどの重みで、迷ってしまうだろうか。けれど、俺は彼女の答えを待ち続ける。この問題は、確かに小鳥遊の問題だ。だから、彼女の意思決定が全てだ。そしてその決定に、俺は異を唱えることはない。
「……そうか。じゃあ――」
「……けて……」
「あ? どうした?」
微かに彼女の声が聞こえて、問い直す。俯いていた彼女は、しっかりと俺に視線を向ける。
「たす、けて……! 私、怖い! 怖くて、怖くて……だから――!」
「当たり前だろ。それが小鳥遊の意志なら、いくらでも助ける。何度でも手を伸ばす。例え届かなくとも、絶対に届かせる。遠くにいても、俺が駆け寄る。だから……いくらでも、頼れ!」
彼女の話が終わる前に、俺は答える。彼女の意志は、今ここで確定した。自分から助けを求めることができた。助けを乞うことには、それ相応の勇気が必要だ。彼女のような人間性なら尚更だ。一種の決意を以て、この発言は成された。なら、俺もそれに応えるべきだ。
「うん、うん、うん……! ありがとう……!」
彼女が泣き崩れる前に、俺が受け止めて、支える。俺には、これくらいしかできない。今、この場では。他の場で、できることをするべきだ。
彼女の繰り返す「うん」は、昨日と同じ言葉。けれども、そこに込められた意志は、まるっきり違っていた。
灰色の中、唯一の黄色や赤色を見出した時、世界の見方は変えられる。変貌を前にして、耗弱しつつある自意識を統制し、逆転の発想を考案する。それは思いの外困難を極めるものだ。オーディエンス等というものは存在せず、各々の価値観に準ずることしかできない、判断材料が極端に少ないものだ。
しかし、それは当然のことなのだろう。集合知なしで、自分の意思決定が全て。今までそれを積み上げたものを根本から破壊すること。それはさらに難しい。薄弱とも言える意志で積み上げたものを、誰が進んで壊そうものか。ただ、それができる人間は真の意味で強い。それを今、目の当たりにしている。
小鳥遊 音葉は強い人間だ。元来、自立に近付く人間は強いと言われる傾向にある。だが、それは外面しか見ていないからだろう。真に強いとは、その人間が誰かに助けを求めることができたときだ。今まで形成した自分の中の常識を覆し、したこともない、手探り状態で助けを求める。それが、どれだけ勇気が必要で、怖いことだろうか。
――それを、俺は理解している。
「取り敢えず、今日の夜までは俺の部屋にいろ。小鳥遊の部屋に来る可能性も十分にある。一応合鍵も渡しておくから、入れ」
「わかった……ありがとう」
泣き止んだ小鳥遊を部屋に入れ、合鍵を渡してから時計を確認。……もう、時間だ。ここの近くの公園は一つしか思い浮かばない。近くと言ってもこの辺りは公園がないので、最寄りの公園は――あの時。夜に出かけた、遠くの公園。距離としても、もう出かけないとまずいだろう。
「……小鳥遊。俺、ちょっと出かけてくるわ。鍵はかけるから、退屈だろうがここで待っていてくれ。すぐに戻るよ。気分じゃないだろうが、遊んでいても構わないから」
「え? あっ……うん、わかった。気を付けて、いってらっしゃい」
彼女がようやく笑顔を見せてくれたことに俺も笑顔を返して、通学用バッグを置いて。
俺の好きな女の子を怖がらせて、泣かせたんだ。受けるべき報いは受けてもらわなければならない。自分のこと以外で、これほど怒ったことはないだろう。合宿も結局は空回りだった。
自分自身でも、歩調が速まっているのが感じられる。今の季節にしては寒すぎる風が吹き抜けていく。その風でも、俺の気持ちは冷えることがない。
今回は、水面上でも怒るようだ。
ありがとうございました!
最近、10時間授業に死にそうになってます。
毎日更新、やめたくない。けど、勉強も追いつかぬ。
ではでは!