この日は木曜日。
通常の出勤となった秦であったが、予備役であるにもかかわらず、事務方のトップとして勤めていた。
その日の午後になって、秦の携帯電話が鳴った。
発信者名は表示されなかった。
訝しながら出てみる・・・・
電話に出ると女性の声だった。
声の主は・・・赤城だった。
「もしもし? 楠木予備役大佐ですか? 秋吉中将秘書艦の赤城です。 先日はお疲れ様でした。 今日は決定事項をお伝えするためにご連絡いたしました。」
そう言ってきた。
「えっ? もう何か決まったんですか?」
と秦が聞き返す。
「はい。 楠木予備役大佐を現役復帰させることが決定いたしましたので、お知らせいたします。」
「早いですね。」
そう秦が答えた。
続けて赤城が言う。
「なお、新しい勤務地は、横須賀鎮守府となります。 正式発令は本日午後となりますので。」
秦は、復帰することは分かっていたことだが、勤務地が横須賀になることは予想していなかった。
「え? 横須賀、ですか?」
「はい。 呉鎮守府の内部調査が現在行われておりますが、その結果の共有やその後の対策を立てやすくするためにも、中将の元で働くように、とのことです。」
「はぁ・・・ ホントに、中将に嵌められている感が、満載なんですが・・・・・」
「まあ、仕方ありませんね。 鳳翔さんのためとはいえ、大佐が犠牲になったんですから。」
「あははははっ」
秦は苦笑いしかできなかった。
「異動期限は、十日以内とされておりますので、来週もしくは再来週から横須賀勤務とお考えください。」
「分かりましたが、実際に横須賀に行く日は、こちらで決めていいんですね?」
「そうですね。 そちらの都合もおありでしょうから、決まりましたらご連絡をお願いいたしますね。」
秦は考えた。
来週も再来週も変わらんだろう、と。
「赤城さん。 来週からでいいですよ。 そちらに行くの。 ただ、休み明けすぐって言うのは厳しいかも、ですけど。」
「いいんですか? 急な異動ですよ? 大丈夫ですか?」
と赤城が心配してくれる。
秋吉も分かった上で、再来週でもいいと言ってくれていたのだ。
「睦のことでしょ? 心配には及びませんよ。 あの子も分かってくれますよ、きっと。」
「そうですか。 分かりました。 中将にはそうお伝え致します。 他になにかありますでしょうか?」
「あ! それと、すみませんが、横須賀鎮守府の近くに軍関係者の寮ってありましたよね? 家族寮みたいな。」
「ええ。 ありますけど・・・ ! ちょっとお待ちください。」
電話口の向こうで赤城が何やら気づいたようだった。
誰かと話し込んでいる。
しばらくして・・・
「大佐? お待たせしました。 家族寮、ですね? ありますので、私の方で手配致しますね。」
「ええ? いいんですか?」
「はい。 ちょうどいい物件が一件、ありますのでそこにされては、と思います。」
「それは助かります。」
「え~っと、住所はっと・・・」
赤城が住所を教えてくれた。
それをメモしていく。
聞くと、横須賀鎮守府の中だった。
「鎮守府の中ですね、これ。」
「そうですね。 まあ、現役の艦娘がいますので、鎮守府の中がよろしいかと思いますよ。」
「分かりました。 ご配慮、ありがとうございます。」
「以上、お伝えいたしました。 それでは。」
と電話が切れた。
「ふぅ。 横須賀か・・・。 恩師組みたいなエリートでもないのに、横須賀勤務か・・。」
これも、運命か、と思う秦であった。
そして、事務方の係員に異動となることを早速伝えた。
係員は驚いていた。
「えっ! もう異動ですか? 早すぎませんか?」
そりゃそうだよな。
着任して1年余りで異動していくんだから。
「悪いね。 私も急な話で驚いているんだよ。ただ、上からの命令なので、止めるわけにはいかなんだよねぇ。」
そして、早すぎる異動の決定なので、後任が決まっていない。
次席の係員に引き継ぎをすることを伝え、早速引き継ぎを始めた。
もともと、秦も1年余り前に着任してきて、引き継ぎを受けたばかりなので、引き継ぎ資料はそのまま使える、ハズであった。
日常業務をこなしつつ、引き継ぎを行っていった。
その日の夜、今夜もまた、にぎやかになった食卓を囲むことになった。
以前は、秦が帰ってきてから夕食の準備を始めるのだが、今は、鳳翔が台所を取り仕切っていた。
そのため、秦が帰り着くともう食事の準備は終わっていた。
そう。あとは、食べるだけの状態になっていたのである。
「ただいま。」
「お帰りなさい。 提督。」
「お帰り、父さん。 ご飯の用意、出来てるよ。」
「もう?」
「うん。 鳳翔さんが作ってくれたんだよ。 私も手伝ったんだよ。」
睦が自信満々に答える。
えっへん!と胸を張る。
「はい。睦ちゃんにも手伝ってもらったので、早く出来ちゃいましたけど。」
いつものように、にこやかに話してくれる鳳翔が言う。
「お、そうか。じゃ、すぐ行くよ。」
荷物を置き、手を洗って、テーブルにつく。
そして、手を合わせて・・・
「「「頂きます。」」」
と、食事が始まる。
今日のメインメニューはアジの南蛮漬けだった。
「さっぱりと、甘酢と香辛料を効かせてみました。これくらいなら睦ちゃんも大丈夫だと思いますよ。」
パクっと!
「うん、美味い! 甘酢もいいなぁ。」
魚料理が今一つ、好きになれていない睦が、アジをじ-っと見ている。
う-っとうなっている睦だが、意を決して、食べてみる。
「!? 美味しい! 香辛料がピリッとしていい感じ!」
「良かったです。お口に合って。」
と鳳翔がほほ笑んでいる。
「鳳翔さんの料理って、美味しいね。」
「そうだな、家庭料理なのに、お店以上の味だな。」
秦と睦が鳳翔の料理を食べながら、褒めていた。
「ふふっ、ありがとうございます。そう言っていただけると、励みになります。」
「鳳翔さんって、料理の失敗ってないの? いろんなレパートリーを持ってると、失敗とかってあるんじゃないのかな、と思うんだけど。」
「そうですね、作った事の無い料理だと、結構失敗ぽいことはありますよ? でも、どうすれば美味しく頂けるかっていうのは考えてますけど。」
そうなんだぁ、思う秦だった。
晩御飯を終えて、三人で寛いでいた。
そこで秦が昼間の電話の件を話した。
「今日の昼間、横須賀の赤城さんから電話が来たよ。正式に復帰することになったようだ。」
「おめでとうございます、って言ってよろしいのでしょうか。」
鳳翔が微妙な笑顔で見ている。
何しろ、自分の事で秦に、嫌な思いをさせているのではないか、辛い思いをさせるのではないか、と考えていた。
「ははっ、ちょっと複雑だね。」
秦の笑い顔が引きつっている。
「正直言って、提督の仕事は嫌いじゃないんだ。むしろ楽しいと思うくらいなんだ。 でもなぁ、あの人間関係は・・・人の悪意を見続けたり肌で感じるのは、やだなぁって。」
「申し訳ありません。私の為に。 ご無理をなさるのであれば、いつでも出ていきますから。」
「いや、そういっているんじゃないだ。気にしないで、鳳翔さん。 本心を言えば、君に出会えたのは、嬉しいんだよ。そう思ってるんだ。」
「えっ・・・ そう言っていただけると、助かりますが・・・。」
鳳翔の頬がほんのり赤くなっていく。
秦の本心は、その言葉の通り、鳳翔に出会えて嬉しいと思っていた。
と、お互い、それ以上は言わなかった。
「で、だ。 話は戻るけど・・・・命令は、横須賀鎮守府で勤務するように、との事なんだよ。」
「え? 横須賀に行くの? 父さん?」
睦が驚きの声を上げた。
驚くのは無理もない。
この間の話では、このまま呉に行くような感じだったからだ。
「うん。 横須賀で秋吉中将の元で勤務するらしいわ。 これから引っ越しの用意をしなきゃな、っと思ってさ。 俺と鳳翔さんは問題ないんだけど、問題は睦だよ。学校を転校することになるんだが・・」
頭を抱えながら話しているが・・
「例え、横須賀に行ったとしても、1か月か2か月で、呉に行くことになりそうだから、転校即、転校っていうことになりそうなんだ。」
鳳翔が驚いて答える。
「それは、睦ちゃんにとっては、大変な環境の変化ですよ? 短い期間で二回も転校するなんて。」
「そうなんだ。 かといって、ここに睦一人置いておくわけにもいかないから、連れて行くしか選択肢は無いんだけど・・・。 睦、そうなってしまうけど、いい?」
そう言って睦に聞いてみた。
「え? あたし一人ぼっちはやだよ、父さん。 だから、あたしも横須賀へついて行く! 父さんも、鳳翔さんも行くんでしょ? だったら、なおさらついて行くから。」
「ま、そういうとは思ってたよ。」
予想通りの回答であった。
秦は二人を見ながら言った。
「それでは、三人で横須賀に行くぞ。 行ったらすぐ呉だけどな。」
「うん!」
とは睦。
「了解しました。」
とは鳳翔であった。
秦は笑った。内心良かったと。
鳳翔も分かっていたかのように、笑っている。
睦は、学校の事が心配だったが、大好きな秦と、もはや母の様に思う鳳翔と一緒に居たいと思う方が強かった。