ハズされ者の幸せ   作:鶉野千歳

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横須賀から帰ってきた後の一日の様子(前編)です。


楠木家の一日(前編)

今日は平日だ。晴天の1日になりそうだった。

秦はいつものように、朝5時半には起き出してきた。

そしていつもの、朝の日課を始める。

そう。朝食と、睦と秦のお弁当作りだ。

秦が顔を洗って台所に向かうと・・・

朝食は・・・既に大方の準備が出来ていた。

秦よりも早起きな家人が一人いたのだ。

鳳翔だった。

 

「あ、おはようさん、鳳翔さん。」

 

「おはようございます、提督。」

 

「早いねぇ。ってか、もう朝食の用意が・・・」

 

「はい。もう少しでできますから。」

 

朝から鳳翔の笑顔が眩しい。

秦は、自分の頬がほんのりあったかくなるのを感じていた。

しばし割烹着姿の鳳翔に見とれていたが、ハッとして身支度を始めた。

シャツを着、ズボンをはいて、ネクタイを結ぶ。

ここまでして再び台所へきた。

炊飯器から湯気が出ている。もう少しでご飯が炊けそうだ。

炊きあがるまでに、弁当箱を用意して、おかずを作る。

 

まずは、卵焼き。

舞鶴の頃に、卵焼きが得意な艦娘から教わっていた。

あまりにも「卵焼き、たべりゅ?」と言われ続けていたので、たまには作ってみたいと思ったのが最初だった。

作り方は、その後にアレンジをして、卵にだし醤油を加えている。

秦は、その方が好きだった。

卵焼き用フライパンに油を引いて、卵液を流しいれる。

卵から泡が出てきたら潰す。

ある程度固まりかけたらフライパンの奥に向けて巻いていく。

そして手前から更に卵液を追加する。

しばらく置いて、固まりかけたら巻いていく。

巻き切ったら形を整えて皿に置く。

それを何等分かに切り分けるのだ。

 

次に睦が好きな、タコさんウインナーだ。

赤ウインナーの半分くらいの位置で包丁を入れて足にする。

首にあたる位置で、包丁でクルリと1周の切れ込みを入れる。

そのウインナーをフライパンで炒めるのだ。

少々の塩を振って。

炒めると、足の部分が反り返ってタコの足の様に広がる。

1周の切れ込みが広がり、まさしく首の様に見える。

 

サラダはパスタサラダにした。

シェル型のパスタを茹でる。

茹でている間に、キュウリ、ニンジンを細かく切り刻んで、マヨネーズと和える。

そこに茹で上がったパスタの水けをきって投入し、塩を少々して混ぜる。

 

メインのお肉は、鶏肉にした。

鶏胸肉を塩、こしょうをふって一口大に切っておく。

そしてフライパンに油を引いて焼く。

まず、皮目から。パリッと焼けたら反対面を焼く。

中まで火が通ったら取り出しておく。

さあ、そこまでできたら盛り付けだ。

 

睦のお弁当は小さいながらも2段になっていて、下段はご飯。

炊きあがったご飯をよそう。

ご飯の隅に、保存してあったイカナゴの釘煮を添える。

上段はおかず。

卵焼きを入れ、卵焼きを背にしてタコさんウインナーを2匹立てて入れる。

仕切りを入れて、鶏肉を並べ、パスタサラダを入れる。

味付け用に、醤油さしを一ついれる。

最後にミニトマトを2つ添える。

これで完成だ。

 

そしてちょっと大きめのお弁当を一つとかなり大きいお弁当を一つ、計2個を追加で作った。

睦のお弁当は、ウサギさんの刺繍がしてある布に包む。

ちょっと大きめのお弁当は、白色の生地に桜の刺繍がしてある布に包む。

大きめのお弁当は、なぜか富士山の絵が描かれた布に包んだ。

 

「これでよし、と。」

 

「あれ、お弁当が3つですか?」

 

「うん。 小さいのが睦の。一番大きいのが俺の。もう一つは鳳翔さんの。」

 

「え? 私の分ですか?」

 

「そうだよ。 2個作るのも、3個作るのも、変わらないからね。 俺の・・・」

 

そこまで言って言葉を飲み込んだ。

(愛情たっぷり弁当、なんて恥ずかしくていえるか。)

 

「ありがとうございます。 私はずっと家に居ますのに。 ご無理なさらないでください。」

 

「はは、いいじゃない。これくらいさ。」

 

時計が6時を指していた。

 

「おっと、いかん。 朝ご飯だ。」

 

「はい。 ご用意できてます。」

 

と二人向かい合って朝食を摂った。

二人向い合せに座る。時々目線が合う。合うたびに微笑みあう。

食後、後片付けは鳳翔に任せた。

時刻は6時半。

秦は睦を起こしにかかった。

妙に寝相がいい。

寝返りを打つたび、掛け布団を蹴飛ばして・・・と言う風には見えないくらい、寝相がいい。

 

「睦~、朝だぞ~」

 

これだけで起きたら全国の親は苦労しないだろう、と秦は思った。

当然、睦も起きる気配の”け”の字もない。

 

「お、き、ろ !!」

 

「あ、さ、だ、ぞ、!!」

 

それでも起きない。

まったくもって、絶賛爆睡中であった。

そして・・・

秦は布団の中に手を入れて・・・ 睦のわき腹をくすぐりだした。

(こちょこちょこちょこちょ・・・ どうだ!)

 

「お、き、ろ !!」

 

睦の身体が、ビクッと反応し、次の瞬間、

 

「くぅ、わっ、わはははははは 、や、やめてぇ!!!」

 

秦はそれでもやめない。

 

「ほれほれほれ! 起きろぉ!!」

 

「ひゃははははっ、 起きるっからっ、 起きるから、 やめてぇぇぇ!」

 

ひと笑いさせてから秦はくすぐるのを止めた。

 

「ほら、顔を洗っておいで。」

 

睦は息を切らしている。

 

「はぁはぁはぁ、もう! 毎朝毎朝くすぐって! ちゃんと起きてるじゃん!!」

 

とぷんぷんと怒っている、が・・・

いつの間にか部屋の入口で二人のやりとりを見ていた鳳翔が笑っている。

 

「ふふふふふ、あはははははっ」

 

「は、恥ずかし!!」

 

と恥ずかしがる睦だったが・・

 

「楽しい起こし方ですね。私もしましょうか。」

 

と鳳翔に言われ、余計に恥ずかしがった。

 

「ああ、睦を起こすのはこれが一番なんだ。 次からは頼むよ、鳳翔さん。」

 

「はい。 了解しました。」

 

と鳳翔が小さく敬礼をする。

秦と鳳翔は二人で笑いあっている。

睦は・・・

 

「ふ、二人ともいじわる!!」

 

と膨れていた。

 

洗面所から出てきた睦がテーブルについて、朝食を摂っている。

 

「はい、睦ちゃん、ご飯。」

 

とにこやかに鳳翔がお茶碗を睦に渡す。

 

「ん、ありがと。」

 

そう言ってお茶碗を受取り、ご飯を頬張る。

時間が7時を回り、身支度を終えた秦がダイニングに入ってきた。

 

「じゃあ、俺は行くから。 睦、後頼むなってか、鳳翔さんが居るんだっけか。」

 

「はい。 後の事はお任せください。 睦ちゃんも送り出しておきますから。」

 

「そう? じゃあ、おねがい。 んじゃ、行ってきます。」

 

「「行ってらっしゃい。」」

 

二人に言われて秦はちょっと嬉しくなった。

鞄とお弁当の手提げ袋を持って家を出た。

そして駅に向かって歩き出した。

 

 

残った睦と鳳翔。

 

「ごちそうさま。」

 

「睦ちゃんもそろそろ、お着替えね。」

 

「はああい。」

 

睦が部屋へ戻って、着替えてくる。

白の半袖ブラウスに、濃紺チェック柄のミニスカート。ブラウス上に半袖の、薄手のピンク色のパーカーを羽織ってる。

赤いランドセルを居間に持ってきていた。

ランドセルの中は・・・筆箱、ノート、宿題のプリントなどなど。

教科書は学校に置きっぱなしである。

そして、お弁当。

しばらくして・・・

 

「む、つ、み、ちゃ、あ、ん ! い、く、よ、お、!」

 

と外から声がした。

睦の友達のようだ。

 

「は、あ、い、!」

 

と睦が返事をする。

ランドセルを持って玄関を出ようとする。

その時、鳳翔も一緒に玄関に出た。

 

「睦ちゃん、忘れ物はない? 大丈夫ね。 行ってらっしゃい。」

 

「行ってきまぁすっ!!」

 

と元気に、明るく、返事をして友達のところへ走って行った。

鳳翔は、睦が見えなくなるまで、小さく手を振っていた。

 

「お待たせ!」

 

「あれ? 睦ちゃん、あの女の人は誰?」

 

「お姉さん?」

 

と質問されていた。 

普段は、秦か、もしくは、見送りは無いのだから、みんな不思議な顔をしていた。

 

「ん? あ、あの人は鳳翔さん。 うーんとね、父さんのいい人。」

 

「いい人?」

 

「うん。 あたしのお母さんになってほしい人なんだ。」

 

「へぇぇ、そうなんだ。 新しいお母さんか。」

 

「優しそうな人だね。」

 

へへへへっと笑って返事をしていた。

そんな話をしながら、学校への道を歩いて行った。

こども達の会話では、既に外堀が埋まっている。

そんなことは秦も鳳翔も知る由もなかった。

 


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